第15話 ラブローの報告
城の鐘が夕刻を告げる。行商たちが店を畳んで引き上げていく中、ロキ大橋の真ん中でネイピアは黄金色に染まったトロヤン川を見ていた。
「班長、遅くなりました」
いきなり行商の一人がネイピアに声をかけてきた。
「ラブロー?」
チーズ売りかと思ったその薄汚い男は相棒のラブローだった。
「はい」
「なんだその格好は、チーズくせえぞ」
「変装ですよ。おかげでビールズ隊長に気づかれずに済みました」
「靴磨きとか野菜売りとか他にもあったろう? なんでチーズ売りなんだ?」
「いつも買っちょりますけん、知り合いなんです。頼めるやつそいつしかおらんくて。けっこう売れました」
「尾行しながら売る余裕あったのか?」
「逆にチーズ売りがチーズ売らんと、監視ばかりしちょったら怪しまれますけん」
「確かに。そうだな」
「班長、一ついかがです?」
「俺はチーズが嫌いだ。匂いがだめなんだ」
「それは残念」
「いや、しかし、せっかくだ。一つもらおう」
「五ステアになります」
「袋を二重にしてくれ」
「毎度!」
ラブローは慣れた手つきでチーズを袋に入れ、くるくると回すような感じで結目をつくった。
「もう本職の手さばきじゃねえか」
「巡察隊をクビになったら、これやりますわ、アハハ。今日は無駄足やったけど、いい予行演習やと思っちょりますわ」
「何も出なかったか。まあ、そりゃ簡単にはいかねえだろな」
「隊長は堅物で有名やっちゅう話ですけん、ワイロも受け取らんし、職権濫用して取締ることもないです。あの後、城を出て東一街区のレストランで昼めし食って、帰りは真っ直ぐ奥様の待つ自宅へ直行……ちゅうところです。事務の人間にも聞きましたが、城内でも詰所を一歩も出なかったそうです」
「付け入る隙なしか。見たまんまの堅物だな」
「でもちょっとホッとしました」
「なんでだよ?」
「自分の所属する隊の隊長ですけん。立派な方やないとガックリきます」
「ビールズは立派に見えるか?」
「はい、真面目な方です」
「そして、融通がきかない。何でこの国で出世するやつはみんなそんなやつなんだ!」
「王に気に入られるからですよ。今の王は家柄じゃなく性格を見るっちもっぱらの評判です。人事にも直接意見するっちゅう話、よう聞きますけん」
「ビールズも国王が?」
「はい。もともとはベルク砦での活躍で取り立てられたらしいですけん」
「ベルク砦? ああ、あれか。話は知ってる。新聞記事にもなってたしな。レッドガルムの襲来だったっけか」
レッドガルムとは赤毛の狼の姿をした魔物で体長は三メートルほどだ。火を吹く個体もいるため、群れが移動した後は焼け野原となる。群れに一匹だけいるメスはとりわけ巨大でオスの倍以上の体躯で頭を三つ持っている。日頃は大陸北東部の雪と氷に閉ざされたノバルの地に棲息しているが、数十年に一度、大陸中央部に大移動を行うのだ。その理由はいまだに解明されていない。
「あの当時、隊長は砦で守備隊の副長をしちょったそうです」
「へえ。そりゃ災難だったな」
「レッドガルムの姿を見た守備隊の隊長は逃げ出したそうです。そりゃ、十数匹からなる群れが土煙を上げて迫れば無理もない話やと思います。でも、ビールズ隊長は違った。レッドガルムやけんといって特段、対応を変えるでもなく、マニュアル通り、敵の来襲として粛々と攻撃を続けたっちゅう噂です。ちょうど威力も精度も高い新型の大砲が配備されたばかりやったそうで、それがレッドガルムを撃退したんです」
「ああ、確かそんな内容だったな。しかし、賞賛されたのはビールズじゃなく、当時の隊長だったんじゃなかったか?」
「そうです。最初は逃げ出した隊長が手柄を横取りしちょったんですが、しばらくたって新聞が真相を書いたんです。ベルク砦で一緒に戦った兵士が証言する形で。でも、そん時はもう戦争が始まっちょりましたけん、扱いも小さくてそんなに注目されることはなかったんです」
「だろうな。俺も知らねえもの」
「でも、王はその記事を見ちょったらしいんです。たいそうビールズ隊長のことをお気に召されて、ちょうど新設する巡察隊の隊長にとじきじきにオファーしたっち聞いちょります」
「なるほどな。そりゃ大抜擢だ。王が絡んだりしねえ限り、辺境の守備隊から中央の出世コースへ栄転なんてことはまずありえねえ」
「夢のある話やと思います。頑張れば王が評価してくれる。こんないい国はないっち思います」
「へえ。お前、見かけによらず愛国者か」
「はい! 祖国ボミラールルは最高です!」
「確かに俺もこの国が大好きだし、今の王はより良い国づくりをしようとしているのが分かる。そんな王に仕えることができて光栄だ。だが、まだまだ道半ばだ。ぶち壊さなきゃいけねえものもクサるほどあるし、積み上げなきゃいけねえものもたくさんある」
「そうですね。より良い国を目指して我々、巡察隊も頑張らねば!」
「ラブロー、お前はまだまだだけどな」
ネイピアはいたずらっぽい表情を浮かべて言った。
「ですか? ですかね? 」
「しかし、お前のおかげで一つ作戦を思いついた」
「え? 」
「ありがとな。お前、なかなかやるじゃねえか」
「え? え? 何が?」
ネイピアは何を褒められたのか分からず戸惑っているラブローの背中を叩いた。
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