第32話【PG池辺大輝】

橘高校文化祭の1日目が無事に終了。

池辺たちもさまざまな策を講じて健闘したものの、思うような売上には繋がらなかった。前田評によると、2年1組の順位は変わらず3位。現在、1位を独走中の3年4組とはかなり差をつけられているとの予想だ。


1日目の出し物を終えて、放課後教室で集まる1組の生徒達。

実行委員の池辺が教卓に立って進行する。


「で、いくらくらい売れた?」

「う~ん、たこ焼きはざっと400人くらい?タピオカの方も200人くらいは売ったかも。とりあえず売上は合計で18万3600円って感じ。ここから材料費なんかを引いて計算しないとだけど、かなり盛況だったんじゃない?」


池辺の質問に、売上金の諭吉の束をパラパラと数える陽野。

彼女の言う通り、3年が圧倒的に有利な中で総一郎たちはかなり健闘している方だ。


「さあさあ、切り替え切り替え。まあ、2日目は僕の多才なスキルの魅せどころさ。皆、大船に乗ったつもりでいたまえ!」


高らかに宣言する前田。しかし、確かに2日目は個人の頑張りが鍵となる。

部活動に入っている生徒は、挑戦者になるべく得をさせないようにし、挑戦者側の生徒は自身の得意なジャンルでどれだけ貢献できるかが重要だ。


文化祭のしおりを開く総一郎。

そこには、2日目に出展される各部活動や有志団体の催しの一覧が記載されている。


「サッカー部はリフティングにPKチャレンジ、野球部は野球部はストラックアウトか。バスケにテニス、将棋部や生物部の出し物まであるのか。……ん?」


上から流し読みしている途中、総一郎にとっては注目せずにはいられない部活がひとつ存在していたのだ。

その名も、Eスポーツ部。昨今のゲームブームに乗っかり結成された、非公認の部活である。今回は有志の団体として出し物を用意してくれる。


肝心の内容だが、題して『SR3on3』。

FPSゲームの中でも特に扱いが難しいスナイパーライフルだけを担いで、3対3でデスマッチを行うという玄人向けのルールだ。加えて、そもそも主催が同好会の為、挑戦者側に一切のハンデはなし。ゲームに自信がある奴だけかかってこい、というスタンスだ。


総一郎はそれを見つけた時、蓮花に知らせるべく真っ先に彼女の背中を小突いた。


「痛いわね、なによ?」

「これだよ、これ。この高校、Eスポーツ部なんてあったのかよ」

「へぇ、アタシが学校休んでいる間に新設されたのかしら。まあ確かに、これならアタシとアンタでなんとかなりそうね」

「ああ。ただ、問題はあと1人だ。俺達2人だけでもなんとかなりそうだけど、参加資格の都合上もう1人連れてこないといけない」

「それは誰でもいいんじゃない?アタシ達で3人ブチ抜けばいいんでしょ?」

「そう言うと思ってたぜ。じゃあ明日、頼んだぜ」




――橘高校文化祭2日目


「絶対に最優秀賞獲るぞ!オォ!」


円陣を組んだ2年1組の生徒達。

池辺の力強い掛け声を皮切りに、各自持ち場へと離れる。

2日目開始のゴングとなるチャイムが鳴り、催し物への挑戦が解禁された。


何人かのクラスメイトを率いて、池辺は体育館へと向かっていた。今は帰宅部ながら、彼の運動神経には非常に光るものがある。

体育館に着いた彼が向かったのは、バスケットボール部のブースだった。


「おっと、これはこれは。2年1組の池辺 大輝くんじゃないか」


バスケ部の受付席に座っていた1人の男子生徒が池辺の姿を確認すると、立ち上がって彼の元へと歩み寄ってきた。いつもは温厚で社交性も高い池辺だが、この人物に対してはバツの悪そうな顔をしていた。


黙殺する池辺に対して、その男は意地の悪い表情で続ける。


「バスケから逃げた池辺くんが、今さらこんなところに何の用だ?まさかまだ、自分の実力が通用すると思ってるんじゃないだろうな?あ?」

「クラスが最優秀賞を獲る為だよ。俺がクラスに貢献できるのは、バスケしかない」

「……チッ。カッコつけやがって」


男はカゴの中からボールをひとつ取り出すと、池辺に向かって乱暴に渡した。


「埼玉県選抜のキャプテンなんて遠い昔の肩書きに、いつまでも縋ってんじゃねえっつうの。バスケから逃げたお前なんて、もう怖くもねえよ」


「よせ、玉井。しかし驚いたな、池辺ってあの清光中学の池辺か。橘に入ってくるかもしれないという噂は聞いていたが、バスケを辞めていたのか」


池辺に苛烈に啖呵を切るバスケ部員を、先輩が後ろから優しく窘める。

先輩部員も池辺の名前だけは知っていた。中学時代、卓越した視野と鋭い得点への嗅覚から関東ナンバーワンPGとしての呼び声が高かった選手の1人だ。


否定も肯定もしないまま、池辺は500円の料金を支払うとフリースローラインに向かった。バスケ部の用意した催しは、3回のフリースローで1回でも決めることができれば倍額の1000円が返ってくるというものだった。


