第30場 幼馴染

 俺が青葉芽実と出会ったのは、いつだったのか。

 もう正確なきっかけというものは忘れてしまった。

 ただ、気がついたら、一緒につるむようになった。


 藍香とも親しげにしていた。

 ああそうだ。

 そもそも芽実のことを俺に紹介したのは藍香だったんだ。


 下の学年である藍香がどこで芽実と出会ったのかは今となっては定かではない。


 少なくとも俺が中学に上がる前——おそらく小学生の高学年くらいになった頃に、藍香は芽実を毎日のように家へと連れ込んでいたはずだ。何がきっかけだったか、お茶を渡しに行った時か、あるいは別の何かの用事でもあったのだろう。


 二人は、藍香の自室で何かに一生懸命に取り組んでいた。


 それから、家ですれ違う時に挨拶する仲になって、よく聞くと、同学年らしいことを知ったんだ。てっきりそれまでは、藍香と同学年の一個下だと思っていた。


 しかし多分、中学1年か2年生に上がったばかりの頃だった気がする。

 初めて同い年であることを知った。


 ただ気掛かりだったのは、今まで一度も校内で見かけたことがなかったことだ。

 ああそうだ。中学生に上がった時のクラス替えだ。

 わざわざ真新しい制服に身を包んで、登校しなければならないなんて、なんてめんどくさいんだと思っていたんだ。


 そんな時、初めて学校内で遭遇したんだ。


『藍香と一緒にいる……芽実ちゃんだっけ?』

『う、うん』


 そう言ってなぜか申し訳なさそうに、あの時の芽実はこくりと頷いた。

 

 それにあの頃、芽実は今と違って黒い縁のメガネをかけて、紫色がかった長い黒い髪であり、随分と地味な印象だった。


 そして何よりも——今よりも儚げだった。

 それこそ日に日に死が近づいている病人のように思えた。


 多分、そんなことも理由にあったのだろう。

 それ以来、校内で一緒に過ごすことが多くなったことは朧げに覚えている。


 それがいつの間にか——金髪にして、流行りのファッションで着飾った。

 何がきっかけだったのか、正直なところわからない。

 もしかしたら、単に派手派手しいファッションを好んでいるだけなのかもしれない。


 そのことを今更ながら指摘すると、芽実は今にでも人を殺すのではないかというほどの鋭い視線を向けた。


「り、理由なんて特にないわよっ」

「さいですか」

「そんなことよりも——」


 芽実はプラネタリウムのチケットを俺へと差し出した。黙って俺はすでに用意されていたチケットを受け取った。


 午後の強い日差しが、暑さを感じさせる。

 すでに秋であるはずなのに、そんことなど無視するように容赦無く日差しが照りつけていた。


 この日、俺は芽実に連れられてデートとやらに付き合わさせられていた。

 麻白と芽実との話し合いの結果、なぜか俺は芽実と1日だけデートをすることになった。全くと言っていいほど意味がわからなかった。


 そもそもなぜ麻白に許可をもらわないといけないのかも理解できなければ、なぜ芽実と一緒にデートとやらの名目でわざわざ貴重な休日である日曜日の真っ昼間から付き合わなければならないのか判然としなかった。


 こんなくだらないことに付き合っている場合ではないというのに——芽実は俺の内心など歯牙にも掛けずに少しイキイキとした表情で言った。

  

「ほら、早く行くわよっ」

「お、おう」


 どうせ俺の後を追ってきた麻白がどこからか見ているのだろう。

 一瞬、そのことが脳裏に浮かんだ。


 芽実が振り返った。ふわふわと金色の髪が舞って、強い日差しを乱反射させた。チカチカと視界を覆った。


 エメラルドグリーンの瞳が早く付いてきなさいと言っているような気がした。


 

 どうやらカップルシートなるものがこの世には存在するらしい。

 等間隔に並んだシートには、俺たちのような男女のカップルが多くいるようだった。

 正直、薄暗いからよくわからない。


「ねえ、ゆうくん」「いいじゃん」「ここじゃダメっ」


 などという脳内がお花畑のような会話が近くのシートから聞こえてきた。


「——っ!?」


 よくみると、芽実の頬は羞恥心で赤く染まっていた。

 そうだった。

 俺の知る限り、こいつは見た目は派手な癖に誰とも付き合ったことがないはずだった。


 高校生になってからは、その気さくさというかスクールカーストトップの女子として誰にでも隔てなく接することで、かなりの男を勘違いさせる傍迷惑な女だ。

 

