第13話 ネイピアの作戦
会議の間中、ネイピアはあくびが止まらなかった。
今朝方、エレメナと分かれてからまだ三時間しかたっていないが、もう巡察隊の一日は始まっている。
いろんな報告が集まるが、どれも事態を進展させるものではなかった。有力な目撃情報は何一つ集まらず、ロマの足取りもつかめてはいないままだ。
隊長のビールズも苛立っているのが分かる。ジューゴの言うとおり、巡察隊は役立たずの集団であることは疑いようのない事実だ。
「あの……」
一番後ろで立っていたラブローが口を開いた。一斉に視線が向く。ラブローはおどおどしながら言った。
「今朝、門の衛兵が言っちょったんですが、若い衛兵が一人、火事の夜からおらんようになったらしいんです。何か事件と関わりがあるんやないかと思って」
「おい、お前」ビールズは威圧的な口調で言った。「衛兵の若造が年間何人逃げ出すか言ってみろ」
「十人くらいですか?」
「五十だ。一週間に一人は逃げ出すんだぞ。どうせ、訓練に耐えきれなかったクズ野郎に決まってる。くだらん情報に惑わされるな」
ラブローの報告は一蹴されてしまった。
そして、一通りの発表が終わったのを見計らってネイピアが口を開いた。
「自警団はロマの居場所をつかんでますよ」
一同がどよめいた。
「根拠は?」ビールズが言った。
「ジューゴ・バン・マルディナードがそう言ってました」ネイピアはハッタリをかました。実際、ジューゴは思わせぶりではあったが、言い切ってはいない。
「からかわれたんですよぉ、ネイピア大尉」メイレレスが小馬鹿にしたように言った。「自警団長の言うことをまともに聞いちゃダメですよぉ。アイツらは所詮、商売人。平気で嘘をつくんですぅ。自分たちの利益のためにはね。どうせ、交換条件でも突きつけてきたんでしょう? タダで動くやつらじゃないですからねぇ〜」
「メイレレスの言うとおりだ。何と言われたんだ?」ビールズが続けた。
「街灯を税金で賄ってほしいと言われました」
「やっぱりねえ! アハハ、そんなの無理に決まってるでしょ、ネイピア大尉。これだから新参者は困るんですぅ」メイレレスは執拗にネイピアを挑発した。
「無理ですか?」ネイピアは冷静に言った。
「無理もなにもない。何か勘違いをしているようだな、ネイピア。自警団など旧態依然とした悪しき慣習の名残だ。自己満足だけでとるにたらん奴らだ」
「ですよね。私もそう思います。でも、情報を持っている可能性があるなら、吐かせてみるのが筋なんじゃないですか?」
「交換条件などのめない」
「隊長、我々は天下の巡察隊ですよ。条件など無視すればいいじゃないですか?」ネイピアは不適に笑みを浮かべた。
「お前、何を……」ビールズは言葉を失った。
「別件逮捕でも何でもして拷問やって吐かせればいいじゃないですか? 相手はたかが自警団ですよ」
「ネイピア大尉、なんてことを! 我々は法の執行人ですよぉ‼︎ そんなことが市民に知れたら暴動が起きますぅ!」メイレレスは目が飛び出さんばかりに興奮している。
「ハハハ、メイレレス中尉、何を弱気な。あなた方がいつもやってる方法があるでしょう?」
「は?」
「隠蔽ですよ。い・ん・ぺ・い」
「失礼な! ネイピア大尉、今の発言は聞き捨てなりませんよぉ‼︎」
「もういい‼︎ やめろ‼︎」ビールズが怒鳴った。
場がしんと静まり返る。メイレレスはネイピアを睨みつけたままだ。
しかし、ネイピアはビールズを見ていた。
さっきまで激昂していたビールズは、もう冷静さを取り戻しているようだった。表情も柔らかい。そして、子供に語りかけるように優しく穏やかに隊員たちに告げた。
「とにかく自警団とは関わるな。自分たちの力で情報を集めるんだ。お前たちは国王の信任を得た巡察隊だ。誇りを持って捜査にあたれ。いいな」
「はい!」一同の威勢のいい掛け声が響いた。
「クッソたれめー」
ネイピアは怒りからか、早足で城を後にしていた。後ろからラブローが追いかけてくる。
「班長、ちょっと待ってください。なしてあげなことを! 自警団を騙すっちゅうことですか⁉︎ ビールズ隊長が否定してくれたけん、良かったですけど、あげなやり方、僕は納得しちょりませんよ!」
いつになくラブローは眉を吊り上げて怒っている。
