【短編】文化祭で占ってもらったら、やたらとクラスメイトの美少女に告白するようにアドバイスをされた

渡月鏡花

このポンコツ占い師ときたら……

 校内は喧騒に包まれている。


 廊下の壁に貼られたクラス展示の告知ポスター、独特なタッチで描かれた食べ物の看板、色とりどりの風船の数々、部活動の出し物を宣伝するプラカード、呼びかけを行なっている人たち、校内には種々雑多なもので溢れている。


 そして何よりも友人や恋人と一緒に文化祭を満喫している人の多さと言ったら辟易とした。


 本日——10月10日(金)は高校生になって初めての文化祭。


 窓からは、雲一片もない青さが広がっている光景が見える。おおよそ祭りを行うには相応しい天候となったと言えるだろうが、眩しくて少し鬱陶しさを感じる。


 俺——青岩藍斗は、先ほどクラスの出し物である喫茶店の給仕役から解放された。


 喫茶店では怒涛の仕事量をこなした。

 特にお客さんへの接客についてはベストを尽くしたと言っても過言ではない。


 例えば、コップを差し出すと、同級生や上級生の女の子からは『スマイルください』『壁ドンでチェキお願いします』等の意味不明な要求をされた。


 もちろん、全力で難聴系主人公の如く『はい?なんとおっしゃいましたでしょうか』をロボットのように連発し拒絶した。


 そんなやりたくもない仕事をなんとかこなして、社会の荒波に揉まれる経験を擬似体験し、俺は束の間の自由を満喫するために校内を独り寂しく散策し始めた。


 決してサッカー部の友人たちがいつの間にか恋人を作り、イチャイチャしながら文化祭を周っているという現実から逃避行しているわけではない。


 け、決して、孤独感に苛まれ、惨めな思いなどこれっぽっちを感じてなどいない。


 まして絶対に来年こそは恋人とイチャイチャドキドキしながら周るのだ!というような醜い男の嫉妬などを抱えて、すれ違うカップルにバルスと心中で唱えるなどという大人気ないことなどはこれっぽっちもしていない。

 

 そんなくだらないことを考えている時だった。

 白石雪菜たち男女の集団——5人組とすれ違った。


 ちょうど交代の時間だったのだろうか。彼女らのシフトなどいちいち気に留めていなかったため事情はよくわからない。わいわいガヤガヤと話しているところを見る限り、休憩に入り、文化祭を満喫し始めるところなのだろう。


 相変わらず白石雪菜という女の子ははなやかだ。

 色素の薄い白い髪や色白肌が、神々しさを周囲へと撒き散らしている。ご先祖様には北欧かなんだかの貴族の血が流れているとかなんとか聞いたことがある。しかし、真意は定かではない。


 チラッと、白石雪菜の青色に輝く瞳が俺へと向けられた。小さな桜色の唇が少し動いた。そしてすぐに視線が逸れた。何事もなかったかのようにクラスメイトたちと談笑し、歩いて行ってしまった。


「……?」


 先ほどの意味ありげな視線はなんだというのだろうか。

 きっと、ぼっちで文化祭を周っているクラスメイトへの憐れみに違いない。寛大・寛容な俺は、慈悲深い心で、バルスとお祈りしておいた。

 

 白石雪菜という西洋人形の如く整っている容姿は目の保養にはなったものの、俺の心は一向に晴れなかった。むしろ海底に住む深海魚の如く、いや奈落の底に落ちた虎の子のような絶望的な気分だ。


 そうだ……このような時は甘いものがいいに違いない。きっと舌がバカになるほどの人工甘味料を味わうことで頭の中もお花畑になるに違いない。


 決して甘党であるだとか、そんなしょうもない理由ではないのだと、自分に言い聞かせてタピオカミルクティー店を探すことにした。




 のらりくらり、ただ孤独と孤高を愛する自由人として人生最高の地獄のような時間を過ごしながら歩き続けた。


 するとタピオカミルクティーのお店はカップルだらけで買う前から周囲に甘い空間を撒き散らしていた。


 仕方なく感情を無くしたロボットの如く列の最後尾へ並んだ。

 手持ち無沙汰となり、脳内でフィボナッチ数列を反芻し始めた時——事件が起きた。


「あのーこのラブラーブタピオカっていう商品ですが、カップル割引なんですよね——」

「そのようですね。ただ、俺はここの店員じゃないんで」と俺は答えた。

「え?そういう意味じゃなくて、一緒に——」

 

