第7戦【STREAMERとして】

屋上からの帰り道がてら、蓮花と言葉を交わす総一郎。


「お前、アイツのこと知ってるのか?」

「当然よ。同じクラスの前田くんでしょ。これまでにも何回かアタックされてるわ」

「そ、そうか」


蓮香の隣で歩いていると、ほのかに匂う香水にうっとりしてしまう。鼻を摘みたくなるような強烈な刺激ではなく、ちゃんと上品さを保って弁えている。


少し無言の間があった後、蓮花から誘いがあった。


「ねえアンタ、放課後はなにか予定あるのかしら?」

「なかったらどうする?」

「決まってるでしょ、E スポーツカフェよ。昨日は随分と舐めた真似をしてくれたみたいだから、今日こそはしっかり決着つけてやろうと思って」

「あぁ、そんなことか。悪い。今日はどうしても外せない予定があるからパスだ」


素っ気なく彼女の誘いを振ると、途端に脇腹を肘で小突かれた。


「だったらはじめから期待させんじゃないわよ。だいたい、アタシとのデート断ってまで優先する用事ってなによ」

「いや、それは……。ちょっと言えないな」


本当のことを言うと、今日は18時頃から雑談配信をすると告知している。だが馬鹿正直に配信しますと答える訳にもいかず、愛想笑いで誤魔化そうとしたところ、それがかえって彼女の逆鱗に触れた。


蓮花は総一郎の貧弱な身体を壁に押し付けて、彼の顔の横に思い切り腕を突き立てる。所謂、壁ドンだ。


「アタシの誘いを振っておいて、その理由ははぐらかそうなんて大した度胸ね。ほんとムカつく男、アタシが納得する答えを言うまで解放してあげないから」

「そんな横暴な……」


蓮花の眼は本気だ。不登校だった彼女に、授業をサボることに対しての罪悪感など微塵もない。今の彼女は無敵だ。


総一郎の目が泳ぐ。脇から冷や汗が流れるのが分かった。

なにか信憑性のある言い訳はないかと頭をフル回転させる。だが咄嗟に出てくるものはありふれた案ばかり。これ以上の沈黙はますます怪しさを際立たせる。仕方ない。


「バ、バイトがあるんだ」

「バイト?そんなの代わってもらいなさいよ」

「駄目だ、俺じゃなきゃできない仕事なんだ。替えが利かない」

「アンタじゃなきゃできないバイト?ふん、俄然興味が湧いてきたわ。で、なんのバイトなの?」


蓮花は一度言い始めると頑なだった。一歩も退こうとしない。


堪らずイチかバチか総一郎が力づくで強行突破を試みようとすると、彼女に首根っこを思い切り鷲掴みにされて阻まれてしまった。

所詮は女性。しかも見るからに華奢で、か弱いというような体型だと侮っていた。ところがどっこい、この細い身体の何処からそんな力が湧いてくるのかというくらいの怪力で締め上げられたのだった。


「なに逃げようとしてんのよ、情けないわね。それとも、人様に言えないような内容のアルバイトなのかしら?」

「ゲホッ……ゴホッ!お前、殺す気かよ。待て、分かった、答えるから」


総一郎はゆっくりと唾を飲み込むと、仏頂面で佇む蓮花の瞳を真っ直ぐ見つめる。


「チームの助っ人に呼ばれてるんだ。俺って少しばかりゲームが上手いからな、たまに体調の悪い選手の代わりに練習試合に呼ばれたりする。どうだ?もういいだろ」


「へぇ、道理でゲームが上手い訳だわ。プロの中に混じって戦える程の実力があるってことでしょ? アンタ自身は競技シーンに参加しないの?」

「チームのお荷物が関の山だな。プロの道は険しい」

「確かに。言われてみれば、アタシとのダメージレースに負けているような奴がプロで通用する訳ないわ」


謎に信憑性の高い言い訳に納得したのか、蓮花は突き立てていた腕を下ろした。彼女の追求から解放されて、総一郎は胸を撫で下ろす気持ちだ。


(ふぅ……コイツがE スポーツに興味のある人間で助かったぜ。嘘をついて騙すのは心が痛いが、俺だって元々は競技シーンにいた人間だ。1割くらいは合ってる)





