第31話

 



 とある森の中…片腕を喰われ、その断面からは肉と骨が見え、夥しいほどの血が溢れている。そんな状態でも男は走り続けた。


「っはっ!はっ……ゲホッ、くそっ!はやく、はやく!」


 苦痛に顔を歪ませながら男は走る。


「はや、く行かなければ…伝えなければ!」


 男が止血よりも優先して走る理由。それは――


「王都が、崩壊するっ!」


 男の背後から迫ってくる物体。その数は10や20ではない。


「スタンピード…がっ」


 後ろから迫ってくる物体…否、魔物の総数は軽く3万は超えるだろう。その一体一体が4の魔物だが、中には5や6の魔物も混じってる。



 魔物の一体が石を投げた。原始的な攻撃だが力が強い魔物が投げれば威力は計り知れない。

 魔物が投げた石がもう片方の手に当たる。


「がっ…」


 骨が折れる音が鳴り男の足が止まりかける。それでも、男は走り続ける。

 全ては王都アルフィリアを守るため…





 ―――――――◆



「ねぇ、ミルア?」


「なーに?」


「いや…なに?じゃなくて…退いてくれない?」


 僕の膝上に頭を置いて完全に動かないぞ!って意思をミルアから感じ取れる。


「や」


「…はぁ」


 ため息もつきたくなる…


 まぁ、別に重いってわけではないので口ではなんだんかだ言っているけど、僕の右手はミルアの頭を撫でてる。


「…嫌なら無理矢理退かせたらいい」


 ミルアがくるっと回転して顔を僕の方に向けてくる。


「……あんまり見ないで」


「理不尽すぎない?」


 自分で顔を向けたのに見ないで、って…


「…それにしても、今の光景を他人から見たらどう見えるんだろうね」


「仲のいい夫婦」


「夫婦、ねぇ〜。僕的には親子だからね?」


「え…」


「ほら、身長的にも父に甘える娘って感じに」


「……身長。これから伸びるから大丈夫」


 そう宣言するミルアだが、僕にはなんとなく分かる。…無理だって。


「がんばれ」


「…なんかイラッとした」


「せいちょーするようにいのってるよー」


「……レオ?私が今、何処にいるか分かってる?ここに居て向きを変えたりしたらなんだって出来るよ?」


「分かった、ごめんって」


 寒気がしたのですぐに謝る。噛まれそうな感じがした。あと、殴られそうな気がした。何処も言わないが…


「…ふんっ」


 ありゃ、怒ったかな?怒ってるな…だって、尻尾がペチペチ、怒りを表すかのように力強くベットに叩きつけられているからね。


「よしよし」


 これで機嫌を直してくれるなら嬉しい。そういう意味を込めてミルアの頭を撫でる。


「むぅ……」


「機嫌直してくれた?」


「…半分」


 結構直してくれるんだね……ちょろ…コホン、扱いやすいね。


「機嫌も半分直してくれたことだし…今日も冒険者組合に行こうか」


「半分怒ってる」


「その半分なんて直ぐに良くなるよ。なんなら、魔物を相手にストレス発散してやればいい」


「レオって時々残酷なこと言うよね」


「そうかな?」


 自分ではあまり自覚はないんだけどね…ミルアから見たらそう見えるかな?


「まぁ、それも僕って事で」


「ん。よいしょっと…」


 ミルアがようやく降りてくれた。いやー、軽くなった。別に重いってわけではないんだけど、長時間は流石にキツい。


「行こうか」


「ん」


 いざ、冒険者組合へ。今日はなんの依頼があるかな?



 ◆




「…?何かおかしいね」


「うん、空気が違う…」


 行き交う人々はいつもと変わらず賑やかなのに、何かが違う。


 僕とミルアはこの違和感に警戒心を抱きながら組合へと向かった。





「…これは」


 組合に入った瞬間に先程までの違和感の原因が一瞬で分かった。


 中にな沢山の冒険者が居て、全員が武器の手入れや仲間と何やら作戦について話していたり、ある者は瞑想をしている。…まるで、戦前の雰囲気だ。


 会話もチラホラと聞こえてくる。少し申し訳ないが盗み聞きしよう。



「ちっ、思ってたより早いな…」「それだけ数が増えたのだろうな」「あいつは?…情報を持ってきてくれた勇敢な男は」「…ダメだった。片腕を失ってろくに止血もしない状態で走ってきたんだ。寧ろ、よく情報を伝えてくれたと讃えられてもいいくらいだ」「…そうか。くそっ、スタンピードめ…」「腕が鳴るってもんだ」「震えてるぞ」「武者震いだ」「絶対生き残る。そして、守り抜くぞ」「あぁ、もちろんだ」



「っ…スタンピード」


「…うん。もう来たんだ」


 こんな事ならもう少しポーションなど準備していればよかった。主に体力回復系を…


「だから、街の雰囲気も張り詰めていたのか」


「納得した。…どうする?って聞いても意味ないよね」


「うん、止めるよ」


 絶対にね。



 ミルアと会話してるとギルマスの声が聞こえてきた。それと同時に周りの会話は止まり、全員がギルマスの方向を見た。


「全員!!よく聞け、既に分かっているかと思うがとうとうスタンピードが発生しやがった!!数は分かっている限り1万は軽く超えるだろう!もしかしたら2万、3万かもしれない!」


 その発言に冒険者の間にざわめきが生じた。かくいう僕も少し驚いている。


「だが、恐れることはない!騎士共もやってくる、更に運が良いことに魔鉄鋼級アダマンタイトの冒険者も一人居る!俺も共に戦う」


 ギルマス自ら…いや、それもそうか。


「大まかな作戦を伝える!まず、魔法を扱えるものは城壁の上より魔物どもを狙い打て!そして、扱えないものは下に降り抜けてきた魔物を殺せ!だが、勝てない相手だと判断した場合は連携しろ、それですら勝てないようなら出来なければ一旦下がれ!」


 となると、ミルアと僕は分かれるのかな?


「高ランク冒険者を先頭にし、低ランクの冒険者はその補助だ!作戦は以上!細かく組み立てたとしても絶対に狙い通りに行かないからな!」


 細かく言われるよりは嬉しい。戦闘になったらそんな事を考えていられないからね。


「では、行くぞ。全ては王都を守るため!」


『おぉぉぉぉぉ!!!!』




さて…行こうか。戦場へ、王都を守るために…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る