 それからはデジャブするやり取りを異なる女の子たちと複数回繰り返した。まるで絶望を回避するために何度も人生をやり直そうとするタイムリープものの物語の主人公のような追体験だった。


 特によく店員に間違わられては『値段はいくらですか』だとか、『カップル割引あるみたいだから——』など聞かれた。その度に俺は『あ、店員じゃないので……』などと張り付いた笑顔で返した。


 そしてなぜこうも声を掛けられるのか考えた。その結果、ある事実が浮かび上がった。そう——俺はずっと給仕の格好をしたままだったのだ!

 

 その後、俺は脱いだエプロンを片手に無事ミルクティーという名の砂糖の固まりを入手した。この時、なぜか店員さんから満面の笑みと共にストローを2本渡されたため、ここでもカップル仕様なのかと愕然とした。

 

 俺は一旦、人の気配のない旧校舎へと進んだ。


 

 旧校舎5階。

 窓から差し込む日の光が眩しいものの、少し埃くささを感じる。新校舎から渡り廊下を通して繋がっているとはいえ旧校舎は閑散としていた。


 新校舎の方に花形のサッカー部と言った部活の出し物が集中している。そのため、旧校舎にはマイナーな文化系やマニアックな研究会の出し物を中心に配置されていた。


 考古研究会の『過去をめぐる!化石展示』や天文研究会の『手作りシアターへようこそ——君が知ることになる物語——』と書かれたポスターが視界に入った。奇術部の『君の場所は?——入れ替わり立ち替わりマジックショー』と書かれたポスターもあった。


 そして、俺の視線は——「占い研による『裏までウラーナイ!占い——恋人、恋愛相談から人生相談までどんとこい——タロットの館』」へと誘われた。



 室内に入ると、全体的に黒く装飾されていた。

 薄暗い部屋の中央に丸テーブルが置かれている。そのテーブルの上には、顔の位置に敷居のようなパーテーションが建ててある。テーブルの上が見える程度に隙間を開けている。

 

 おそらく占い相手の顔が見えないように配慮し、カードの結果だけをテーブル上で見えるように工夫されているのだろう。


 なるほど依頼人の表情から何かを読み取ろうとするような——例えば、コールドリーディング的なものを行なっていない、ということもアピールしたいのだろうか。


 数秒ほど突っ立っていると、少しうわずったような占い師——女の子の声がテーブル奥側から聞こえた。


「い、いらっしゃいませ。そのまま向かいの席へとお座りください」


 一瞬、澄んだ声が人気者である白石雪菜のものかと思った。しかし、こんな胡散臭いところにいるわけがないと思い直し、声の指示通りに「はい」と答えて、俺は木製の椅子に腰を下ろした。


「なんで留守番の時に——が——来るかな……」とつぶやく声が聞こえた。


「……?」


 なんと言ったのか判然としなかった。

 聞き返す隙を与えないかのように、占い師は話し続けた。


「コホン……本日は『裏までウラーナイ』にようこそ!教室前のプラカードに書いてある通り、本来であれば占い料として3000円かかるのですが、なんと今回は初回ですので、無料対応としますっ!」


「文化祭でそんな大金を取る予定だったんですか!?」


 思わず声が大きくなってしまった。

 いや、高校生の文化祭で3000円をとる予定だったとは、ぼったくりどころか詐欺事件レベルではないだろうか。

 

 よく生徒会、いや先生たちが出店を許したものだな。

 

 あれ……そもそも教室の前に料金がかかる旨の書かれたプラカードなんて立てかけられていたか?