 しかしなぜか誰とも付き合わない様子だった。

 それこそ、サッカー部のイケメンくんや野球部の先輩らしき人からも言い寄られているのに、簡単に振っている様子だった。


 理由は知らない。

 が、こいつはきっと以前の地味な自分を変えたくて努力しただけなのだろう。

 だから、色恋沙汰には興味がないだけなのかもしれない。


 薄暗い室内はさらに暗くなった。

 先ほどまで点灯していた通路案内の青白い光は、一切ない。

 そして、数秒ほどして、プラネタリウムには、きれいな声のナレーションと共に、星々が映し出された。


 そういえば、毎年、長期休みになると藍香に連れ出されて天体観測に出掛けていたんだよな。

 あれからまだ1年も経っていないんだ。

 最近の色々なこと——藍香の死、旧校舎での魔法使いとの闘い、宗吾との闘い、そして麻白との出会い。


 なんだか昔のことのように思えてしまうが、ここ3ヶ月ほどの間で起こったことなんだよな。


 そんなことに思いを馳せていると、チョンチョンと裾を引っ張られた。

 エメラルドグリーンの瞳は、俺の方など全く見る気配などなく、人工的に配置されているプラネタリウムに映し出されている星々を見ていた。


 若干興奮したような声で言った。


「ほら、見てください——じゃなくて、見て!あそこが天の川で——」

「ああ」

「はあ……何よ、そのつまらない反応」と呆れるような声が聞こえた。


 ほんの一瞬だが、藍香と話しているような気がした。

 もちろん、そんなこと絶対にありえないのに。

 そういえば、宗吾も藍香の横顔と似ていると言っていた気がする。


 そんな違和感など掻き消すように、ナレーターの静かな声が星座を解説し続ける。


『中央から右に少し離れて——』


 ……赤い光が一等星ね。

 不規則に並べられた星。

 一見するとバラバラに見えるが、そこへ補助線のようにつなげていくことで姿を表す……星座たち。


 そういえば、月食が近いんだったか?

 数年ぶりだかなんだか知らないが、ニュースでやたらと解説しているのを観た気がする。


 等間隔ではないが、何らかの規則性を持って配置されている星たちね。

 あれ……なんか秋の夜空の形に見覚えがある。


 地学の授業で習ったからなのか?


 いや……これはどこかで……。

 ああ、そうか。

 

 なぜ、こんな単純なことに気が付かなかったのか。


 地図だ。

 いつぞやの時に麻白が見せてくれた『昏睡事件』時に、魔法が使用された場所をマッピングしている紙を見せてくれた。


 その時の地図と秋の四角形の等星の位置が似ているんだ。

 

 と言うことは……そもそも藍香の部屋や旧校舎といった場所自体に意味があるわけじゃないのか?


 ああ、もっと視野を広げて考えるべきだったんだ。


 気がついた時には、ソファーのようなカップルシートから腰をあげていた。


「……?」

「すまん、急用を思い出した」

「え?ちょっと——」

「また今度、埋め合わせはするから——!?」

「まだ行っちゃだめっ!」


 おもいっきり強く腕が引かれて、身体が重力に従って、カップルシートのソファーへと引き寄せられた。

 

 なんとか腕を伸ばして、芽実の上へと覆い被さるような格好になってしまわないように何とか自分の身体を支えた。

 

 と言っても、いわゆる世間で言うところの壁ドンみたいな体勢になっていることに変わりはないから、すぐに身体を離そうとした。


 しかし、芽実の手は、ぎゅっと俺の腕を握り締めたままだ。


「……なんだよ?」

「目を瞑って」

「意味がわからん」

「ふーん……だったらそのままでいい」

 そう言って、芽実のエメラルドグリーンの瞳には何かを決意したような真剣さが見てとれた。まるで吸い込まれそうな瞳がゆっくりと近づいてきて——

「——!?」

「ん」と吐息が重なり、しっとりとした口付けをされた。

 そしてすぐに腕が離されて、俺から離れた。


 エメラルドグリーンの瞳はわずかにうるうるとしており、色白い頬は朱色に染まっていることが薄暗い暗闇でもわかった。


 桜色の唇が咄嗟に何かを誤魔化すように言った。


「そう言うことだからっ!」

「お、おう」


 くっそ、意味わからん。

 なんだよ、『そう言うこと』って!?

 さすがに唐突すぎるだろうが!


 しかし、すでに、ぷいと芽実の顔はすでにプラネタリウムへと向けられていた。

 まるでこれ以上、細かいことは聞くな、とでも言いたげな表情だ。


 とりあえず、意味不明な芽実の言動に気を取られている場合ではない。

 すぐにでも麻白に伝えるべきことがある。


 俺は薄暗いプラネタリウムから早々に去った。

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