第6戦【屋上からの景色は】

授業が始まると、蓮花は教室に戻ってきた。ただ休み時間になると彼女目当てのファンが押し寄せ、その度に逃げるように彼女は教室を後にする。


そんなこんなで昼休憩を迎えるまで、総一郎が蓮花と接触を図ることは叶わなかった。


昼休憩。皆は持参した弁当を広げるが、1人暮らしの彼にそんな物はない。コンビニであらかじめ買っておいた弁当があるのだが、教室で食べるのは要らぬ憶測を立てられそうで躊躇ってしまう。


総一郎が目指したのは、校舎の屋上。

ここからは付近の住宅街やグラウンドが一望できる。特段絶景とは言い難いが、それ故かあまり屋上へ足を運ぶ生徒は多くない。


昨日は総一郎がこの場所を独占してご飯を食べていた。

梅雨と聞いていたが、連日で晴れている。涼しい風が頬を掠めて心地が良かった。


総一郎が屋上へ繋がる重厚な非常扉を開けると、既に先客の後ろ姿があった。明るい髪に短いスカート、腰には巻きつけたカーディガン。この背中はよく知っている。


総一郎の気配に気づいて振り返ると、彼女は少し驚いたような顔を見せた。


「なによ、アンタも告白しにきたの?」

「は?バカ言え、俺は飯を食いにきただけだ。ここは開放感があっていい。お前こそ何してるんだ」

「アタシは人を待っているのよ。……そろそろ来るハズ。アンタがいると邪魔だわ、少しの間そこにでも隠れていることね」


蓮花が示したのは、入口の扉の脇にある窪み。人が1人入れるかどうかの、何の為のスペースか分からない謎の隙間。


屋上へ出たら、まず前に広がる景色を確認するのが人間の性。死角となった後ろの窪みに隠れている人間に気付く確率はそう高くない。


すると、彼女の予言通りコツコツと足音が聞こえた。

確かに誰か来る。総一郎は彼女に命じられた通り、慌てて窪みに身を潜めた。


「涌井さん……今日はお時間作っていただき、ありがとうございます!」

「いいわよ、このくらい。適当な奴には適当に突き返すけど、本気でぶつかってくる人にはしっかり応えるようにしてるの。あたしのポリシーね」

「そう言っていただけて、光栄です」


屋上に現れたのは、野球部と思わしき頭を丸めた青年だった。

雰囲気から彼が蓮花に告白するのは一目瞭然だ。深呼吸を済ませると、腹を決めたのか口火を切った。


「手紙、見てくれたんですね」

「素敵な文章だったわ。今どきこんな古風な告白の仕方をする男がいるとは思わなかったけど。こういうのも悪くないわね」

「そっ……それで、返事は」


顔を赤らめながら食い気味で問う男子に、蓮花は淀みなく言い放った。


「悪いけど、今は恋人を作るつもりはないわ。アタシって、中身をよく知らない相手といきなりお付き合いとかできないタチなの。お付き合いしたい人が現れたら、アタシの方から気持ちを伝えるわ」

「そうですか……。でも涌井さんは毎日毎日、男に付き纏われて大変そうな場面を何度もお見掛けしています。でもそれって涌井さんが彼氏を作ってしまえば、彼らも諦めがついて落ち着くと思うんです。だから、形だけでもいいんです。俺を涌井さんの隣に……」


バッサリ斬られてバツが悪くなったのか、男子は食い下がる。

ただ、それでも蓮花の心が揺れることはなかった。


「アタシの心配してくれてありがとう。でも、そんな中途半端な気持ちでお付き合いをするつもりもないわ。好きでもない相手と過ごすのは時間の無駄よ、お互いにね」

「駄目でしたか……。じゃあ、俺は涌井さんとこれから仲を深めていきたいです。もっと仲良くなって、お互いのことを一杯知り合ったらもう一度、俺の気持ちを聞いて欲しいです!」

