第13戦【俺がトップだ】

定期テストまでいよいよ2日。

来週の月曜が決戦の日。皆で集まれるのは最後の平日だ。

配信と学業の二足の草鞋を履く総一郎は、他の生徒に比べて成績の伸びが悪かった。対して総一郎と同様にレッドカードを出されていた池辺たちは、見違えるほどに学力を伸ばしていた。


「じゃあこの問4は……涌井さん」

「マクロファージ。それ昨日もやったでしょ、流石に覚えているわよ」

「いいや凄いです。涌井さんはここ数日の勉強だけで皆さんに充分追いつけています。しっかり勉強すれば学年1位だって取れますよ!」

「ちょっと褒め過ぎよ。恥ずかしいわ」


蓮花は教科書で顔を覆ったが、満更でもない様子だった。

今までの授業の遅れを放課後の補習だけで取り戻せたとは思えない。彼女は1人で家に帰ってからも、勉強に勤しんでいたのだ。道を踏み外していた自分を掬い上げようとしてくれた者達へ、彼女なりの恩返し。


「さあ杉本さん。僕にも問題をお願いしますよ。なんの教科でも構いません」


蓮花に負けじと前田が問題をねだる。自信家の前田だが、これまでは勉強の話になると弱腰だった。それが、今の前田の瞳には迷いがない。パーフェクトヒューマン前田の誕生だ。


「では前田君に問題です。ローマ教皇の免罪符を批判して、1517年に95カ条の論題を発表したのは誰でしょう?」

「僕を侮ってもらっちゃあ困りますよ。いくら女の子と遊ぶのに忙しい僕でも、これしきの問題は朝飯前です。答えはマルティン・ルター、どうですか?」

「正解です。前田君も、対策はバッチリですね」


瑞樹に褒められるも涼しい顔を崩さない前田。どんな時でも見栄を張りたいのは彼らしい。だが彼のその手に握られている問題集は、まだ6月だというのにボロボロに使い込まれていた。


「ウチにもじゃんじゃん問題出しちゃって!」

「おっ、俺も負けてないぞ。このクラスで誰が1番点数が高いか勝負するか?」


乗り出してくる学級委員の2人。盛り上がって飛び交う問題の掛け合い。それを少し離れて聞いていた総一郎は、半分も理解できていなかった。


(ハァ、どっちも断れずに結局ここまで来ちまった。俺が自分で決めたことだから仕方ないが……漫画の主人公みたいに容量よくこなすのは無理があったか)


勉強に身が入らずにぼうっとしていた総一郎の肩を強めに叩いたのは、蓮花だった。


「なによアンタ。まさか自分から勉強に誘っておいて、俺は赤点でしたごめんなさい、なんて冗談が通じると思っていないでしょうね」

「お前こそ、俺の心配をしている場合か」

「している場合よ」


蓮花は周りに聞こえないよう静かに恫喝しながら、総一郎のシャツの襟を掴む。


「もう一度だけ言うわ。アタシは筋を通さない奴が、いっちばん嫌いよ」

「分かってる、俺もお前達の期待に応えたい気持ちは山々なんだ」

「だったら……!」


蓮花の襟を握る力が強くなったのが分かった。


彼女は声を荒げるのを我慢して、パッと手を放す。総一郎を解放すると、彼女は素っ気なくそっぽを向いて瑞樹たちの方へ消えた。その整った顔には、失望と怒りが入り混じっていた。


『だったら何故勉強しないのよ!』と、口にこそ出さなかったが蓮花が心の中で叫んでいたのは分かる。全く、その通りだ。


(ここで俺だけ赤点取ったら、もう気まずくて学校なんか行けないだろうな。するとアイツらと話せなくなるのか。それは……嫌だな)