「しかし、ビールズの野郎もバカじゃねえな」ネイピアは独り言を言った。
城の門を出てすぐのところにある展望スペースまで来ると、ネイピアは柵から身を乗り出して、街を眺めた。トロヤン川の向こうに、焼け落ちた宿の姿や近隣の建物の黒ずんだ壁が確認できた。改めて高台から見てみると、あれだけ建物が密集した街中で、被害は最小限に済んだと言ってよいだろう。
「確かに一瞬はジューゴのおっさんを裏切ることになるかもしれねえ。っていうか、まだ手を結んでねえから裏切りでもねえけど。どうせ、おっさんは逮捕されたところで簡単に情報を教えるとは思えねえ」
「じゃ、なぜ?」
「おっさんの願いを叶えるためだよ」
「は? 意味が全く分からんのですけど」
「不正な逮捕に拷問、そんなことが世間に知れたらどうなる? メイレレスの言うように暴動が起きる。つまり、巡察隊にとっては外に知られてはいけない弱みになる。俺の挑発に乗ってビールズが決断したなら、それはもう俺の責任じゃない。ビールズの責任だからな。ゆすれるだろ? バラしてほしくなければ街灯の件をなんとかしろってさ」
「班長、なんと恐ろしか……悪魔的な戦略やないですか?」
「まあ、チャレンジしてみたんだが、やっぱりそう簡単にはいかねえよな、アハハ」
「班長すごいです! さすがです‼︎ 僕じゃそんなこと死んでも思いつかんですよ」
「邪道だが、邪道しかねえ時は仕方ねえ。でもな、お前はやらねえ方がいいと思う」
「なんでです?」
「キャラじゃねえからだよ」
「ハハ、そうかもしれません。で、ジューゴ団長はロマの居所をつかんじょるって本当ですか?」
「それもハッタリだ」
「やっぱり」
「火事の時の自警団のチームワークを見たか?」
「はい。見事やと思いました。悔しいですが巡察隊ではああはいきません」
「だよな。よく訓練された軍を持ってきてもどっこいどっこいだ。すげえよ、あのおっさんは。伊達にいかつい顔してねえ」
「はい。そして顔が怖いからって脅して街の人を従わせてるわけやないっちゅうのが並じゃないです」
「ああ。人望もある。だから絶対にアイツの力が必要だ。さっきはハッタリで言ったが、本当にロマの足取りも、ある程度は見当ついてるんじゃねえかと俺は睨んでる」
「え? ホントですか?」
「ベルメルンは壁で囲まれている。そして、夜間は関税門も閉まってる。火事現場から逃げ出したロマが門から出ることは不可能だ。深夜に出航した船もない。つまり?」
「ロマはトロヤン川を泳いで逃げた?」
「バ〜カ。右手を切られて血がドバドバ状態で、あの川は泳げねえよ」
「たしかに。体調万全でも俺、無理ですわ」
「だろ。ってことはどういうことだ?」
「ロマはまだベルメルンの中にいる?」
「そうだ。そして手負いの人間は目立つ。なのに、目撃者が一人もいないだと?」
「誰かが匿っている?」
「その可能性は高いと俺は見てる」
「一体誰が?」
「それを知るために自警団との協力が不可欠なんだよ。街のことを誰よりも知ってるのがあいつらだろ?」
「そうです」
「俺たちがいくら聞き込みなんてしたって、情報はあがってこねえよ。さっきの報告聞いたろ?」
「じゃあ、どうすればいいと班長は思っちょるんですか?」
「さっきも言ったろ。ビールズ隊長を脅してこちらの言いなりにするんだ」
「でも、さっき失敗したやないですか?」
「今度はビールズのプライベートを掘ってネタを見つけるんだよ」
「え?」
ちょうど城の門をくぐって出てきたビールズの姿をネイピアは視線の先に捉えていた。
「ラブロー、尾行したことあるか?」
「ないですよ!」
「よかったな。お前の初めての尾行が上司だ。こりゃなかなかない体験だ」
「ちょっと待ってくださいよ! それこそさっき班長が言っちょりましたけど、こんなの僕のキャラじゃないでしょう?」
「キャラじゃないからこそバレないと思う、うん」
「えー! そんな……」
「隊服じゃ目立つから変装はしろよ。じゃあな」
「じゃあなって、俺一人でやるっちゅうことですか?」
「そうだよ。俺は行くところがある」
「えー!マジすか!」
「あ、そうそう。お前がさっき言ってた行方不明の衛兵の名前を教えてくれよ」
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