第14場 誘導

 自動ドアをくぐると、室内の冷気とむっとした外の空気が混ざり合いなんとも不快な風が頬に触れた。


 入店のベルが鳴り、すぐに店員さんが「1名様でよろしいでしょうか」と言った。

「いいえ、待ち合わせで、一人女性徒がいるはずなんですが、櫻葉学院の制服を着た——」と言いかけたところで、店内の奥で窓の外を憂鬱そうに眺めている最上さんの姿を捉えた。


「あ、見つけたので大丈夫です」と答えて、店内の奥へと向かう。


 クリーム色の髪が視界の隅に映ったような気がした。

 どこかで見たことのある色だが、思い出せなかった。


「すまない。三馬鹿から根掘り葉掘り問いただされた」

「全然大丈夫だよー。というか、こっちこそ呼び出してごめんね」

「俺は、平気だが、最上さんのところは大丈夫なのか?」


「……ん?」と最上さんはあざとらしく首を傾げた。


「門限だよ」


「あー」と最上さんは、腑に落ちたように軽く頷いた。そして、少し視線を下げて、テーブルのグラスを見ながら「……ふふ、心配してくれてありがと」と呟くように言った。


「答えになっていないのだが……」


 最上さんの照れるタイミングがよくわからない。

 俺の怪訝そうな表情が顔に出ていたようだ。

 最上さんはミディアムボブの髪を少し揺らして、首を少し横に動かした。


「うん、大丈夫だよ。帰っても誰もいないし、というかほぼ一人暮らしだからねー」

「そうか」

「そうそう、だからね。こうして夜遊びをしても問題ないのです!」

「いや、まだ夜遊びというほどの時間でもないだろ?」

「確かにまだ19時30分だったねー」


「……それで、三馬鹿の何を聴きたい?」


「うーん、そうだね」と最上は黒い髪を少し揺らして、窓の外に視線を逸らした。そして、すぐに俺の顔を正面からとらえた。


「やっぱり、シンジ君も医師を目指しているの?」

「なぜ俺に関する質問なんだよ……てか、三馬鹿についてはどうした?」

「あ、質問に質問で返すとは、ずるいなー」

「質問の意図がわからん」

「いいから、いいから。で、どうなの?」

「そんな簡単になれるものじゃないだろ」

「うわー答えになってないー」

「最上さんのほうこそどうなんだ。総合病院の跡取りなんだろ?」


「そうなんだよね……『表向きは』幼少のころから、『お前は医師になるんだ』と言われて言われるがまま勉強してきたけれど……」と最上さんは明後日の方向を一瞬見てから、「正直よくわかんないんだよね」と俺へと視線を戻した。


「『表向き』というのが引っかかる言い方だが……まあ、まだ高校1年なんだから、そこまで思いつめる必要はないだろ?」


「ふふ、そうだね」と最上は、この話題を切り上げた。


「それで、本題は?」

「そうだね。まずは——」


 それから、俺はできるだけ三馬鹿のことを包み隠さず教えた。

 何度も質問と回答を繰り返した。


 意外と三馬鹿のことを知らないようで知っていることばかりで驚いた。


 考えてみれば、小学生から中学三年までの九年ほどを一緒にサッカーしていたのだから、当たり前なのかもしれない。


 最上さんは、終始満足そうに聴いていた。

 最後に「うん、あの三人ならば、任せられそうかな」とつぶやくのが聞こえた。



「今日は、遅くまでごめんね」

「いいや、友だち想いなのはいいことじゃないか」


「ふふ、シンジ君もでしょ?でなきゃ、遠回しに『いつもお前らは男を手玉にするような合コンをしているのか』なんて聞かないでしょ?」


「おい、俺はただ『距離感が近いと勘違いされるから、後々面倒なことに巻き込まれたくなかったら、その気のない男に馴れ馴れしくしないほうが良いんじゃないのか』と言っただけだろ」


 どう読み取ったら、そこまで都合良い思考になるのか、さっぱり分からなかった。

 アイスティーが入ったグラスは、すでに半分以下になっている。

 甘党なのか、さらにシロップを2つほど入れた。


「……甘いの好きだから」と最上さんは、すっと俺から視線を逸らした。「別に何も言っていないだろ」と返すと「わかってますよー」と少しふくれっ面になって答えた。


「それを飲み終えたら、解散しますか」

「あ、うん……でも、最後に『本題』があるの」

「……本題?さっき、三馬鹿のことは答えただろ。これ以上何かあるのか?」


「ふふ、あるよ」と最上さんは、アイスティーの入ったグラスをテーブルの隅へ置いた。そして「左手だして」と言った。「なんで?」と俺が答えた。すると「ふふふ、やっぱり警戒心強いよねー。口止めでもされているのかなー。まあ、当たり前かー。じゃ、そのままでいいから——」と口元に笑みを浮かべて言った。