転校してまだ1カ月。壁を作って接すると決めていた総一郎だが、クラスの奴等とは友達と呼んで差し支えないくらい仲良くなってしまっていた。


「マジで、どうすんだよ」


深いため息をついてペン回し。こういう時ほど綺麗によく回る。指の間を駆け巡るシャーペン。こんな時までなにをしているんだ、と自分が嫌になる。


ペン回しに気を取られている間、陽野の接近に気が付かなかった。いつの間にか総一郎の前に立っていた彼女は、笑顔で手を差し出した。


「さては煮詰まってんでしょ。瑞樹ちゃんが言ってたんだけど、勉強には糖分が良いらしいよ。ほら、コレあげる。財津くんも問題出してほしかったらウチに言って」


それだけ言って総一郎の手に包装されたチョコレートの袋を預けていった彼女は、またすぐに引き返していった。突然のことで、まともな礼もできていない。


彼はおもむろに包装を開けて口に入れるとその途端、黒板の方から温かい声が飛んできた。クラスの連中だ。


「財津くん、そんなところに1人でなにしてるんですか!」

「こっちきて俺達と一緒に勉強しようぜ!」

「ウチ等みんなでやれば怖いものなしって感じ?」

「財津くん、今ならこのパーフェクトヒューマン前田が教えてあげますよ。ご希望であれば、勉強だけじゃなく女性のオトシ方も」

「……いつまでうじうじしてんのよ。ゲームでアタシに勝ってんだから、テストでもさらっと勝ってみせなさいよ」


それは、自分を本当に必要としてくれている者達の声だった。


かつて神童と呼ばれた総一郎は、金のなる木として大人から散々に利用され続けた。金を産む道具。若干12歳の自分の主張など通るハズもない。ただ上からの言いなりに、ゲームで勝ち続けた。


家を出てから親とも音沙汰ない。最後は親にも見放された総一郎だが、少なくともクラスの彼らは『財津総一郎』を仲間として認めていた。


(萌依さん、チームの皆さん、そして筑前ズの皆。ごめん。俺、いまはコイツ等のこと裏切る訳ことはできないわ。一生に一度の高校生活。楽しい方を選ぶわ)


ようやく腹を括る決心がついた総一郎。決めたらもう後戻りはできない。

どうせ後戻りできないならいっそ、と総一郎は大きく出た。

ガタッと音を鳴らして椅子から立ち上がり、教室内に響き渡るほど声を張り上げて、高らかに宣言した。


「次の期末テストで全教科、俺がこのクラスで成績トップを獲る!」


彼の宣戦布告を誰もバカにする者はいない。

むしろ、ここにきて火のついた彼を歓迎した。


「そうよ、アンタはそうこなくっちゃね」





総一郎が橘高校から帰っている時、スマホに何通も通知がきた。

相手はSTREAMERカップ の運営だ。こんなに連投でくるのはなにか緊急事態に違いない。何事かと思ったが、総一郎の中では既に気持ちが切れていた。


(STREAMERカップは辞退させてもらう。炎上覚悟だ、俺の我が儘だから。運営から俺に用があるのは不思議だが、それも伝えるのが早くなっただけだ)


帰宅し、運営から案内された通話に参加すると、そこには萌依をはじめとするチームメンバーが揃っていた。神妙な声で話し始める運営の男性。STREAMERカップ に際しての注意事項かなにかだと思って聞いていたが、とんだ寝耳に水だった。


「月曜から始まるSTREAMERカップだが、『筑前煮キング』くんは参加できないことになった」


戸惑いを隠せない総一郎。まだ運営の方には辞退の意向を伝えていない。まさかエスパーでもあるまい、困惑した総一郎は大袈裟に訊き返す。


「は、はい……?」

「確認を怠った僕たちにも責任はあるんだが、STREAMERカップの実施時間は知っているね?来週の月曜から金曜までの5日間、20時から25時だ」


それがどうした?と思っていたが、どうやらそれが問題らしい。


「調べさせてもらったが、君はまだ16歳だというではないか。18歳未満は22時以降の出演ができないよう規定で決まっていてね。大変申し訳ないが、今回は辞退していただく運びとなった」


これには驚いた。普段は誰に縛られることもなく自由に配信しているが、大型の大会ともなると当然こういった点も問われる。配信の時間帯の制限など深く考えたことがなかった総一郎は、自身の認識の甘さを悔いた。


とはいえ、意図せずに大会の辞退を申告する必要がなくなった。総一郎のことを腫れ物扱いして、露骨に深い息を吐きだすチームメンバーもいたが、これに関しては責められない。ただ萌依だけは、純粋に残念がっているように映った。


「あたしもよく調べないで誘ってごめんなさい」


萌依はリーダーとして責任を感じているのか、自分のことのように深々と頭を下げているがとんでもない。慌てて総一郎も謝罪する。


「この度は本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


今日の本題はまさにそれで、要件が済んだら他のメンバーは即解散だ。時間にして約15分程だった。これからもう1人代わりのメンバーを探して、親睦を深めないといけない。悠長に喋っている時間はない。


最後に、通話には萌依と総一郎だけが残った。

別れの挨拶を切り出そうとした時、先に口を開いたのは萌依の方だった。


「本戦に出れないのは残念だけど、一緒にゲームできた時間は凄く楽しかったよ」


最初の初々しかった敬語はすっかり砕けて、いまや友達のような関係性にまで発展した。総一郎もその気持ちに変わりはなく、STREAMERカップが終わってからも必ずコラボする約束を誓ったのだった。








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