第38話 地下牢への訪問者

 地下牢に戻ったネイピアは、ラブローに状況を伝えた。しかし、二人とも何もできるはずがない。膝を抱えるしかなかった。


──夜が更けた。


 扉が開く。ネイピアからは見えないが、見張り交代の時間だ。小声で話すのが聞こえてくる。


「ロキ大橋が封鎖されたらしいぞ」


「派遣された衛兵たちは?」


「さあな、ダメだったんだろ」


「全滅か……」


「敵は一体どいつなんだ? 誰と戦ってるんだ?」


「それが、わからねえんだ。行った兵隊が誰も帰ってきてねえから」


「幽霊とでも戦ってるのか……」


「そうかもな。とにかく橋を封鎖するってことは、西街区を見捨てたってことだ」


 聞き耳を立てていたネイピアは舌打ちした。その瞬間、向かいの牢のラブローと目が合った。ラブローはボロボロと大粒の涙を流して泣いていた。ネイピアはかける言葉を見つけられなかった。


「め、面会だ」見張りが言った。


 その声に緊張の色をネイピアは感じ取った。


 面会とは誰だ? エレメナか? いや、軍法会議の後に民間人の面会など許すはずがない。足音がゆっくりと近づいてきた。


「こんばんは」優しく聞き覚えのある声だった。


 牢の格子の外に顔を出したのは、ナイトガウンに身を包んだ初老の男だ。ネイピアは驚きのあまり固まっていた。リアクションが全くないため、初老の男は目を丸くしている。


「あれ? 私のことご存じない?」


「陛下? ピエルコポル陛下!」ネイピアはようやく声を発することができた。そして、すぐさまひれ伏した。


「ええええ! 陛下ですか‼︎」ラブローもネイピアに続いた。


「まあまあ。そんなに大きな声出さないで。夜遅いし」ピエルコポルは跪いて二人と目線の高さを合わせた。「顔を上げてよね。話しにくいから」


「しかし……」ネイピアは地面を見たまま言った。


「ほらほら」


「はぁ」ネイピアは仕方なく顔を上げた。それを見てラブローも続く。


 ピエルコポルは微笑んでいた。深く刻まれた笑いジワが彼の優しい性格を表している。ピエルコポルはボミラールル王国の国王、すなわち一国の元首なのだが、分家の出身だからか、王族然とした振る舞いがなく、よく言えば親しみやすく、悪く言えば、威厳がないと言われていた。


「驚いた?」ピエルコポルはニコニコしながら言った。


「それは驚きますよ」ネイピアは次第にピエルコポルの柔和な雰囲気にのまれ、だんだんとリラックスしてきたのを感じていた。「なぜ陛下がこのような場所にいらしたんですか?」


「さっき、君の声が聞こえてね。黄色い花がなんとかって」


「はい」


「この騒動は、黄色い花が原因なの?」


「そうです。黄色い花の成分が市民を錯乱させ、殺し合わせているのです。恐らくボミラールル王国の首都であるベルメルンを狙ったテロかと」


「そうか。だから敵が見えないのか」


「陛下、このままでは軍を派遣しても被害が拡大するだけです」


「物騒な話だね。困ったよ。ねえ、どうすればいいと思う?」


 ネイピアはラブローの顔を一瞬見て、それからピエルコポルを真っ直ぐに見て言った。

「私たちを行かせてください!」


「お願いします!」ラブローも必死に訴えた。


「うんわかった。じゃ、君たち行ってきてよ」


「ありがとうございます!」


「でもね僕が軍の決定に文句言えないのは知っているでしょう?」


「はい。法律上あくまでも軍の提言を承認されるのみ」


「うん。だからね、大変申し訳ないんだけど、非公式でもいい?」


「もちろんです!」


「もしものときは、家族に恩給年金は支払われないよ。それでも大丈夫?」


ネイピアはラブローを見た。ラブローは大きく一つ頷いた。


「問題ありません!」


「ただ、うまくやってくれたら必ず、僕が君たちの名誉回復をするから」


「ありがたきお言葉」


「じゃ、お願いね」


 国王は懐から鍵を取り出すと、牢の鍵を開けた。


「軍が見捨てても、僕は街を見捨てない」にこやかだったピエルコポルの顔が引き締まった。


「我々も陛下と同じ気持ちです!」ラブローが言った。


「陛下、一ついいですか?」ネイピアが言った。


「なんだい?」


「油を集めていただけませんか? 大量の油を」

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