第31話 依存

 「あの駐車場に来てくれないかしら、聞きたいことがあるの」

そう、薫から電話があった。瑠奈の連絡先を紗絵羅か、父親から聞き出したようだ。


 瑠奈と南は、駐車場に向かった。


「乗って」

瑠奈を見て、助手席のドアを開ける。瑠奈は、南に待っているように告げ、車の中に入った。

「聞きたいことって何ですか?」

「……あの薬は何?」

「さあ? 欲しいんですか?」

「……。ただでとは言わないわ。幾ら欲しいの?」

「何の薬かも知りませんよ? ただ、寝る前に1錠だけ飲むもの、と聞いています」

薫がゴクリと唾を飲んだ。

「全部お渡しします。私達に貰ったことは、絶対に秘密にしてください。できますか?」

「ええ。ええ、勿論。そんなことでいいの?」

「一度に大量に飲まないように、とのことです。」

「わかった。」

「私が預かっている分はこれだけです。あとは、『あちら』で」

「わかったわ」

念のため、瑠奈たちの指紋は消しておいた。手袋をしたまま、ビニール袋から出して、ケースごと渡した。



 夢の中で、瑠奈は南と合流した。これからは単独行動になるかも知れない。けれど目的は一つだ。

「この女を、ここに捨てに来た」

そう、それだけ。


「お連れしました」

若いイケメンの門番に言う。名前は確か、「長次ちょうじ」だったか。

「毎度様です」

「あら〜、長次、今日もここで待っててくれたの〜?」

「当たり前じゃないですか、薫様。いらっしゃると連絡を受けておりましたからね。首を長くしてお待ち申しておりましたよ」

「ね、ね、貞夫さだおは、今日は?」

「勿論、薫様のご来店をお待ちしております。さ、さ、中へ」

そんな会話をして、二人は中へ入って行った。


「『長次』に『貞夫』って、えらく『ジジ臭い』名前だよね」

瑠奈が思わず笑う。

「さあ?そういうのがテーマなのかもね。『昭和レトロ』とかさ」

南も笑っている。

「へえー、いろいろあるんだねえ」

瑠奈は、中で何が起こっているのか、ちょっと興味があった。


「おい、中には入るなよ。また肉になりたくなければな」

老人が後ろから声をかける。

「ねえ、あの薬ってなんなの?どうしてあいつ、ここに来れちゃうの?」

「ここに来たくなるようにするための薬だ。わしも詳しいことは知らん」

「ここに来たくなるようにする……」



 翌日、瑠奈は学校で南と話した。

「あそこがホストクラブだとして、あの女が男に貢ぐのはいいけどさ……」

「うん?」

「そのお金って家から出てるんじゃ……」

「あ! そうだよ! そうだよね?!」

南が慌てたように言う。

「ヤバイじゃん。パパのお金も、紗絵羅のお金だって持出し兼ねないよ、あいつ」

「どうしよう……」

「ホントだ……どうしよう……」


 瑠奈と南は、また自分たちが深く考えずに動いていたことに気付いた。


「紗絵羅んとこ行く?」

南が言う。

「今、あたしらがしらせたら、あたしらのやってることがバレるじゃん!」

「あ……そっか」

「放課後、作戦会議だな」

「だな」



「何にそんなに使ったの?」

紗絵羅の父親、茂明しげあきが、今月分の生活費が足りないと言ってきた薫の目を見る。

「それは……あの……」

薫は目をそらす。

「給料を渡してから、まだ半月しか経ってないだろ?」

「……」

「なんで、もうないの? 何に使った?」

「さ、紗絵羅ちゃんの入院費に……」

思いついたように、薫は言う。

「……なんでそんな嘘つくの?」

「嘘って……嘘じゃない……」

「紗絵羅は、先月3日から入院中。入院費は月終わりのしめで、翌月10日に請求が来る。今日はまだ28日。請求が来るわけないだろ?」

「あ、ああ、そうだったかしら……」

「何に使ったか言えないんなら、返してくれ。生活できないだろ」

大きなため息をついて、茂明は台所から出て行った。



 また南と二人の時に曲がり角に来られた。

 薫が、いつも通り長次に連れられて中に入って行く。

「どれくらい使ったんだろうね?」

南が呟く。

「全部、多分、おじさんのお金だよね」

瑠奈も困ったように言う。


 老人が出てきた。

「どうした? 捨てるのが怖くなったか?」

「あの……捨てるのをやめるわけにはいかないの?」

瑠奈が尋ねる。

「やめたいのか? できなくはないぞ?」

「えっ? どうすればいいの?」

「最初に言った通りだ。お前さんらが入って、見つからぬように外に出るか、2度目も3度目も殺されるか、だ」

瑠奈と南は顔を見合わせる。


「だが、あの女は来続ける。例えお前さんたちがやめさせたくてもな」

「そんな!! どうして?!」

「あれは、端っから『病気』だったんだな」

「病気?」

「依存症だ」

「それは、あの薬のって意味?」

「いや、あの薬は単にこの夢を見せるための薬。ここに誘導するための薬で、依存性はない」

「えっ? 薬のせいじゃないの?」

南が驚きの声を上げる。

「あの女が、ここに来たいと思わなければ、あの薬を飲むのを止めればいいだけの話だ」

「え? え? 待って。それじゃ、あの人が自分で望んでここに来てるってこと?」

瑠奈も驚いて、老人に尋ねる。

「そのようだな。あの女は、『見た目のいい男』に依存しとるようだ。自分を褒めてもらって、代わりに金を与えて。金が尽きたら、骨と肉にされるとも知らずにな」



 薬が効いているお陰で、薫自ら進んで来てくれていることを、「簡単でラクでよかった。早く捨ててしまえないかな」などと、単純に考えていた。

 

 けれど、それが、自分たちの全く望まない結果を産みそうになっていることに、瑠奈と南は、やっと気付いたのだった。

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