「それは大歓迎よ。見かけたらいつでも話しかけてもらって構わないわ」

「あ、ありがとうございます!それでは、そろそろ時間なので今日のところは失礼致します!」


一連の告白劇が終わり、男子生徒の気配が完全に消えたところで総一郎が顔を出した。


「お疲れさん。お前って意外と硬派なんだな、見かけによらず」

「硬派で悪かったわね。アンタもちょっとアタシと一緒にゲームしたくらいで期待するんじゃないわよ」

「その点は心配すんな、俺はもう心に……おっと」


ここで総一郎は口を滑らせてしまったことに気付いた。

気の緩みからか小学生の頃にインターネットの中で出会った、顔すら知らない『ai』の存在を仄めかすところだった。連絡が取れなくなってからも、心の何処かで彼女の影を追い続けている自分に嫌気が差す。


(こんな話、バカにされるに決まってる。恥ずかしくて誰にも言えねえよ)


はぐらかそうと別の話題にすり替えようと画策していたところで、運よく屋上へ向かう誰かの足音が聞こえてきた。


「またお前の客か?つくづく凄まじい人気だな」

「別にアタシが望んで人気になった訳じゃないわよ。邪魔、隠れてなさい」


覚悟を決めてきた勇士の気持ちを無下にすることはできない。総一郎はまたサッと窪みの中へ身を隠し、挑戦者の登場を待った。

すると今度の挑戦者は、意外にも総一郎の知る人物だった。


「待たせたねマイハニー。涌井さん、僕が君の心を攫いに来たよ」


自身を王子様にでも見立てているのか、蓮花の前に姿を見せた男は片膝をついて深々と頭を下げた。

この男は誰でもない。今朝、総一郎と並んで歩いたあの前田に違いなかった。


(よりにもよってお前かよ……。しかもアニメや漫画の見過ぎだなコレは)


前田の大胆な告白に思わず吹き出しそうになる総一郎。唇に前歯を刺して必死に嚙み殺す。何度も練習してきたのか、流れは完璧だった。納豆にとろろを混ぜたようなネッチョリボイス。回り回ってクセになる。


どんな球が飛んできてもいつも強気に弾き返す蓮花だったが、この大暴投には口をあんぐり開けて呆然とすることしかできない。

前田は返事がないことを都合よく効いていると解釈して、あろうことか更にキザなセリフを並べる。


「涌井さん……いや蓮花。僕は毎日、君のことを想うと胸が張り裂けそうなんだ。聞こえるかい、君を想うこの胸の鼓動が。聞こえない?じゃあ、なんと言っているか伝えようか。ア・イ・シ・テ・ル。Chu!」


声に出すのも憚られる愛の呪文に加えて、流れるような投げキッスのコンボ。息つく暇も与えないキモさの応酬。キモさのフルコース。感心してしまう。

警察を呼ばれても文句を言えないレベルだが、なぜか本人は「決まった」と言わんばかりのキメ顔でイキっている。


肝心の蓮花はというと、ポカンと開いた口が塞がるどころか顎が外れる寸前まで開き切っていた。もしかすると、前田の告白からは毒素が検出される可能性がある。


早急に蓮花を救出したい総一郎だが、足が竦んで動けない。

前田の雄姿をもう少し見ていたい自分が心の何処かにいたり。


「フッ、蓮花。返事は急がないさ。僕は逃げない、いつでも君の味方だよ。君の為なら、男子生徒全てを敵に回す覚悟だってできている。君が望むなら、なんだって……」


そう言って前田は自身のブレザーのボタンを外して脱ぎ捨て、そのまま乱暴にシャツのボタンも外すと、それらをおもむろに空中へ放り投げた。風に揺られて宙を舞う前田の上着。そして上裸の前田。この間、約7秒。暴挙だ。


(マズいッ……告白でいきなりそれは、流石に欲に従順すぎる!アイツが手を出すようなら、殴ってでも止めないと!もうなりふり構っていられない)


最悪の事態を想定して飛び出す構えをしていた総一郎だったが、前田という男はもっとプラトニックな思考の持ち主だった。


「蓮花!これが、僕の君を想う気持ちの大きさだ!受け取ってくれ!」


上裸となった前田の身体には、胸から腹にかけて『蓮花 大好き』の文字が黒いマジックで、でかでかと刻まれていた。


青褪めている彼女の反応を見るに、前田の策は全て裏目に出ているようだった。

だが前田には何が見えているのか、一切臆すことはない。


間抜けにもコンクリートの上に舞い落ちたシャツを着替え始め最後には、すっかり表情の固まった彼女にトドメの投げキッスを連発して姿を消した。強い。


校内に響くチャイムが昼休憩の終わりを告げる。













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