「その左手の『契約』について、教えて?」

「なにを言っている——」


<そこまでよっ!若菜!>


 今上の焦ったような声が頭に響くように聞こえた。

 その瞬間、赤い結界のような粒子が周囲を覆った。



 今上は俺たちのテーブルを見下ろすように立っていた。

 店員や他のお客さんは、全くこちらを気にも留めていない。


 不自然な状況には変わりない。


 ただ最も不可解だったのは、今上がどうして俺たちのテーブルへと気配を消してまで近づいて来たのか、ということだった。


 それ以前に、どうしてこの場所にいるのか。


 いや……簡単なことか。


 今上が——俺を尾行していたんだ。


「契約を施したのは、4つではないよな?」

「私は赤洲くんを全面的に信用したなんて言ってないよ」

「そうか、勝手にしろ」

「あれ、シンジ君は意外と物わかりのいい子なんだー」


 最上さんは呑気な声をあげて、俺を見た。


 ここで感情的になって、問い詰めたところで、今上が真実を話すことはないだろう。

 だったら、とりあえず、今上の話を聴くべきだ。

 それに最上さんについてもわからないことだらけだしな。


 そのような俺の思考を読み取ったように今上が言った。


「後で事情は説明するから、その点は信じてもらえると助かるかな。だから今は、若菜——あなたがなぜ赤洲くんと一緒にいるのか説明してっ!」


 今上は俺から視線を逸らした後、最上さんを睨んだ。

 最上さんは、ニコッと口もとに笑みを浮かべて言った。


「まずは、ここでも座ったらどうかな、麻白ちゃん。そのために結界まで張ったんでしょ?」

「いいから説明してっ!」


「もー長くなるから、座りなよー」とトントンと最上さんは自分の隣に座るように促した。今上は、毒気を抜かれたように「まったく……いつも若菜は——」と渋々ソファーへと腰を下ろした。そしてながれるような手つきで、最上さんは「お茶でもどうぞ」と言って、俺の前に置いてあったグラスを差し出した。そして「あ、ありがとう」と言って今上は受け取り、一口飲んだ。その後すぐに、ハッとして「あ、あぶない……また若菜のペースだった」とグラスをテーブルに置いてから「それで、若菜——質問に答えてくれるよね?」と言った。


「うーん」と少し思案した後、最上さんはなぜか俺をちらっと見た。何かを思いついたように最上さんのネコ目がニヤッと笑みを浮かべた。


「おい、余計なこと——」

「私たち、お付き合いしているの。だから、一緒にいて当然よね?」

「——あ、赤洲くん……ほんとなの?」


 今上は声にならない驚きで目を丸くした後、探るようにして最上さんから俺へと視線を向けた。


 なにをそこまで衝撃を受けているのか分からない。

 しかしながら、このままではらちが明かないため、とりあえず説明をした。


「付き合ってなどいない。親父の勤め先の関係者だ。それ以上でもそれ以下でもない」


「そ、そうよね」と息を吐くようにして、今上が呟いた。その瞬間「さっき、告白してくれたじゃないのー」と最上さんが茶々を入れた。「ややこしくなるから、黙っていてくれ」と俺が釘をさすと、「はーい」と最上さんは幼い子供のように口を曲げた。


 にやにやと笑みを浮かべる最上さんから視線を外し、俺は今上のアーモンド色の瞳を見た。


 それから、俺は電話を切った後の放課後の足取りを伝え、最上さんと出会った経緯を説明した。今上は腑に落ちないように、一瞬鋭利に目を細めて、最上さんを見た。二人はだんまりだった。


「俺からも質問がある。今上と最上さんとの関係性は?」


「……」

「……」


 二人は何かを念じるように視線を数秒交わした。


 おそらく、何かしらの魔法を行使しているのだろう。青い粒子のようなものが一瞬、今上と最上さんの周囲に舞ったように見えた。


 今上が口を切った。


「若菜は、魔女なの」

「そうなんだよねー」


 最上さんが追随するように言った。


 だから先ほど『表向きは医者を目指している』などという言い回しをしていたわけか。


 そういえば、昨日、今上が俺の家から『どこに帰るのか』と遠回しに聞いた時、『赤洲くんのお父様が勤めていらっしゃる病院近くのマンション』とだけ返事をした。だから俺が『案外、普通の場所に住んでいるのだな』と言うと『当たり前でしょ?世界史で魔女狩りのことくらい知らないの?一般人に紛れて生活するのは常識だよ』などと返事がきた。


 ……今思い出しても腹が立つ受け答えだ。


「ふっ……そんなことは、おおかた予想できる。そうじゃなくて、お前らの関係性を聞いている」


「なっ——」と何かを堪えるように今上のこめかみが少し動いた。「こ、堪えて、麻白ちゃん」となだめるように最上さんは今上の肩に触れた。今上は「ふう」と小さく息を整えてから、言った。