ラインの前に立って指先でボールを回す池辺に、外野から異議が入った。


「おい待て!これはあくまで初心者用に設定されたルールだ。まさかお前がこんな温いルールで失敗する訳ないからな」


玉井はそう言うと、指で場所を指し示す。


「そこだ。そこから打て。それに3本全部ゴールで成功だ。県選抜様相手だと、これくらいの縛りを設けねえとなぁ」


ニタリと歯を見せて笑う玉井。

彼の要望は、3ポイントシュート3本連続での成功だった。挑戦は1度きり。

この無茶な提案には、池辺についてきたクラスメイトが噛みついた。そして、バスケ部サイドも、そこまで難易度を上げることはないと玉井を説得する。


だが、それを一蹴したのは池辺だった。


「別にいいぜ。3本連続でも」


両サイドの争いをひと言で黙らせる。

まさに主人公のような動きをする池辺に対して、玉井のヘイトは募るばかり。


そして注目の1投目。

バスケ部員がホイッスルを吹いた。

周りが行方を見守る中、膝を屈ませて腰を落とす。非常にリラックスした、流れるような身体の使い方。膝を伸ばして跳ぶと、ボールと肘が直線になるようにしてシュートを放った。手首の使い方も完璧。経験者のバスケ部員たちも、思わず見惚れるほどだ。


ボールは弧を描く軌道で吸い込まれ、バックボードに当たった瞬間に強烈なバックスピンで急転直下。真っ直ぐネットを潜り抜け、床に弾んだ。


「……まずは1本っと」


大きなリアクションもせずに平静を装っている池辺とは対照的に、1組の男子生徒達は大沸きだった。話には聞いていたが、彼がバスケに興じる姿は見たことがなかった。クラスで見る学級委員の池辺とはまた雰囲気が違う。突然手の届かない雲の上の存在になったような、そんな感覚だった。


「……池辺大輝、やっぱり只者じゃないな。だってアイツ、制服着たままだぜ」

「ああ。しかもあのシュート力をもってPGっていうのも驚きだ」


バスケ部員たちが彼に魅せられているのが気に食わない玉井。玉井にとっては、全く面白い状況ではなかった。歯を食いしばりながら、心の中で外せ外せと念を送る。


そして2投目のボールが池辺に渡る。

3ポイントはシュートは極めて繊細。僅かな気の乱れや緩みが顕著に影響する。


しかし2投目。神経を研ぎ澄まして集中している池辺のフォームは崩れない。

彼の手から放たれたシュートは完璧な軌道で放物線を描いた。

先程のシュートで勘を取り戻したのか今度はボードに当たることさえなく、そのままスポッとネットの穴を通り抜けた。


この正確さ。まるで精密機器を見ているようだ。

1投目を遥かに凌ぐ大きな歓声が体育館に響く。騒ぎを聞きつけたギャラリーも巻き込んで、問題の3投目のシュートフォームに入った。


「玉井、アイツ成功すると思うか?」

「……まさか。3投目ともなれば、多少の緊張や集中の綻びが出てきますよ」


そんな玉井の期待を、池辺は容易く打ち砕いた。

3投目のシュートの軌道にも一切のブレはない。池辺の手から放たれたボールは、引き寄せられているかのようにネットの中へと吸い込まれた。

全国大会など数々の大舞台で結果を出し続けてきた池辺にとって、この程度のプレッシャーは取るに足らないものだった。


感激した友人たちにもみくちゃに囲われて初めて、凛と澄ましていた『PG池辺大輝』から、『2年1組学級委員、池辺大輝』へと表情が和らいだ。


この状況、どうしても虫の居所が良くない玉井。報酬を受け取ろうとする彼の前に立ちはだかって行く手を阻む。ボールを無理やりに池辺に押し付けた彼は、懲りずに新たな提案を持ちかけるのだった。


「池辺、俺と1on1で勝負しろ。俺に勝ったら、報酬としてさらに2000円やるよ。その代わり、俺に負けた場合は持ち金全部置いてとっとと消えろ。そして2度とバスケに触れるんじゃねえ」






















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