番外編

桜町の記憶①

私は三姉妹の次女として狭間で育ってきた。


子供の頃から姉より厳しくされた覚えはないし、妹より甘やかされてもいない。

かと言って両親に放置されていた訳でもないけれど、子供心なりに2人と比べて私にかまってくれる時間が少ないように思えた。


ただそのかまってもらえない理由に私はすぐ気づいた。


私は手間のかからない子供として我慢していたのだ。

本当は姉のようにやんちゃしたかったし、妹のように甘えたかった。

ただ親の言うことを聞いて褒められて生きるだけでは何も嬉しくなんてなかった。


そんな折、私が小学生の時、初めて告白をされた。


ひとつ上の先輩。

当時は小学生。

付き合うとかよく分からなかったけど、私の事が好きというから付き合ってあげた。


彼はよく私を色んな人の前まで連れていき俺の彼女だと自慢していた。

今となって思えば彼は大人のごっこをしたかったのだろう。


そんな自慢する道具のような扱いをされ続けた私はある時、切れた。


何がきっかけだったかは覚えていない。

いつものようにひとつ上の先輩たちが集まる昼休みのグラウンドで、彼の自慢が始まった瞬間、私は彼をボコボコにした。馬乗りでグーパンで。泣いて、泣き止むまでボコボコにした。


私の豹変ぶりに周りの先輩も止めにはいる事もできず、教師たちに羽交い締めにされるまでの私は止まらなかった。集まってきた生徒の中には私の姉妹もいたが、妹は完全に引いていたが、姉は何故か「流石、私の妹だ」と言葉を残し、彼に一発ケリを入れ去っていった。


その後はもちろん教師に怒られ、両親にもめちゃくちゃ怒られた。

私は死ぬほど泣いたし、死ぬほど謝った。


ただ私はそこで初めて『愛』を感じた。

怒っている両親はもちろん怖かったし、もう二度と怒られたくなんてない。

けれども、その時だけは私だけを見てくれる。私だけを考えてくれる。私だけを思ってくれてる。


──私は嬉しかった。


その日から私は我慢をすることを辞めた。

『愛』を感じるために、私は自由に、そして素直に生きることを誓ったのだ。



バイオレンスガールとして名を馳せた小学生を卒業し、中学生になった頃には美貌にさらなる磨きがかかったと自負している。現に1年生の時から告白の順番待が発生していたし、モデルにアイドルとスカウトが学校に家にまで来ていた。


……しかし、どれも『愛』は感じなかった。


告白は電話やメール、ひどい時は友達伝いにしてくる事もあった。

面と向かって『愛』を伝えてくる人なんて皆無だった。

スカウトも結局お金で私を釣ろうとしてくる最低野郎しかいなかった。


ここには『愛』はない。

そう思っていたある日、 学年も1つ上がった中学二年生の冬。


クラスメイトの男の子が私の机の上に手紙を置いてきたのだ。

しかも本人である私がまだ席に座っているにも関わらず。


時間も昼休み中というクラスメイトだけでなく他クラスもその様子を見ている状況で、彼は何も言わず私の机に手紙を置き何事もなかったかのように、いつもの窓側の席に戻っていった。


もちろんラブレターだとすぐに分かった。

なら今口で言え。

と、言いたかったが、その謎の行動に少し興味を惹かれ手紙の中身を見てみると、「今日の放課後、屋上まで来てくれ」と短い文が書かれた紙切れが一枚。


謎の行動に興味が惹かれた。というのもあるけれど、手紙で呼び出しというのは今までの告白の中でも初めてだったので、少しの期待もあり、言われた通り放課後になると屋上へと向かった。


気を使って少し時間を開けて屋上への扉を開くと、彼は夕日をバックに立っていた。

そのまま扉を閉めるとすぐに野次馬たちが聞き耳を立てにくる。


……邪魔ね。と思ったりしたけれど、呼び出した本人は何も気していない様子だったので、私も習って気にせず彼のもとへと歩く。いつもなら何も感じないこの時間も、何故か今日だけは少し緊張した。


近くまで行くと彼が口を開く。


「……桜町さん、来てくれてありがとう」

「呼ばれたから来ただけ。……で、何か用?」


分かっているクセに。

少し意地悪をした。

彼があまりに緊張しているから面白くて。


「ああ、……桜町さんに告白がしたくて呼び出したんだ」

「そう、……それが告白?」

「いや違う違う。ちょっと待っててくれ」

「……」


そう言うと何故か彼は私から離れ屋上の端っこ、フェンスがある場所まで向かいコチラを向く。相変わらず謎の行動が多い人。


「よく聞いててくれ」

「……はい?」


すると今度はグラウンドに向きを変え、叫びだした。


「桜町琴音えええ!!! 俺は、お前が……大好きだぁあああああ!!」

「ちょ、ちょっと! な、何してんのよ!!」


慌てて彼のもとへと向かい口を塞ぐが男の力には勝てず簡単に剥がされてしまう。

そのまま腕も掴まれ、パッとこっちを見た彼は更に言葉を続ける。


「俺は一生、桜町を愛し続ける。……だから、付き合ってくれないかな」

「………」


唖然とした。

こんな人がこの学校にいたなんて。

自由で素直で、なんてどストレートな言葉。


思わず頬が緩むのが分かった。

心臓がバクバク言っている。

まさに心を撃ち抜かれた気持ちだ。


しかし、プライドが私の邪魔をした。

野次馬まできている。

ここで緩んでしまったら私の負けのように感じてしまった。


あの日、素直な気持ちで生きることを誓ったのに、私は私の心に嘘をついた。


緩んだ頬を引き締め、ときめいてしまった目からいつもの目に切り替える。


そして。


「……いや、マジキモいんだけど」


言った瞬間、私は一生分の後悔したと悟った。

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フラれた俺がモテるために努力したらフッた相手がいつの間にか彼女になってました。 下洛くらげ @RedSwitch03

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