無事に家へと在りつけた総一郎。週に何回か、ゲーム無しの雑談だけの回を設けている。ゲームしながらだと、やはり意識が画面に集中してしまう。だから、視聴者としっかり向き合って話し合う機会が必要だと総一郎は常々考えているのだ。


(こんな高校生の雑談を聞きに集まってくれるんだ。有難いったらない)


そして18時を迎えた。落ち着いたBGM が裏で流し、トレードマークである筑前煮が画面いっぱいに映しておく。いつもよりコメントは少ないが、ここに集ったのは上手いゲームプレイではなく『筑前煮キング』を見たいコアな視聴者だ。


とりわけこの日のコメント欄で多かったのは、【来月のSTREAMER カップには出場するんですか?】という質問だった。


このSTREAMER カップとは、登録者5万人以上の有名な配信者のみが参加できる巨大なゲームイベントだ。他の有名配信者とチームを組んで優勝を目指す。優勝となったチームには運営から賞金が用意されるのだが、それよりもこの大会に出場することで得られる知名度の方が配信者としては価値がある。


ただこのSTREAMERカップ、希望すれば出れるわけではない。招待制で、運営からリーダー権を与えられた超大手配信者からチームにお誘いをもらった者のみが参加を許される。ちょうど今日、リーダー権を与えられた配信者が発表されたばかりだ。


「俺なんかまだまだ弱小配信者だから誘われねえよ。今のところお誘いは来てないけど、期待しないで。だいたい俺なんかと組みたい奴いないでしょ」


得意の自虐ネタを披露するも、コメント欄は出てほしいの一点張り。ただこればっかりは誘われるのを待つしかない。


「てゆうかさ、皆聞いてくれよ。俺が最近ハマってるモノの話」


STREAMERカップの話で持ち切りになっていたコメント欄の流れを変えようと、総一郎が話題を変えた。


「俺って最近ウォシュレットにハマってんだよ。いや別に変な意味とかじゃなくてね。だからちょっと興味本位なんだけど、この街の中で何処のトイレのウォシュレットが1番勢いが強いか調べようと思ってさ、皆も気になるだろ?」


【興味ねえよwww】

【やっぱりこの人、頭おかしいわ】

【もうお前ゲームやめてエンタメ路線でいけw】


視聴者からは気味悪がられたが、総一郎は半分本気で言っている。

普段は常識人みたいなツラで女子に接する彼だが、なんだかんだで総一郎も頭のネジが外れている。でなければ、ここまで配信者として大成しなかったことだろう。


「いや、俺はマジで調査するからな。来週の雑談配信で途中経過を伝えるわ」


そんなこんなで1時間程度の雑談枠は終わった。

今日の配信はどうだったか、視聴者からの反応を確かめるのが日課だ。SNS でエゴサーチしようとアプリを開いたところ通知が届いていた。ダイレクトメッセージだ。


視聴者の方からの有難いメッセージかと思って開いてみると、その相手の名前に思わず声が出るほど驚いた。偽アカウントでもない、正真正銘本人からだ。


「なんでこの人が……俺なんかに」


その送り主は、登録者数35万人を誇る有名女性配信者の『萌依』。配信の傍らその美貌で雑誌の表紙グラビアなども飾ったりするため、ゲームをしていない人からの知名度も非常に高い。そして、STREAMERカップでリーダー権を獲得している中の1人だ。


総一郎は高鳴る鼓動を抑えながら、その内容を確認する。


『はじめまして。萌依と申します。いつも筑前煮キングさんの配信、楽しく拝見させてもらっています。突然で申し訳ないのですが来月のSTREAMERカップ、筑前煮キングさんさえよければ私と一緒に参加していただきたいです。急ぎませんので、お返事お待ちしております』














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