第2話

 半年過ぎても、彼女は意識を取り戻さなかった。お腹の子はどんどん成長し臨月を迎える。遠辺野兼信は毎日のように様子を見に行った。

 医者から出産は帝王切開になり、子供も親もその時が一番命の危険がある、と言われていた。

手術の日、俺のほかにも桂林や金谷、それに蒼井達も皆集まった。俺は、ただ祈ることしか出来ないが、祈らずにはいられない。

ICUから手術室へ時世が運ばれてゆく。

手術室の前で全員が手を合わせていた。

1時間後オギャーと第一声が聞こえた。全員が、やったあー、と叫んだ、喜んだ。両親も初めての笑顔を見せている。心底良かった、涙が流れた、良かったと皆んなで泣き笑いで、抱き合った。ご両親に深く頭を下げた。

 しかし、その時は突然きた、ご両親は中へ、と伝えた看護師が泣いている。

えっという表情で中へ入る両親。手術室のドアが固く重く閉められた。

数分後、わあ〜と慟哭するお父さんの声と娘の名を呼び咽ぶお母さんの声、が、俺の心臓を突き刺した。何だ?何が起きた、何んだ?如何して、ここであんな泣き方をしなきゃいけないんだ?頭の中は狂乱状態だ。

そのまま誰も出て来ない。我慢出来ずに俺は手術室のドアを引いた。開け方は見知っていた。

 ご両親は時世の寝かされている手術台に打ち伏せ号泣している。俺は彼女の顔を覗き込む。色が無い。寝ている様だが、そっとおでこに手を当てようとした。

「触るなっ!時世に触るな。お前らが殺したんだっ!」それだけ言うとまた号泣する父親。母親は床に頭を擦り付けて泣いている。

俺は動けなかった。全身の力が抜けた。へたり込んだ。うわ〜っ、力の限り泣いた。叫んだ。時世の遺体、それ以外の存在が消えた。俺だ、俺が時世を殺したんだ。あんなに好きだった時世を殺してしまったんだ。ごめん。ごめん。どうしたら良いんだ俺は。あの時何で嫌がる時世を、イカダになんか乗せなきゃいけなかったんだ!殺人者になってしまった。身体中に後悔、痛恨の思いが溢れる。罰だ。罰を与えないと。そうだ、人殺しには死を!勝手に思考がどんどん進んでゆく。

 心の中で、死ね!叫ぶ声が聞こえる。そうだ俺は、俺に死を与えないといけない。そうだ、死ね!お前は死ね!そう死ぬしかない!早く、死んで彼女に謝れ!兼信っ!死ね!

身体が勝手にふらふらと自身を立ち上がらせる。目の前に時世がいる、時世が手招きをする。「待って!」叫んでも、どんどん階段を上がってゆく、上へ、上へ、どんどん上がってゆく。「待って!」

 空が見える。青い空だ。微笑む時世はスッと空へ舞い上がる。いつもの素敵な笑顔を僕に見せながら。手を差し出すと、時世も手を差し延べる。もう少しだ、「時世〜待って・・」俺も行くから、待って〜」


 誰かが俺の身体にタックルした。床に転がる。顔を殴られた。

物凄くでかい声が

「馬鹿野郎っ!お前何やってんのよ。屋上から飛び降りて死ぬきかあっ!」

訳が分からず、その誰かに囁いた。

「行かせてくれ、時世が手を伸ばして俺を待ってるんだ。行かないと・・」

「死んじゃダメだあ!辛くても死んじゃダメだ!生きろ、俺と一緒に生きろ!そして一生苦しもう・・なあ、死んで楽しようなんて許さないぞ!」

周りに気配を感じた。周りが少しずつ見える様になってきた。見上げると、彼女はもう姿を消していた。行ってしまった。逝ってしまった。泣いた。一緒に行きたかった。逝きたかったのに、ダメだという奴がいる。

 一生苦しめって言うんだ。辛いのに。そうしなきゃ、いけないって周りの奴ら皆んなが言うんだ。そうなのか?そうしなきゃ、いけないのか。俺の責任なのにそれで良いのか。


 ふと気が付いた。俺はベッドで寝かされていた。桂林や登美子や蒼井もいた。

「気付いたか、お前この病院の屋上から飛び降りるとこだったんだぞ。覚えてるか?」

「あ〜俺、人殺しだから、罰を与えないといけないって思って、死ねって言うんだ。俺が俺に・・」

「だけど、生きて一生、一緒に苦しもうって言われたろう?」

「あ〜、言われた。良いんだろうか、それで」

「それは、とても苦しくて辛いことだ。それに耐えるのがお前と俺の責任だ」

「ご両親も、逃げるな、と言ってた。生きて償えと」

「そうか・・・わかったよ。皆んなありがとう。生きて一生、償う」


 

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