暑中見舞いの日


 ~ 六月十五日(水)

   暑中見舞いの日 ~

 ※空谷跫音くうこくのきょうおん

  孤独な暮らしのなかで、不意に知人が

  訪れたり便りを手にした喜び。




「おおおお! パパ! これ、パパ!」

「カイコの繭なんて珍しいね」

「これさ、シルクロードの原材料だろ!?」

「言いたいことは分かるけど、文面通りなら売りものを敷いちゃってるよ?」

「ねえパパ! これ学校持ってって自慢していい!?」

「そうだね。きっとみんな笑顔になると思うよ。引きつってるところにだけ目をつぶれば」


 ……毎年恒例。

 凜々花のテンションが上限を突き抜けるスペシャルイベント。


「来たか……」


 暑中見舞い葉書が初めて発売された記念日を。

 暑中見舞いを相手に届ける日だと勘違いするばあちゃんが。

 手漉きのはがきを俺と凜々花に送ってくれるのだが。


 いつも決まって。

 凜々花の葉書にはおまけを添えて。


 そして俺の葉書には。

 読むのにやたら時間がかかる崩れた文字で。


 含蓄はあるけど結論がない。

 そんな言葉を書いて寄こすのだ。


「……拝読させていただきます」


 だが、思い起こせば。

 去年もおととしも。


 ばあちゃんの言葉が。

 俺を悩ませていた問題を解決したんだ。


 特におととし。

 二年前の暑中見舞い。


 きけ子と甲斐をくっつける時に。

 婆ちゃんの言葉が役に立った覚えがある。


「ということで、過剰期待してみよう」


 今回は、俺が料理に目覚めたきっかけでも分かれば嬉しいな。

 そんな無茶な願いを込めて。


「…………今年は一段と」


 下手な謎解きクイズより断然難しい。

 崩れまくった筆文字へ挑むのだった。




 虎穴に入らずんば虎子を得ず言うじゃろ

 んじゃから、立哉ちゃんも穴を見たら入るとええ



「冒頭が、穴ぼこローラー作戦て」


 冗談じゃねえ。

 それに穴ぼこに入ったって。

 虎の子なんか、そうそういてたまるかい。



 虎の子の皮は、そりゃあったけえし柔こいだで

 随分高く売れたんじゃと



 なるほど。

 なんで虎の子を欲しがるのか謎だったんだけど、そういうことなのか。



 婆も、ズボン下に虎縞履いちょるよ

 あったけえ



 え? 取引されてるの!?



 化繊じゃが



 模様だけかい。

 派手なばあさんだ。



 穴に入れば、虎がおるかおらんかじゃ

 虎がおったら、そりゃ当りじゃ、御の字じゃ

 おらんならおらんで、そりゃ安全な穴でしたってことで御の字

 どっちに転んでも、ええことしかないのん



 ううむ。

 これはなるほど、人生の指針になるな。


 勝ち組に入るために虎の子が必要ならば。

 虎の親を恐れて臆していては始まらない。


 親が出てくることは当たり前じゃないか。

 トラブルがあることは既に想定内。


 ならば、常に虎への対策を準備して備えておいて。

 穴を見つけたら誰よりも早く、勇気をもって飛び込もう。



 けんど、大抵の穴にゃヘビがおるんじゃけどな



「聞いてねえよ準備してないじゃん!」



 こないだも、婆が裏山にわらびもぎに行ったじゃが

 かわやに間に合わなそうだでちょいと穴倉にお邪魔したら

 ヘビさんわんさかおっての?



「こわ!?」



 慌てて逃げようもんなら、トラ縞のズボン下、置いてきちまった



「うはははははははははははは!!!」


 無事でよかったけど!

 なんだその面白エピソード!



 んで、思い出したことがあっから、おせえとく

 立哉ちゃんがちいせえ時分、どこぞの名物だって

 婆にこさえてくれた食いもんがあるだで



 お?


 おおおおおお!?


 すげえぞ婆ちゃん! さすがエスパー!



 うめえかってしつこく言うてくるから、ちいと美味くねえって言っちまったがの?

 ほんとはの?



「いいっていいって! 覚えてねえし、その天邪鬼もばあちゃんぽくていい感じ!



 ものすご不味かったんち。こっそり捨てた



「おいババア!」


 食いもん捨てるとは何事だ!

 まあ、それは今度怒っておくとして。

 結局それはそれは何だったんだ?


 書かれてりゃ解決だし、書かれてなくても電話して聞けばいいか。



 トラ縞じゃったあのくいもん

 なんじゃったんじゃ?



「こっちが知りたいんじゃ!!!



 お小遣いでもやるから

 教えてくれんかの



「そんで手紙終わりかい! なんだ今年の手紙は!」


 がっつり期待させておいて。

 なんというオチ。


 俺は天を仰ぎつつ。

 婆ちゃんの手紙を靴箱の上に置く。


 お小遣い出すから。

 こっちが教えて欲しいわい。


 ……すると。

 丁度そんなタイミングで。


 いつものように、カバンを手に迎えに来たこいつ。

 舞浜まいはま秋乃あきのに。


 俺は黙って。

 千円札を手渡した。


「ど、どうしたの? 今月厳しいから、返さないよ?」

「それくれてやるから、トラ縞の食いもん教えろ」

「ト、トラの丸焼き……」

「うはははははははははははは!!! そんな好物あるか! 返せ!」


 俺は秋乃に手を差し出したんだが。

 こいつはわたわた慌てると。



 千円札を。

 口に押し込んだ。



「と、取れる者なら取ってみろ……」

「トラの子供がいると分かっていても、その穴に飛び込む勇気はねえ」

「勝った……」

「じゃあ、それじゃない千円札を財布から出せ」

「ひうっ!? お、お金が手に入ったら返す……」


 俺は、絶対返さないやつの常套句を耳にしながら。

 深々とため息をついたのだった。



「……べとべとになっちゃった」

「当たり前ですよね」

「もう一枚千円出して? 交換したい……」

「そんな詐欺に騙されるやつがいたらみてみたいわ」



 ……いや。

 あるいは。


 詐欺と分かっていても。


 パラガスなら払いそうな気がする。

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