第33話

 

「………」


 最早無駄口を喋ってる余裕すら無い。

 戦闘が始まってから何十…何百の魔物を殺したのかも覚えてない。大まかな数すらわからない。


 今はほぼ無心で剣を振るっている。

 こんなに動いた事は今まで無い。


 体中が痛みを発している。それだけならまだなんとかなるかもしれないけど魔物の攻撃を何回か回避出来ずに食らった。

 体の所々からはそのせいで血が出ている。止血する余裕もないので放置だ。

 頭から流れてる血が右目の視界を奪っている。鼻なんて既に血や汗、魔物共の臓物などの臭いが混じって機能していない。



 辺りでは未だに戦闘は続いている。何千、何万の魔物が死体で転がっている。そして、その中に紛れるように冒険者の死体も混じっている。

 頭が無いもの、逆に頭だけ残ってるもの、体の中央がへこんでいるもの、体の一部が抉り取られるように齧り取られたもの…


 城壁上に居る魔法士達も下に降りてきて僕たちと同じように、同じ目線で戦っている。城壁上から完全に攻撃するのではなく、流れ弾で死んでもおかしくない戦場で。


「っっ…」


 体が限界を迎えた。


 体が動かない。

 足の力が抜け、ガクッと地面に膝をつく。意識が朦朧としてる。

 魔物が近づいてくるのが分かる。恐怖と飢えに支配されてる魔物達が…


 このまま食われて死ぬ。そう思っていたら、周りの気配が消失した。

 ボヤけている視界を無理矢理動かして辺りを見る。そこには、体が細切れにされた魔物の死体があった。


 少しして、誰かがやってきた。細長い剣を持った誰かだ。


 誰だ…?そう思っていても声が出ない。喋ろうと思っても喋れない…


「――?」


 何か言っているようだが聞き取れない。


「――――」


 何かを振りかけられた気がした。それと同時に朦朧としていた意識と視界がハッキリとし、身体中の傷が消え、疲れも吹き飛んだ。


「っ!!」


 回復した思考で最初に考えたのは誰だ、という事だった。振りかけられたのは恐らく回復系のポーション。しかも、即効性で疲れすらも取るポーションは最高級品のはず…そんなのを僕に振りかけてきた人は誰なのか、そう思いながら目を動かす。


「っ貴方は」


 外套を被った猫背のご老人。それが第一印象だった。


「無事か?」


 ご老人が、そう声をかけてきた。


「あ、はい…あ、りがとうございます…助かりました」


 外套を被っていて顔も少ししか見えない…でも、何処かで見たよう覚えがある。

 木製の杖をついており、こんな戦場に大丈夫なのか?とも思ったが存在感が凄い。僕よりも強い歴戦の戦士のような気がする…

 ダメだ、まだ思考が上手く纏まらない…


「ふむ……お主はもう下がるといい」


「い、え…まだ行けます。恐らく、ポーションをかけてくれたと思うのですが…そのお陰で動けそうです。ならば、もっと魔物を倒してスタンピードを少しでも勢い…を遅くしないと」


「お主にかけたのは確かにポーションだ。疲れも取る最高級のな。…だが、疲れを取ることに関しては一時的なものに過ぎない。やがて、疲労が一気に押し寄せてくる。戦場でそんな事になればどうなるか分かるだろ?」


 戦闘中に疲労が一気に…どうなるかなんて考えなくても分かる。と、なると…僕に残された道は…


「…分かりました。一旦、撤退を」


「うむ。その方がいいだろう。残りの魔物は儂に任せとけ」


 そう言ってスタスタとまるで散歩に行くかのような足取りで魔物へと進んでいく。


「っ!あの、名前は」


「儂か?ただの爺だ。とうに全盛期を過ぎた、死にゆくだけの古騎士ロートルだ」


 他にも聞きたいこと、感謝したい事が沢山あるけど…邪魔をするわけにはいかない。


「ありがとうございます。また会えたらその時は必ず」


「ほっほっほ、また会えたら、な」


 杖をつきながら歩いていくご老人…いや、彼を見届ける前に僕は疲労が押し寄せる前に撤退した。


 辺りは魔物の死体、冒険者の死体、衛兵の死体、血に塗れた武具が転がっている。

 今回のスタンピードで何百の冒険者の命が奪われてるのか分からない。

 どうしてこんな大量の魔物が一斉に…とも思う。ミルアは無事なのか、あのご老人は大丈夫なのか…気になる事や不安な事ばかりだが、今は撤退するだけだ。




 ◆



 城壁前まで辿り着いた…それと同時に医療兵が即座に駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか!」


 そう言う医療兵に先程の出来事を説明したあと、近くの壁に背中を預けるように座り込む。

 周りを見渡せば体を包帯でぐるぐる巻きにされてる人や寝ている人…色んな人が居た


 そんな場所に…何故かギルマスがやって来たのが見えた。


 ギルマスは誰か探しているような動きをした後、目があった。そして、近づいて来た。


「レオだったな。お前がこっちに居るという事は…」


「実は――」

 またまた同じことを説明…




「…なるほどな。ご老人、杖…外套を被っていた…か。そんな人物が居た報告は聞いてないな」


「そうなんですか?」


「あぁ、遅れて来た冒険者…いや、ご老人がわざわざ戦場のど真ん中に参加するとは…」


「心当たりとかありますか?」


「……一人だけあるが、その可能性は低い」


「誰なんですか?」


「あぁ。神魔鋼級オリハルコン冒険者…最強の剣士、剣聖などの二つ名を持つ人。名前はタートス」


「…タートス」


「あの人は世界を旅してる気まぐれな方…こんな場所に居るとは思えないが、もし本物ならこれ以上ない戦力だ」


 そう言ってニヤッとギルマスが笑った。


 タートス…あの人の名前…しかも、オリハルコン冒険者。そんな人に僕は助けられたのか…必ず、必ずもう一度会わないと、そしてお礼だけでも、しないと…



 そう密かに決意をした。





 〜〜〜〜



「…また、多いな」


 仕込み杖から細長い刀身を抜き、それを構えるご老人…その人物の名前はタートス。


「まさか、こんな数を相手にするとは…初めてだな。だが、弱い」


 そう呟いた後、見えてる範囲で一番近い魔物に向かって剣を振るう。

 刀身の長さで言うのならどう見ても範囲外に居るはずが、その魔物の胴体は半分に切断された。…それのみにならず、その奥に居る魔物全てが切断されている。


「ほっほっ、脆いな。8、9の魔物でないと張り合いが無い」


 そう言って歩きながら剣を振るっていく。一回振るうごとに魔物が殲滅されていく。


「…それにしても、あの若者。中々面白い人物だったな」


 無心で剣を振るいながら5や6の魔物を一撃で倒していた若者の姿を思い浮かべながら、タートスは戦場をゆっくりと歩いていく。彼が歩いた道には魔物だった何か、肉片のみが転がっていた。


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