 そのような俺の思考は遮られた。

 占い師の声は明るい口調であるものの、心なしか非難するような雰囲気だった。


「聞き捨てならないですねー。本来であれば労働の対価はいただきますよ。でも、はい、今回はなんと初回無料ですから、ご安心ください!まずはカードを切りますので、好きな位置でストップと言ってください!」


「あ、はい」と勢いに負けて答えると、占い師はカードを切り始めた。顔の敷居とテーブルの間——ちょうど手元が見える隙間でカードを切り始めた。


 色白い細い指先がさーっとカードを動かす。

 慣れたような動作で、パラパラとカードをシャッフルする。


 ……思わず、綺麗な指先に見惚れてしまった。


 3周目くらいカードを切り始めたところでやっと「ストップ!」と言えた。


「では、ここから5枚引いていきますね」

「このカードから引けばいいんですか?」

「もちろんです!」


 占い師から間髪入れずに返事がきた。

 

 冗談だよな……

 このカード明らかに普通のトランプのように見えるのだが……

 これで占いとかできるものなのか。

 そもそも、教室の前の看板にはタロットの文字があった気がするのだけれども、一体全体トランプを使うのはどういう意味なのだろうか。


 そんな俺の質問の意図や内心の葛藤など歯牙にも掛けないように、占い師は動作を続けた。


 ハートのA、ダイヤの3、ハートの5、ハートの7、ハートのキングを次々とリズムよく机の上に置いた。最後に、色白い指先がテーブルを「タンタン」と何かの合図を意味するかのように小さくノックした。


「あの……一応確認なのですが——」

「はい、なんでしょうか?」と陽気な声が返ってきた。


 おそらく仕切りの向こうでは屈託のない笑顔でも浮かべているのだろう。


「このカードは普通のトランプですよね?」

「トランプ……?何を言っているんですか。そんなことは……あっ!?」

「今、明らかに間違いに気がついた時の『あっ!?』でしたよね!?」

「全然違いますっ!私の『あっ!?』は、『ようやくそこに気がついたようで、やれやれ呆れましたよ。これでも学年でトップ10に入る秀才様ですか?』という青岩くんへの哀れみですー」

「よくもまーぬけぬけとそんなことが言えるよな!?」


 この占い師は何をおっしゃっているのだろうか。

 自分の失敗を認めないとは人としてどうなんですかね。


 ……あれ、今確かに……占い師は俺の名前を言った気がする。自己紹介はまだしてないが、声から俺のことを言い当てたとでも言うのか。


 俺のことを認知している人間ってことだよな……

 いや、それとも真っ黒な目の前の仕切りのどこかに隙間でもあって、顔を見て、学生名簿か何かで調べたのか……。


 俺は針の穴に糸を通すような繊細さを持ってして、真っ黒な仕切りを凝視した。


「そ……そこまで疑うならば、見せてあげます!」とムキになって、占い師はガサガサと音を立てた。そして、すぐに「……ほら!トランプ占いという方法もあるんですー」と言って、スマホの検索画面をこちらに見せてきた。


 画面がよく見えなかったため、手を伸ばすとさっと素早く引っ込められてしまった。決して混乱に乗じて綺麗な手に触れたい、などという邪な想いなどこれっぽっちもなかった。


 が、少し、ほんの少しだけ残念だと思った。


「……すみません」

「コホン……わかっていただけたみたいで何よりです。それでは気を取り直して占いを進めますよー」

「はい」

「では……何を占いましょうかね」

「そうですね……って、おい!なぜカードを引かせた後から、占う内容を聞いているんだ!?順序が逆だろ!さっきのカードの意味はなんだったんだ!?」

「も、もちろん冗談ですよ!……場を温める占いジョークですからね!?……というか、細かい人ですねー。そんなんだから恋人のひとりやふたりできないんですからねー。まあ、でも、そういうところが——」


