第31話【橘の双璧】


「……で、どれにするんだよ。普通のたこ焼きでいいか?」

「あれれぇ?外で会う時はデレデレなのに、学校だとそんな素っ気ないんだ」

「お前なぁ。適当なこと言うなよ、変な噂立ったらどうすんだよ」

「え~、だって事実だし。あたしと一緒に寝たこともあるくせに」

「あれは不可抗力だ……」


校内屈指の美女である楓と、一見地味で特徴のない普通の男子生徒が実に円滑に言葉を交わしている。今まで目立った彼氏の存在がなかった楓。密かに彼女を狙っている男子生徒も多いことだろう。


周りの視線は1組のたこ焼き屋に釘付けだった。

楓が何処の馬の骨とも知れない男と親し気に話しているのもそうだが、その奥ではたこ焼き屋涌井がクルクルと必死にたこ焼きを回している。


そして、橘高校美女の双璧が遂に交わる時がきた。


「ちょっと、後ろが並んでんのよ。そんなにこの男と話したいんだったら、あっちでいくらでも話してきたら?」


堪らず調理場から飛び出してきた蓮花。確かに総一郎と楓は仲良さげに会話をしていたが、後続に迷惑をかける程の話ではない。建前としてはクラスや客のことを思っての注意だが、本音は嫉妬や独占欲によるものだった。


下級生から偉く棘のある言い方で注意されたことに楓もムッときたのか、負けじと煽り返す楓。総一郎を挟んで、望まない口喧嘩が勃発した。


「あれぇ、総君とあたしが話してるのに嫉妬しちゃった? 涌井蓮花ちゃん」

「そ……総君!?アンタ、いったいコイツのなによ」

「彼女だって言ったら?」

「別に。女の趣味が悪い男だって思うだけよ」


両者負けず嫌いの悪い癖が色濃く出てしまい、もはや取り返しのつかない状態に。

神イベントの遭遇に、湧き上がるオーディエンス。総一郎は頭を抱えながら、なんとか2人の仲裁に入る。


「な、なんというかさ。2人とも仲良くしようぜ。お前らなら、きっと気が合うと思うしさ……」


総一郎の苦し紛れの説得に、総一郎に免じてという具合に両者大人しく引き下がる。

なんとかその場は穏便に収まり、一旦は幕引き。

厨房に戻った蓮花だが、楓の分のたこ焼きを船に盛るのを放棄して不貞腐れている。職務放棄した彼女の代わりに、慌てて陽野がたこ焼きを用意して渡す始末。


「こ、これウチのクラスのたこ焼きです!なんというか、ご迷惑をおかけして……」


陽野は丁寧に頭を下げて両手で商品を差し出した。クラスでの彼女の言動からは想像できない程、かしこまった態度。それも仕方ない。

楓は、橘高校の全女子が憧れる先輩。言わば雲の上のような存在だ。

在学中に言葉を交わす機会なんてない。今後卒業まで叶わないかもしれない楓との会話に、緊張しないハズがなかった。


陽野の両手をぎゅっと握ってたこ焼きを受け取った楓。

突然の女たらしに思わず顔がとろけた陽野を見て、楓は優しく頭を撫でる。


「あら、可愛い。後ろの誰かさんとは大違い」


楓が誰かさんに視線を遣ると、しっかり中指を立てている。

やはり彼女は期待を裏切らない。


世紀の一戦見たさに文化祭そっちのけで集まった観衆。騒ぎが大きくなり過ぎた。

これ以上の長居はマズいと思ったのか、楓はたこ焼きを受け取るとそそくさと1組のブースを離れた。最後に総一郎へ勝ち誇った満面の笑みを送って。


池辺、酒井と1組の盛り上げ隊が不在の中で、いかに他のクラスに差をつけられないかが問題だった。しかし運よく楓と蓮花の一悶着があったおかげで生徒たちの注目を一挙に集めて人の動きを止めたことで、なんとか食らいつくことができている。


