第40話 復活

 ネイピアの作戦は単純なものだ。ただ、油をまいて黄色い花を燃やし尽くすというものだ。そして、油をまくのに利用するのが、火事の時にトロヤン川の水を汲み上げているポンプだ。これを使えば、花に近づかなくてもいい。自分たちが花粉を吸い込み、錯乱してしまう危険を回避できる。


 二人は、ロキ大橋からトロヤン川の堤防沿いに走り、ポンプが保管されている倉庫へと向かった。そして、その間に百以上の死体をまたぎ、自分たちでも五人の錯乱者を殺した。



 倉庫は雑草がうっそうと茂った空き地にあった。三十メートル四方の大きなものだ。風でサラサラと音がしている。ロキ大橋の補強に使えそうなレンガなどの建材が、あちらこちらにほったらかしにされていた。


 その陰から錯乱者が飛び出してこないかと、ネイピアは死角になっている場所を一つ一つしらみつぶしにあたり、確認した。


 借りてきた鍵でラブローが扉を開けた。カビ臭い匂いに思わず、鼻をおさえる。一歩足を踏み入れると、つるはしやオノ、やぐらを作るための木材やロープまであった。


「ポンプありました」見つけたのはラブローだ。


 持ち上げるとポンプから長いホースが伸びて蛇のようにトグロを巻いている。


「もっと短くていいんだがな。これじゃ、取り回しが悪くなる」


「とりあえず外に出しますか」


「そうだな」


 二人でポンプとホースを抱え、引きずって行った。


 ガタン。


 その時、倉庫の入り口から誰かが入ってきた。


「またかよ」ネイピアがため息混じりに言うと、ラブローと目配せして剣を抜いた。


 相手はオノを持っているのが、シルエットで分かった。大男だ。お互い、じりじりとにじり寄って行く。シルエットがオノを振りかぶると同時に、ラブローが斬りかかった。しかし、その攻撃を受け止められ、弾き飛ばされる。


「うわっ」ラブローは倉庫の壁にぶつかって声を上げた。


 その瞬間、男の左サイドに隙ができたのをネイピアは見逃さなかった。一気に間合いをつめて、剣を突き刺そうとする。しかし、避けられて、逆に攻撃を喰らいそうになる。


──こいつ、強え!


 ネイピアは身を翻し、かろうじてオノの斬撃をかわした。と、ランタンの明かりに浮かび上がったのは自警団長・ジューゴの強面の顔だった。


「ジューゴのおっさん? 生きてたのか」


「待ってください班長! 自警団長は黄色い花にやられたんじゃ⁉︎」ラブローが叫んだ。


「そうだった。おっさん、また会えて嬉しいんだが、残念だよ。殺さねえといけねえ。悪く思うな」ネイピアは剣を振りかぶった。


「バカ、俺は正気だ」ジューゴが口を開いた。


「え?」


「おっさん、本当に正気なのか?」


「ああ」


「信用ならねえ。本当におっさんが正気なら、『ウッホ』って言ってみろ」


「うるせえ。殺すぞ、ぼうや」


「おっさんだ」


「自警団長、ご無事でしたか?」


「どうしてだ? 確かにおっさんは錯乱したはず……」


「記憶がおぼろげでよく覚えてねえんだが……お前と大聖堂の地下にいて……井戸から落ちた? そこから、気がついたら、ワネルの人面岩のところにいた」


「ワネルの人面岩? トロヤン川に流されたヤツが流れ着くところだろ? 俺も同じ目にあったから分かる。やっぱりあの井戸はトロヤン川につながってたんだな。おっさんのことだ、タダじゃ死なねえと思ってたよ」


「うるせえ」


「ほんと、ごめんな。ごめん。このとおりだ、おっさん」ネイピアはジューゴに向かって何度も頭を下げた。


「なんだよ、気持ちわりいな」


「俺が井戸におっさんを突き落としたんだよ」


「なんだと?」


「おっさん、急にイカれちまって。礼拝に来てた人に襲い掛かったんで、俺が突き落とした」


「……そうだったのか。俺も、あんな風になってたんだな」


「しかし、錯乱しても正気に戻るんだなあ。おっさんが動かぬ証拠だ」


「時間が経てばいいのかもしれん」ジューゴが言った。


「おっさんも、見たか? 錯乱した住民たちを」


「見ただけじゃねえ。何人も何人も殺してここまで来た。知り合いだっていた。自警団で一緒のヤツもだ」


「分かる。最悪だ」ネイピアが言った。


 ラブローは下を向いていた。


「おっさん、どうやら人間をイカれさせちまうのは、黄色い花の花粉が原因みたいなんだ」


「ああ、知ってる。広場がとんでもねえことになってる。黄色い花で埋め尽くされて近づけねえ。しかもどんどん成長してやがる」


「そうか。で、おっさんはここに何しに?」


 ジューゴは転がっていたポンプを見て言った。「お前らと同じみたいだな」

「あれは焼いてしまわねえとダメだと思う」


「俺もそう思う」


「よし、じゃ広場まで運ぼう。おっさん、手伝ってくれ」


「ちょっと待て、ぼうや。今は外に出ない方がいい」


「なぜだ?」


「風が強い。花粉もよく飛ぶ」


「しかし、ここは広場から大分離れてる。ここでも危険か?」


「西第五街区で外に出ていた女がやられた」


「西第五? 広場から歩いて三十分はかかりますよ」ラブローが口を挟んだ。


「風が吹くと、そこまでも運ぶらしい」


「そうか」


「とにかく、風が吹く時、広場の風下にはいないようにしなければならないんだ、ぼうや」


「ここは……そうか、確かに広場の風下だな」


「みんなそれを守っている」


「みんな?」


「そうだ。地下にいるみんなだ」


「避難してるのか?」


「ああ。大勢の人が避難している」


「そうか。よかった」


 地下街へは倉庫からもつながっていた。隅っこに例のレバーがあり、操作すると通路が現れた。ジューゴに導かれ、ネイピアとラブローは地下へ向かった。

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