 占い師の女の子は『やれやれしかたないな』というような雰囲気を出した。


 こいつ開き直りやがった。

 いっそ清々しいほどの占い師の態度に、感心してしまうほどだ。


 それに最後の方はボソボソと呟いておりよく聞こえなかったが、おそらく俺のことを悪く言っているのだろう。


 沸々と湧き上がる怒りをなんとか鎮めるため、深呼吸をした。


 そんな俺の慈悲深さをこれっぽっちも察していないようだ。


 占い師は強引に話を続けた。


「コホン、それでは気を取り直して先程のトランプ——『恋占い』の結果を読み取っていきます!」


「もう何でもいいです……」


「まずエースのカードは運命の人を意味します。そのため、このカードは貴方の深層心理にある意中の人の特徴を表します。クラスで人気者であり、色素の薄いミディアムボムの異性に対して、あなたは興味を抱いているようです!間違いありません。いや絶対にそうなんです。ですよね!?」


「……え?あ、はい、あなたが言うのであれば、そうなのかも——」


「ふふ、深層心理ではそうなのです!そして——」と占い師は俺の言葉を最後まで聞くことなくなぜか自信ありげに答えた。


 そして占い師は自分の世界に入り込んでいるように、流暢に言葉を続ける。

 

「ダイヤの3からは、二人が結ばれて、輝きのある未来が待ち受けていることが見えます。まさに!二人は未来永劫、輝きに満ち溢れ、困難さえも容易に乗り越えることができることを意味しています!続いて、ハートの5、7、キングの意味するのは、日に日に、二人の心が近づいていく様が見えます。階差数列のごとく美しい繋がりがあるのです!それに素数の如く『1』と『その数』以外に割れない関係であり、価値観の違いに戸惑いながらも、二人は特別な自然数となるのです!そ、そうです!もうその人気者に告白するしかないですね!いや、告白しなさいっ!な、なんということでしょう!この後ある後夜祭で、ちょうど月の満ち欠けとの関係で成功率がアップします——」

 

 いやいや、なんか途中から『素数』とかなんと言い始めているのだけれども……


 あたかも自然科学と占い結果が結びつくようなことを言い出してはいるが、全然説得力を感じない。むしろ無理矢理科学的なことと絡めることで、『何を言っているんだ?』と疑問を持たれてしまって逆効果なのではないだろうか。

 

 そして何よりも——なぜか急に意中の人の容姿について『クラスの人気者』や『色素の薄いミディアムボム』という具体性が指摘されたのか……


 これは明らかに——


「——ということで、後夜祭に告白するのがベストです。それに——」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「なんですか……?」

「間違っていたら申し訳ないんだけど——」

「……?」

「クラスメイトの白石雪菜さんだよね?」


「……!?ざ、残念でしたー。白石雪菜さんのような美少女がぼっちで文化祭の店番しているわけがありません……きっと、いや、そのはずなのです!友達がみんないつの間にか彼氏・彼女を作ってイチャつき始めて、その光景から逃げ出して校内をウロウロしていたら、幼馴染に捕まって『ちょっとだけ店番をお願い!』と頼まれたわけではありませんからね!?」


「わざわざ詳細なご説明をありがとう」

「な、なんで憐れむような声なんですか!?それ以前に私は白石雪菜さんという美少女と異なる美少女ですから!」


 美少女というところはあくまでも譲らないんだな……

 まあいい。

 それよりも——


「それで自称美少女占い師さんが先ほど言っていた、告白がどうのこうのの件がよくわからなかったのだけど……とりあえず、後夜祭に告白すれば上手くいく可能性が高いの?」


「なっ、なぜ平然と受け流すのですか!?それでは本当に『私は美少女です!』と自惚れているような残念な人みたいじゃないですか!?」


「っち」


「いま絶対に『うわーこの人、面倒くさいなー』というような舌打ちをしましたよね!?」


「ほんといい性格しているんだな……それよりも、その『クラスの人気者』であり『色素の薄いミディアムボム』の方に『後夜祭』で告白すれば、うまくいくということでいいの?」


「またスルーされた……」とシクシクとわざとらしい声を出したあと、すぐに切り替えるようにケロッとした声で言った。


「はい、告白でしたら、十中八九成功しますね。とっとと告白してしまってください。わ——彼女もきっとそれを望んでいます。それに『あくまでも』占い結果から分かることなのですが、お二人には中学生の頃に接点があるようです。そのときからすでに高感度マックスに近いようですね。まさに二人は運命共同体に違いありませんねー」


