第43話 タッカーとディアナ

「青い花? 孤児院にも青い花が……」ディアナの話を聞いていたラブローが言った。


「そうね。弟が育てていたから。あの時の青い花をずっと大切に」ディアナが答えた。


「つまり、その青い花を口にあてれば黄色い花の効果を打ち消すことができると?」ネイピアが尋ねた。


「そう。あれから調べたわ。青い花はマロリ草と言うの。民間療法で昔から麻薬患者に使われていたそうよ。この瓶に入っている液体は、花びらから抽出した濃縮液。弟がずっと研究してきて作ったものよ」


「それがあれば、黄色い花に近づける。油を撒いて焼き尽くすことができるな」ネイピアが言った。


「一人分しかないけど、使ってやって。ベクトールも喜ぶわ」


「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」


「ラブロー、孤児院に青い花を取りに行けるか?」


「はい!」


「ちょっと待て、ぼうや。孤児院まで往復してると朝になるぞ」ジューゴが言った。


「それはマズいな、おっさん。朝になると黄色い花が成長し始める。もっとやべえことになるだろうからな」


「そういうことだ」


「クソッ。一人分で何とかするしかねえのか」


「じっとしてても始まらねえ。とりあえず、できることをやるんだ!」ジューゴが叫び、男たちは広場を出て行った。



 エレメナはディアナと二人、広場の片隅に座っていた。


「私たちの村は実験台にされたの……」ディアナがポツリと言った。


「その後、あなたたちはどうやって……」


「弟は孤児院に。私はトランドルの宿屋に住み込みで働いたわ。そして、情報を集めた。花を使った薬売りの情報をね」


「復讐のため?」


「それもないわけじゃない。でも、ミューロみたいになってほしくなかったのよ。どの街も。どの街も誰かの故郷じゃない? それがあんな風になくなるなんて、地獄なのよ。あんな思い、他の誰にもさせたくない」


「そして、ベルメルンの宿屋に行き着いたわけですか?」


「そう。タッカーはベルメルンの宿の経営者になっていた。テロの拠点をつくったのね。私は客を装って泊まった。タッカーは私のこと、全然気づいていないようだった。そうれもそうね、あれから七年経っていたし、私は子供だったもの。その時は最初に会った時のように優しい声だったわ。でも、だまされちゃいけない。この男は悪魔だ。そう自分に言い聞かせたわ。そして、忘れちゃいけないのはもう一人悪魔がいるっていうこと。ロマはどこか遠くで、黄色い花の改良に励んでいたみたい。だから、二人揃うまで待つことにしたの。二人揃った時に殺そうって」


「それがどうして結婚することになったんです?」


「……何度か泊まるうちにタッカーとはロビーでお酒を飲みながら話をするようになった。あの人も寂しい人なのね。私たちは意気投合したわ。もちろん表面上のことだけれど。でもね、あの人も故郷の街を滅ぼされたんだから。ボミラールルの正規軍にね。変かもしれないけど、お互いに気持ちが理解できるっていうか……不思議だけど、たまに幸せだって感じもあって自分でも驚いた。だって、タッカーは優しいの。表面上だけじゃなく、優しさもあの人の本質なんだって分かった。じゃ、なぜあんなことをって。どうしてあんな悪魔のようなことができるのって思った。このまま復讐のことなんか忘れちゃえば楽になれるような気もしたけど、でも、やっぱり幼い日に弟と見たあの地獄は忘れられない。やっぱりタッカーは殺さなきゃならないと腹をくくったわ。

そして、あの日がやってきた。ロマがリグル草を大量に持ってやってきたの。まだ蕾もついていない状態だったけど一目でわかったわ。あのギザギザした葉っぱ。記憶が蘇って、倒れそうになったわ。たった一輪でミューロを破壊したのよ。あんなに大量に、しかもより強力になった悪魔の植物。私たちが止めなかったら大袈裟じゃなく、ベルメルンは滅びたでしょうね。ロマがきた日、私はベクトールに伝言を残した。そして、孤児院の近くで会ったわ。その混乱の中で二人を殺す計画を立てた。ベクトールはロマを、そして、私はタッカーを。あの夜、火をつけたのは私。ベクトールは反対したけど、確実に黄色い花を駆逐するにはそれが一番だと私は譲らなかった。

ロビーでベクトールと言い争っていると、ロマがやってきた。「何をしているんだ」って。ベクトールがロマに切り掛かったわ。私はその最中に火を放った。それでベクトールがロマの手を切り落とした。ロマは置いてあった鞄を持って逃げ出した。多分、リグル草の苗が入っていたんだと思う。ベクトールは階段から二階に向かって大声で「火事だ。逃げろ」と叫んだ。そして、裏口から逃げたロマの後を追って行った。それが、弟を見た最後よ。ベクトールの声で二階にいた人たちが降りてきたわ。いつの間にかタッカーが横にいて、宿泊者たちを外へ逃すのを手伝っていたわ。そして、全員がいなくなると、私の方を向いた。私は、タッカーを殺そうとした。だけど、目が合ってナイフを持ったまま、一瞬躊躇したわ。タッカーは全てわかったって顔をしていたわ。もしかすると、私のことずっと前から気づいていたのかもしれない」


「宿泊者の証言によると、あなたは天井が崩れて炎に飲み込まれたんだそうです」


「そうなの? よく覚えていないわ」


「あなたを燃えさかる炎の中から助け出したのは、タッカー。宿泊者が証言しています。そして、あなたを近所の人に託した後、また火の中に戻っていったそうよ」


「ロマを助けに、でしょう?」


「多分そうだと思います。そして、裏口から続く路地裏で弟さんに追いつき、そこで斬った。そして……」


「ロマと一緒にベクトールの死体を運んでトロヤン川に投げ捨て、ロマを地下街に逃したんでしょう」


「恨んでますか?」


「当たり前でしょう。タッカーは最低の人間、悪魔よね。私は、故郷を滅ぼされ、弟も殺されたの」


「でも、タッカーはずっとあなたに付き添って、病院にいたそうです。看護婦たちはみんな愛妻家だと羨ましがっていました」


「あの人は、親切な人。元々、人を喜ばせるのが好きなのね。宿でもお客さんが過ごしやすいように、シーツをきれいにし、掃除をし、料理を振る舞っていた。だから、宿にも常連客が多かったの。だから、きっと、病院の先生や看護婦さんたちにも好かれていたんでしょうね。馬鹿よね。テロの拠点として宿を建てたはずなのに。常連客つくってどうするの? 本当に馬鹿よ。私はあの人の全てを理解することはできないけれど、そういう人なのよ」

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