第3話

都庁から出ても、僕はユイナさんのピアノ演奏の余韻に浸っていた。そして姿は見えないがそばにユイナさんを感じて歩いていた。僕はユイナさんと話そうと人気のない公園を見つけて入っていった。

「そこの少年、待ちなさい。」

大きな声にびっくりして僕は立ち止まった。見ると近くの木の陰にお坊さんがいて目線を合わすなりお経らしきものを唱え始めた。すると耳元でユイナさんの苦しむ声が聞こえた。

「お坊さん?ちょっと待って。それ止めてもらえますか。」

僕はお坊さんにお願いしたがお坊さんは止めるどころか声の圧を更に上げた。ユイナさんが苦しむ声が大きくなる。

「お坊さん、止めてったら止めて!」

僕はお坊さんに近づき印を結ぶ腕にすがりついて止めようとした。するとお坊さんはお経を詠むのを止めて僕に言った。

「女の霊がおぬしに憑りつておる。今祓ってやるから安心せい。」

そう言うとまたお経を詠み始めようと印を結んだ。

「待って!いいから待って!!」

僕の剣幕に驚いたのかお坊さんは印を解いた。

「お坊さんにはレイナさんが見えるの?」

「おぬしの後ろに隠れるようにしておるが女の霊が見えておる。」

「交通事故で亡くなったユイナさん、悪い人ではないよ。」

「ほーっ、憑りついている霊の味方をするとは奇特な少年じゃ。憑りついているという事はすなわちおぬしから命を吸い取って永らえているということじゃ。それでもおぬしは霊の味方をするというのか?」

僕はお坊さんの言葉に少し怯んだが、先ほど一体となった時に感じたユイナさんに邪なものは感じなかった。僕はお坊さんの前でユイナさんに話しかけた。

「ユイナさん、このお坊さんの言っていることはほんとなの?」

しばらくの間があったあと、ユイナさんの声が耳元で聞こえた。

「リョウヘイ君の命のエネルギーを分けてもらって私が存在しているというのは多分事実。でも私は私の願いさえ叶えられたらリョウヘイ君から離れるつもりだった。この二、三日だけならリョウヘイ君の寿命を縮めるような事もないはず。」

「ほーっ、今日は驚きの連発じゃわい。霊が自分から憑りついた人から離れるなど聞いた事はないわ。大抵の場合、憑りついた人の命が尽きるまで霊としてでも自分の存在に執着するものじゃがの。」

お坊さんにもレイナさんの声が聞こえるようだった。

「お坊さん、あなたが強力な除霊の力を持っていることは今の私にはわかります。あなたが本気になったら私など一瞬で祓われてしまうのでしょう。だから明日まで待っていただけませんか。明日私の願いが叶っても叶わなくても、リョウヘイ君から離脱します。この約束が果たされなければあなたの手で私を祓ってください。」

そのお坊さんは少し考えてから応えた。

「いいじゃろう。確かにお前さんが二、三日憑りついたぐらいではその少年の寿命への影響はほとんどないじゃろう。ただ約束は必ず守りなさい。約束を破った場合はわしが必ず見つけだして祓ってやる。」

「ありがとうございます。」

ユイナさんの声を聴くとお坊さんは背を向け、低く念仏を唱えながら公園を出ていった。

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