フォーエバー! 惣菜さとう。ありがとう、最後のメンチカツ弁当。

 午後4時。大学から西弘へ向かう道の角を曲がると、テレビ局のカメラが惣菜さとうに入っていくのが見えた。閉店の前日だからか、思ったより客はいなかった。

 夕焼けに伸びる電信柱の影に沿うように並んだ数人の常連と思わしき人が、順番に頼んでいた弁当を受け取っている。

 佐藤さんと常連の間で交わされる言葉は、やけにあっさりしていた。

「4時にメンチカツ弁当を注文していたんですけど」

「ああ、えっと、どっちだっけな。こっちか」

「ありがとうございます」

「わざわざ来てくれてありがとうね」

 代金を渡し軽い会釈をして弁当を受け取ると、僕はそのまま大学へと向かった。

 大学時代にいつも買いに来ていたときのように、僕は明日か明後日、惣菜さとうにまた弁当を買いに来るのかもしれないと思った。

 

 大学へ向かう道の途中で、交差点の信号が赤になった。


「ここの土地、この店を始める前に、何件か同じ食べ物屋が入ってたんだけど、皆すぐに潰れちゃってね」

 僕が惣菜さとうでギャンブル定食を食べている時、ランチタイムも過ぎて暇だった佐藤さんは僕に世間話をしてくれた。

「新しく店を始める人はさ、最初から自分が望むような内装にするために、リフォームに金かけるんだよ。でもそれじゃ駄目、飲食続けていくには金がいるから。一年は客が来なくても平気なように東京で500万円貯めた。で、俺がここで店始める時、前に店やってた人が機材とか残してくれていてね。俺はそれを使った。使えるもんは何でも使うの。前に使っていた人が居ても、まだ使えるから」


 佐藤さんは、ゼミの教授と同じことを言った。

 ゼミの教授も、授業やゼミの時間にする世間話の中にも次の言葉をよく叫んでいた。

ですね」

 東京には何でもあるけど、地方には何もない。

 地方出身者が諦めて何も行動を起こさないときの方便である。

 しかし僕は大学の授業を通して、何もないからといって何も出来ないと考えるのは間違っているのではないかと学んだ。地方でも今あるものを活かして自分たちの地域をより豊かにしようとしている人はいる。

 葉っぱビジネスで利益を上げた上勝町や、地方の環境を活かして顧客を創出する星野リゾートなど、探せばいくらでもしぶとくあがいている人はいる。僕はそういった諦めの悪い人が好きだ。

 弘前大学、いや、弘前市は、地域から日本を変えていく。そういう情熱を持った集合体だった。僕は富山に帰った今でも、この言葉を忘れずにいる。


 弁当には、手のひら大のメンチカツが二枚入っている。米も底が深い弁当容器にぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。前よりも少しだけ食が細くなった今は、ギャンブル定食からササミカツとコロッケを抜いたこの弁当で十分にお腹いっぱいになる。

 僕は大学の食堂で弁当を広げ、手を合わせた。メンチカツを齧ると、大学時代に食べた味と変わらなかった。


「ごちそうさまです、ありがとうございました」


 ものの数分で弁当を食べ終えた。僕は手を合わせて、席を立った。

 もうすぐバスの時間だ。走らないと新幹線に間に合わないかもしれない。


 惣菜さとうの閉店を知らせてくれた知り合いが上げてくれた新聞記事には、今回の閉店に至る佐藤さんの決断が書かれていた。

 近年の材料費高騰で、値上げを検討しなければならなかったこと。そして、値上げをすると、本来、安く食べてもらいたい学生たちに無理を強いてしまうこと。

 佐藤さんは、経営のために値上げをしてまで、学生に負担をかけることは出来なかった。

 学生たちに安くて美味しいご飯を腹いっぱい食べさせられないなら辞める。

 今まで、佐藤さんが一人で店を続けてこれたのは、学生たちを安くて美味しいご飯で腹いっぱいにするという執念だったのかもしれない。

 僕も読者の心の隅っこに、辛い人生の途中に座って休める椅子のような文章を、終わりまで執念深く創り続けて行けるだろうか。

 33年間、僕たちのお腹と心を満たしてくれた佐藤さんの去り際は潔かった。


         了

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思い出の定食屋が閉まるらしいので、片道¥25,460かけて富山から青森に食べに行った話 鷹仁(たかひとし) @takahitoshi

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