減塩の日


 ~ 六月十七日(金) 減塩の日 ~

 ※米塩博弁べいえんはくべん

  議論が多岐にわたって詳細に行われること




「複雑な設定のアニメってやつにはな?」

「……急に」

「黙って聞きなさい」

「はあ」

「中間に、前半振り返り回みたいな総集編が挟まるんだよ」

「…………はあ」


 連日、こいつの料理に振り回されて。

 本題を忘れ始めてるから。


 ここで一旦。

 俺の課題を整理しよう。


「まず、進路。二人分」

「立哉くんと……、だれ?」

「……ひとり分」

「そうだよね?」


 今すぐ決めろと妹に言われて。

 思い付きで進路を決めたであろうこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 どうせすぐに飽きるか。

 親父さんに却下される。


 早いところ、ほんとにこいつに向いてる進路を探してやらねえと。


 まあ、そのことは伏せておいて。

 改めて考えようか。


 一つ目の課題は。

 もちろん、俺の進路。

 そして二つ目は。

 秋乃の進路。


 さらに三つ目。

 どうやって秋乃に、シェフになりたいという夢を諦めさせるか、だ。


 面倒だけど。

 これは俺の責任でもあるわけだし。


 悪知恵を働かせて。

 何とか言いくるめよう。


「えっと、それから四つ目は……」

「二つ目だよ?」

「そうだな、二つ目。俺が気に入った、名物ってやつの記憶」

「見つかってないね」


 進路を考えているうちに煮詰まって。

 この地に引っ越してきたきっかけにもなった名産品とやらを思い出せば参考になるかもと考えたせいで生まれた課題。


 それが手助けどころか。

 底なし沼への入り口だったとは。


「……それを探し始めたせいで、五つ目の問題が顔を出したわけだ」

「三つ目」

「なんでお袋は、俺がレシピを聞いたなんて勘違いしてるんだ?」

「やっぱり……、勘違い、かな?」

「だって、作りてえものがあったら自分で調べるし、俺」

「でも……。お母様、そう言ってたし……」


 そうなんだよな。

 あのお袋が間違えるわけ無いか、やっぱ。


 だったら俺。

 なんでわざわざお袋に聞いたんだろう?


「まあ、まずは整理だ。次は六個目」

「もう突っ込む気になれない……」


 秋乃の記憶。


 だれかに親切にしたのに。

 悲しくなったこと。


「ねえ、黙って考え込んでないで。六個目は?」


 そもそも秋乃の記憶を。

 なんで俺が探さにゃならんのだ?


 あれ以来、秋乃からの催促は無いから。

 これは覚えてないことにしよう。


「最後に、七個目と八個目だ」

「三つしかないから。一つずつかたしてこ?」


 七個目。

 とにかく勉強しねえと。

 下手すりゃ浪人しちまう。


 そして。

 これは一体どうしたものか。


 八個目の課題。

 俺、ほんとに秋乃と恋人同士になりたいのか?


 ……これは一旦。

 保留でいいのかもしれない。



 遠く、霧雨に煙る山波を見つめながら考える。


 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 課題をこなすには、今まで以上に積極的な行動が必要だ。


 基本、守り重視の保守的な俺だが。

 そうだな、まずはどれか一つに標準を絞ろう。


 さてどれから倒そうか。

 考える俺の耳に雑音が届く。


 静謐を破ったのは、がらりとひかれたドアの音。

 されにそれに続くだみ声が告げるには。


「貴様ら立たされている自覚はあるのか!?」

「……ねえかも」

「あ。今日はお弁当にしたんだけど、もう食べる?」

「持ってきたんかい。そしてピクニックシート広げるんかい」

「…………てるてる坊主のかっこをして屋上に立ってろ」



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「先生、今日はあっさりかつ厳しい……」

「塩対応だったな」


 霧雨の中、赤青のヤッケを羽織って。

 屋上でぼっ立ちする二人。


 でも、こんな状況でも。

 楽しく過ごそうとするこいつはやっぱり素敵だと思う。


「おべんと……」

「うはははははははははははは!!! もう突っ込むのも馬鹿馬鹿しいから貰うわ!」


 連日、汗ばむ季節だからだろうか。

 塩っ気が欲しくてたまらない俺には喜ばしい。


 秋乃が渡してきたものは。

 海苔がまかれたおにぎりだった。


「おお、いいねおにぎり」

「おむすび」

「いただきます」

「召し上がれ」


 言われるが早いか。

 塩っ気と濃い味を求めた俺の口が。

 おにぎりを一気に真ん中までかじる。


 ……でも。

 どこをどう咀嚼しても。


 塩っ気も濃い味も無いんだけど。


 無言で顔を見つめる俺の心を。

 汲み取って頷いた秋乃。


 こいつが説明するには。


「し、塩むすびにしてみた……」

「塩むすび?」

「そこからさらに減塩」

「いや、減らすどころか。米しか無さげなんだがお口の中」

「じ、時代はノン・ソルト食品……」

「ノンシュガードリンクみたいに言うな。減塩じゃなくて滅塩だそれじゃ」

「ま、不味かった……?」

「…………いや。美味しいけど」


 やっぱりこいつの料理はダメだ。

 でも、それをはっきり告げることには抵抗がある。


 今日も俺は、涙を呑んで美味しいと。

 ありがとうと告げることしかできなかった。


 だから。


「じゃ、じゃあ……。これからも似たような味付けで……」


 状況が。

 さらに悪化するのだった。


「…………八個の課題が、現在七・五個に」

「課題も減塩?」


 いえ。

 君が減点です。

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