「そ、そうなのか——」

 

 中学生の頃か……

 クラブチームでサッカーをしていた時だよな……

 いつだったか遠征先からの帰り道に都内の路地裏で変態に絡まれている女の子がいた。はじめは青姦でもしている変わったカップルかと思ったが、明らかに女の子の方が泣いていたので、警察に通報したことがあった。


 確かあの時——

 そして何かを思い出しかけた時、俺の思考を邪魔するかのように廊下からパタパタと急ぐような足音が聞こえた。



「ごめーん、雪菜ちゃん」と立葵まりが陽気な声で入ってきたが、俺の姿を見て「あれ、藍斗くんもいたんだー」と言った。

「ああ……」

「藍斗くん、占いに興味あったんだー。ちょっと意外かも……」とまりは俺に近づいてきた。金色に近い髪先がふわふわと舞った。動きに同期して毛先が揺れた。


 なんだか尺取り虫のように毛先がカールしている。外ハネとでも言うのであろうか。尺取り虫ヘアーが今年の流行りなのかもしれない。


「あれーどうかしたー?」とまりが俺の顔を覗き込むようにして、端正な顔を近づけてきた。柑橘系の香りがした。


 立葵まりの距離感がおかしいのは、今日に始まったことではなかった。その小悪魔的な言動で、数々の男子生徒たちをたちまち勘違いさせるという大罪を犯している。


 しかし、俺くらいの鍛え抜かれた高校生になると、スルースキルを発揮することで対処できるため、難なく試練を突破した。


「いや、なんでもない」

「なーんだ。てっきり私に見惚れていたのかと思ったー」とまりは誘惑するかのような笑みを口元に浮かべた。そして、何かを思い出したように言った。

「あ、そうだ。雪菜ちゃん……見なかった?」

「さあ?自称美少女占い師ならば、向かいの席にいるようだけどな」と俺が答えると、「なっ!?」と向かい側から焦ったような声が聞こえた。


「はー?意味わかんないんだけどー」とまりは怪訝そうに目を細めた。そして、まりは俺から離れて、ブース奥に分け入って行った。「あれ、ゆき——」とまりが話している最中に「ちょっと、待って——」と自称美少女占い師が遮ったようだ。「——言わないで——」「そんなことになっていたんだ——」と2人は数秒ほどガサゴソと何かをやりとりをした。


 その後、まりがバタバタと慌てて現れた。口元にわずかな笑みを浮かべて「そ、そういえば、用事があることを忘れていたなー」とチラチラと俺を見た。


「……?」

「うーん……ちょっと買い出しに行ってくるから、藍斗くんはごゆっくり」とまりはニヤニヤと笑みを浮かべて、入り口へと進んで行った。教室を出て行く直前、振り返った。


「2人ともお幸せにー」

「おい、最低限の説明をしてから——」


 俺の言葉を無視して、まりは去った。


 台風のようなやつだ。



「……コホン」と向かいの席からわざとらしい咳をしてから占い師は言った。

「それで、青岩くんが告白する件ですが——」

「おい、俺は別に告白することを承諾した覚えはないからな」

「やれやれほんと……面倒くさいチキンですね」と占い師がつぶやいた。

「はい?」

「だから、面倒くさいチキンですね、と言っているんですっ!」


 一度は聞き間違いかと思って受け流したのに……こいつ、言いたい放題だな。


 美少女占い師——いや、確実に白石雪菜であろう、女の子はプツンと何かが切れたようだ。いつもクラスメイトに向ける穏やかな性格からは程遠い怒りの声を上げた。


「いつもいつも目が合うとすぐに逸らしますし、こちらから話しかけようと近づくとそれに比例して遠ざかるし、そもそも勇気を出して話しかけているんですから察してください!仮にうまく捕まえてもいつの間にか別の人に話を振って自分はどこかに行ってしまうし、奇跡的に二言三言会話に成功しても終始敬語でなぜか物理的な距離感も遠いし、一体全体なんなんですか!?なんで私にだけ腫れ物に触るような距離感なんですか!!好き好きオーラ醸し出している人が目の前にいることくらいわかるでしょっ!何、クールを気取ってんですか!チキンですか!?そもそも、自己肯定感が低すぎるんです!青岩くんはもっと自分自身がかっこいいことを自覚してくださいっ!!自信を持ってくださいっ!」