「私たちは同じ魔法協会に属している同期なの」

「そこは同期じゃなくて、親友でしょー」と最上さんが訂正した。


「それで、最上さんが俺に接触してきたのは、今上の指示というわけではないのだろ?」


「ふふ、さっすがー話が早くて助かるねー。私は協会からの依頼で、ここ最近の『昏睡事件』について調べているんだよねー」

「若菜……」


 今上は何かを言いかけてから黙り込んだ。またしても一瞬、青い粒子が舞った。


 何かこそこそと最上さんと意思疎通をしているらしい。

 おそらく『魔法協会』とやらの内部情報が、魔女同士でも上手く伝わっていないのだろう。だから、先ほどかコソコソと口裏を合わせているのだろう。


 大方、俺にどこまで話すべきか相談でもしているところか。


 正直、『魔法協会』とやらのことはどうだっていい。

 ただ最上さんは使えるかもしれない。

 今上が俺を信用していないように、俺だって今上を信用していない。


 だからこそ、ここは利用する駒を増やすという選択肢以外にない。それに——魔女の『表』——生活基盤を知っているのだから、仮に裏切られても反撃はいくらでも可能だろう。


 それこそ病院経営という社会的に影響のある立場に立っているのだから、おいそれと俺を裏切るわけにはいかないことくらい容易に想像がつく。


 そう言った意味では、今上よりむしろ最上さんを利用する方が好都合かもしれない。


 そんなことを考えていると最上さんはぽかんと目を丸くした。


「あのさ麻白ちゃん……シンジくんは、意外とおバカさんなの?」

「ふふ、全て顔に出てしまうタイプの人であって、ふふ、『おバカ』ではないよ、きっと。ふふふ——」と今上は俺を馬鹿にするような笑った。


 こいつら、黙っていれば好き勝手に言いやがって。

 魔法使いという生き物は、どいつもこいつも精根が捻じ曲がっているのか?


「考えている時に『にやり』と口を少し上げるのは止めたほうが良いと思うけど……こほん、それよりも、今日の学校での出来事を共有しましょう」


 俺が睨むと今上は話題を変えた。



 それから、今上——麻白は今日起こったことを包み隠さずに最上さん——若菜に説明した。


 麻白はところどころ専門用語を交えて説明していた。


 俺は度々話の腰を折るようにして質問した。そんな俺のふるまいを別に気にも留めないように、二人は端的に専門用語を解説してくれた。


 そのおかげもあってか、学校で起こっていることの全貌のようなものを多少なりとも理解できた。


 まとめると、おおよそ次のようなものだった。


 現在、天神高校の『旧校舎』で使われている魔法は市内で起こっている『昏睡事件』とやらに使用されている魔法の痕跡と近いらしい。


 若菜が探っている魔法の痕跡と100%一致しているとは言えないものの、同一人物による魔法でほぼ間違いないと確信しているようだ。


 要するに『昏睡事件』を引き起こしている人物=天神高校の『旧校舎』にて、何かしらの儀式を行っている人物、ということが分かった。


 今のところ『紫苑』さんかは分からないが、二つの事件の犯人は同一人物の可能性が非常に高いそうだ。


 そして、もう一つわかったことがある。


 俺のできることはいまのところないってことだ。

 二人からくぎを刺すように口酸っぱく言われた。


『勝手に旧校舎に近づいて、犯人を刺激しないでよねっ!』と麻白から強く命令された。そうでないと、命の保障できないらしい。


 ここで抗っても無駄か。

 魔法とやらの契約で行動を縛られてしまう以上、やはり大人しく従うしかない。

 今はまだ。


 それと、今旧校舎で使用されている魔法を完全に解析するためには、『準備』の時間が必要らしい。


 少なくとも、目の前の二人は、今夜『準備』とやらに付きっ切りということらしい。


 現時点でわかる範囲では、結界内に入った人の命を吸い取るような非人道的な魔法陣ではないらしい。だからと言って、安心はできないらしい。

 

 なんでも魔力を有する人が、魔力を吸い取られると衰弱死するらしい。そのため、魔力を吸い取る魔法陣が、校舎内に展開されている場合は厄介な状況らしい。


 いずれにしてもこの場では、とりあえず大人しく従う振りをしておけばいい。

 そして、この後すぐに旧校舎に向かって手がかりを見つければいいだけの話だ。


 そのような思考に耽っていると、最上さんから視線を感じた。


「……?」

「とりあえず、私たちの呼び方変えない、シンジ君?」

「はい?」


 おそらくこの時の俺はアホみたいにぽかんとした表情をしていたのだろう。

 最上さんは俺の白けた表情を無視して言った。


「シンジ君が私たちのこと信頼していないのはわかるよ……?はじめに私たちがこそこそと念話していたから、強くは言えないけどー、やっぱりお互いに協力しあうには信頼が大事だと思うんだよねー。だからね?さっき念話でこそこそ話していたことは、包み隠さずに今全部シンジ君にお話したんだよねー」


「その言い分をおいそれと信じろと……?」

「うん、そう。だから次はさ、シンジ君の番だよ」

「それが、名前で呼び合うということか?」

「信頼関係を築くには、そういうところから始めるものでしょ?」


「そうか……若菜、これでいいか?」


「うん」

「麻白で、構わないよな?」

「は、はい」


 なぜか今上——麻白は頬をわずかに朱色に染めて俺から視線を逸らした。

 照れる要素など皆無だったはずだが、よくわかないやつだ。


 このような仲良しごっこをしたところで、俺が単独行動することに変わりはない。


 しかし、ただ、ほんの少しだけやりずらいと思ってしまった。

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