「さあさあ諸君、僕が調査した耳寄りの情報だよ。聞いてくれ」


偵察に出ていた前田が戻ってきた。今のところ彼が売上に貢献した記憶はない。

ただ、前田は持ち前のポジティブで、諜報部員という役割に自信をもって全うしている。1組のメンツは仕込みや調理をする片手間に、前田の言葉に耳を貸す。


「僕の実施した極めて正確に近い調査では、現状は3位が妥当な順位でしょう。上位の3年4組と3年6組の2組の売り上げは圧倒的であるからして、ここらで橘のプリンスこと前田光がひと肌脱いで……」


「いや、いい。前田は引き続き情報収集を」


準備が整ったと言わんばかりに満を持して参入を試みた前田だったが、またしても池辺に一蹴されて叶わなかった。

時刻は13時を回り、折り返し。繁忙期の昼を乗り越え、人の流れも落ち着いてきた。1日目の順位は大方ここまでの結果がそのまま反映されるといっても過言ではない。このまま同じ売り方を続けても、人脈と経験の差がある3年のクラスに追いつくのは難しい。


「……さて、どうしたもんかな」


これまで働き続けていた総一郎に、ようやく昼休憩の時間が訪れた。お腹は空いている。なにかガッツリと食べたい気分だった。

立ち止まって出店ブースを眺めている隣に、ひょっこりと姿を現す瑞樹。


「財津くんもお昼ですか?私もまだ食べてなくて」

「そうだよな、どこか一緒に周るか?」


調理場と売り子を行き来していた瑞樹も、忙しさにすっかり昼食の時間を取れずにいた。売り場は池辺達に任せて、しばし2人は橘高祭を満喫することにした。

カステラ、かき氷、ポテトと定番の出し物が並ぶ中、昼過ぎのこの時間帯に一際勢いのあるクラスがあった。


「……ここが噂の3年4組か。開始から途切れず売れ続けているな。なるほど、唐揚げを売っているのか」


未だに人だかりができていることに感心していた総一郎。そんな彼のもとに、自然と話しかけるキャッチの男2人組。恐らくは3年4組の生徒だ。


「ねぇ、そこのお2人さん!俺達の唐揚げはもう食べた?」

「2人で買ってくれたら、彼女の分は割引しちゃうぜ」


いかにもノリのいい上級生と言う感じで迫る彼らに、瑞樹はたじたじ。

あれよあれよと流されるままに、気づけば何味の唐揚げを食べるか選ばざるを得ない状態に。


(なるほど。人脈の広さもさることながら、引き込む力が段違いだ。相当肝が据わっているタイプの人間じゃなければ断れないだろうな)


このクラスがトップを走り続ける理由を分析しながら、かく言う総一郎自身も断れずにいた。醤油、レモン、辛味噌、マヨとラインナップも完璧。小腹を空かすのには適した、女性にも優しいサイズ。


「さ、お兄さんお姉さん!4個で300円だよ、どれにする?」


受付の溌溂としたショートカットの女性に促され、総一郎は辛味噌、瑞樹はレモンを注文することにした。会計時にキャッチの男達が言っていたように、瑞樹は割引価格で購入できるらしい。


「ハイ、じゃあ彼女さんは200円ね」

「か……彼女だなんて!そんな……」

「あ、あれ?彼女じゃなかった?」


みるみる顔を紅潮させて恥ずかしがる瑞樹。

余計なことを言ったかと、慌てて訂正する受付の3年生。


「友達だったかな?ご、ごめんね、勝手に彼女とか言っちゃって。気悪くしないで」

「いや、友達というより……ファンです」

「ファン!?」


予想の斜め上の答えに、困惑してつい大声を上げてしまった。

横でやり取りを聞いていた総一郎も、これ以上の瑞樹の暴走を恐れて割って入る。2人分の唐揚げを受け取り、オーバーヒート中の瑞樹の手を引いて離れた。


「お前なに言ってんだよ全く……」

「も、申し訳ないです。つい嬉しくなっちゃって」

「お前の気持ちに応えてあげられないのは申し訳ないと思うけど」

「いえいえ!いいんです……キング様と財津くんを分けられない私が悪いんです」











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