第12話 エレメナの情報

「ジューゴ団長にフラれちゃいましたね」


 ネイピアが振り返ると、暗闇の中に女が立っていた。フードをかぶっており、顔が見づらいがどこかで見たような……。


「エレメナちゃん?」


「こんばんは!」エレメナは真夜中なのに元気いっぱいに挨拶した。


「静かに。みんな寝てんだからよ。もしかして酔っ払ってんの?」


「酔ってないですよ、失礼な。ほんの五杯くらいしか飲んでません」


「十分だろが」


「不十分です」


「ずっと尾けてたのか?」


「はい、まあ」


「夜中に出歩くなよ、女一人で。危ねえだろ」


「あら、うれしい。心配してくださるなんて」


「そりゃ心配するさ。かわいい子は特に」


「アハハ。でも、すぐ近くに大尉もジューゴ団長もいるんですよ。襲いかかるような馬鹿はいませんよ」


「まあ、それもそうか。で?」


「巡察隊が自警団に協力を求めるってことはやっぱりあの火事は事件なんですね」


「全部聞いてたの?」


「新聞記者ですから」


「そうだったな。新聞読んだよ。よく書けてたねえ」


「あら。口説こうとしてます?」エレメナは愛嬌のある笑顔をネイピアに向けた。


「我慢してるところだよ」ネイピアも頬を緩めて笑ってみせた。


「無理でしょうね」


「こう見えて俺は我慢強いんだ」


「違います。街灯のことですよ」


「あ、そっち?」


「どうするおつもりで? 大尉」


「どうするかなあ」

「私、この火事の裏には何か大きな企みがある気がして……」


「新聞記者ってやつはすぐに物語をつくりたがる。どうしてそう思うんだ?」


「大尉、これは何かの始まりなんじゃないでしょうか?」


「始まり?」


「何か不安になってくるんです。ロマのことを調べれば調べるほど」


「どういうことだ?」


「謎過ぎるんですよ、ロマって男は。ロマのことは誰も知らないんです。行商にとっては横のネットワークは生命線ですよ。助け合わなければやっていけないんです。コネもないのに、いきなりベルメルンにやってきて商売はできないはずです。ヴォルドゥさんの台帳に名前が載っていなかったら、実在すら疑われるほどです」


「実在を示すものは台帳以外にもある」


「アルデラン門の関税帳簿ですね」


「そっちか」


「そっち? 他にも何かあるんですか?」


「いや」


ネイピアが考えていたのは火事現場から見つかった切断された右手のことだった。しかし、それは機密情報扱いで外に漏らしてはいけないのだ。うっかり口を滑らせるところだったとネイピアは胸を撫で下ろした。


「しかし、関税帳簿まで見れたのかよ。記者に見せるなんて、どうなってんだよ、衛兵は」


「へへーん」エレメナは胸を張って見せた。


「へへーんじゃないよ、まったく。じゃ、積荷の欄も見たんだろ?」


「花でしたね。黄色い花」


「それを辿ってロマの居場所分かんねえかな? 新聞記者さん」


「無理でした」


「だよな。でも、ロマはわざわざ花を売りにベルメルンに来たとは思えねえ。他に目的があるはずだ。花はカモフラージュだろう。その後ろに何を隠してたのか……」


「私はそうは思いません」


「じゃロマは花を売りに来たと?」


「はい。正確には花の成分ですけど」


「ん? え? まさか、麻薬?」


「そうです。北の国で花から抽出した成分で麻薬を製造している地方があると聞いたことがあります。それに使われるのがリグル草と言って、ギザギザの葉っぱに黄色の花」


「特徴がピッタリ一致じゃねえか!」


「建前上、ベルメルンには麻薬は一切入っていないことになっています」


「そうだ。国王の意向で徹底的に排除したはず。なのに、堂々と関税門を抜けられるなんて」


「誰も抽出されて粉状になる前の姿を見たことがないからですよ。本来なら極寒の気候でしか咲かないはずです」


「改良したってこと?」


「そうかも。私は以前から麻薬がベルメルンに入ってきてるんじゃないかって疑いを持っていたんです」


「なるほど、つまりロマは麻薬の売人ってわけだ。麻薬の売人が放火で狙われたって考えると事件の背景も浮かび上がってきそうだ。エレメナちゃん、このこと記事にするのか?」


「時期を見て、でしょうか。しっかりした証拠も掴まないと。まだ私の憶測の範囲を出ないと言えば出ないし」


「そうした方がいい。麻薬絡みとなると、かなりキナ臭いからな。エレメナちゃんにも危険が及ぶかもしれん」


「分かってますって。大丈夫ですよ」


 エレメナは笑顔で答えた。しかし、その表情にどこか翳りがあるようにネイピアには見えた。


「送っていくよ」


「結構です」


「口説いてるんじゃないんだが」


「おやすみなさい」


 エレメナはネイピアに背を向けた。


「気をつけて帰るんだぞ」


 ネイピアはベルメルンの夜に不穏な空気を感じていた。その暗闇が何を企んでいるのか、まだその時は知る由もなかった。

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