 

 そのとき、占い師は興奮の勢い余ってバタンとテーブルを叩いた。おそらくそれが決定打となったのだろう。テーブルが僅かに動いたことで、グラグラと揺れた仕切りが俺の方へ若干動いた。


「「……あ」」


 俺と向かい側から、気の抜けた声が重なった。

  

 ずれた仕切りの隙間から、白い髪、青い瞳、桜色の唇——白石雪菜の容姿が見えた。若干、身を乗り出していたようだった。そして、ぎこちない動作で両手を上げた。ポカンとした表情から一転して、たどたどしく言った。


「い……イッツイリュージョン!まさに今、あなたは隣の奇術部にいた私——白石雪菜と謎の美少女占い師が入れ替わるという今世紀最大のマジックショーを目の当たりにしたのですっ!!!」

「流石にその言動は看過できないからな!?」



 文化祭二日目。

 相変わらずクラスの出し物である喫茶店もどきは賑わっている。


 近い将来、社会という荒波を疑似体験させるような給仕の仕事を俺は淡々と完璧にこなした。


 ただ時々、知らない女の子や他校の女の子から『冷たい視線をください』『お嬢様と呼んでください』等の種々雑多な要求をされた。


 もちろん、俺は引き攣った頬と共に最高級のおもてなしで振る舞った。例えば、『その前におかわりはいかがですか』や『スマイルは1万円となります』等の大人な対応だ。


 おそらく俺の売上貢献度は半端ないに違いないだろう。

 まさにクラス一番の稼ぎ頭と言っても過言ではなかろうか。


 そして時々、白石雪菜がお客さんとの間に割って入ってくれた。そして最後に必ず、俺へとその青い瞳を向けた。まるで人を殺したことがあるかのような鋭い目つきは『隙がありすぎるんです』とでも言いたげだった。


 そのような理不尽極まりない無理難題をこなした後、俺たちは交代となり、無事に休憩に入った。

 

 本日もまたサッカー部の友だちは俺を見捨てて、イチャコラと彼女と文化祭を回っていた。


 俺は前日同様に甘いものを飲みたくなったため、タピオカ店の列に並んだ。

 その時、制服の裾がちょこんと引っ張られた。


「ねえ……」

「……?」

「私の話聞いていなかったでしょっ!」


 雪菜はフグのようにぷくっと頬を膨らました。


「すまん、ボーッとしていた」

「だから、藍斗くんは、隙がありすぎるんです!いいですか、これからは女の子に声を掛けられないようにしてください」

「それは具体的にどのようにすれば——」

「それくらいは自分で考えてくださいっ!それと、今度私が話しているときに上の空になったら、何でも一つ言うことを聞いてもらいますからねっ!」

「……はい」


 俺は理不尽極まりない雪菜の要求を寛大な心で受け入れた。

 決して有無を言わせないような鋭利な視線から逃れたかったからではない。


 雪菜は呆れたようにため息をついた。


「こんなに好きになっちゃった私が悪いのかな……」


 廊下の窓から陽光が差し込んでいる。眩しいほどの光は廊下に乱反射して光の波を作っていた。


 そんな光の波を掻き分けるようにして生徒たちが廊下を歩いている。昨日まではどうでもいいと思っていた人たちがなぜか急に近くに感じた。


 もう滅びの呪文を唱えることはないだろうな。

 何故かそう思った。

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【短編】文化祭で占ってもらったら、やたらとクラスメイトの美少女に告白するようにアドバイスをされた 渡月鏡花 @togetsu_kyouka

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