第7話 二回目

「あの黒っぽいストールはどうだろう?」

夕飯を食べ終えると、すぐにまた秀一郎は考え始めた。

「ストール?」

「秋の終わりくらいに、上着代わりにしてた、大きめのストールあっただろ?」

「あ、ああ、うん。あるよ。それが?」

「あれを持っていけないかな?」

「どうだろう……持っていけたとして、どうするの?」

「暗い部屋が多い方の通路を行こう。見つかりそうになったら、すぐそれを被って隠れるんだ」

「うまくいくかな……待って、取ってくる」

私は、冬物のケースの中からストールを取り出すと、秀一郎に見せた。

「それを頭から被って、隠れてみて」

「こう?」

「もっともっと限界まで小さくなって」

「これでどう?」

「うん。隠れてる。暗いところならなんとかなりそうだ」

「問題は、持って行けるかどうかね」


 

 私はストールを腕に縛り付けたまま眠りについた。薬は飲まなかった。あれを飲んでいては、到底動けそうになかったから。



「ほう、面白いものを持ってきたな」

老人に言われ、気がつくと、私の手にはストールがあった。

「持って来れたんだ……」

「それで隠れながら、か。考えたな」

「何度も死ぬわけにはいかないんです」

「そうだな。では、靴を」

私は、靴を差し出した。


 鍵を握りしめ、いつでも隠れられるように、ストールをかぶる。

「うまく逃げろよ」

「はい」

私は中に入って行った。



 一回目の時は、人通りばかりを気にしていたが、よく考えれば、暗い部屋が多い通路の方が隠れられる確率は高い。私は、壁伝いにゆっくり静かに歩を進めながら、手前側の通路を進んだ。急ぐからだろうか、両手がふさがるからだろうか、所々部屋の引き戸が空いたままの部屋もある。そこに入って、廊下の様子を伺いながら次々と前に進んでいく。順調だ。


 と、向こうからドタドタと数人の足音がしてきた。慌てて、部屋の奥に入り、ストールをかぶり小さくなって隠れた。

 足音が部屋の前で止まり、私の横に重ねられた座布団が一山ひとやま二山ふたやまと、持ち出された。私には気がつかなかったようだ。足音は遠ざかって行った。

「秀一郎、ありがとう!」

心のなかで感謝する。


 道具部屋。あともう少し。もう表玄関はすぐそこだ。鍵を握りしめ、ストールをかぶり直す。

 その時、道具部屋で動く影があった。反射的にそっちを見る。

「なんだ、鏡か……びっくりした」

そこにあったのは自分の姿。自分に驚いてどうする。


 次の瞬間、ドタドタドタと音がして、男たちがやってきて、私は、一回目と同じように口を塞がれ、道具部屋から引っ張り出され、殴られ、気を失った。


 遠のく意識の中で思う。何故……?



「久しぶりに女だぜ」

「柔らかそうだな」

声が聞こえる。目をゆっくり開くと、一回目のときに見た、男たち。逆さまだ。

 違う! 逆さまなのは自分なのだと気付く。

「助けて!! やめて!!」

叫ぶ声は全部口に詰められた何かでせき止められ、「ウウウ、ウウウ」としか聞こえない。

「見ろよ。目を覚ましやがった」

「馬鹿な女だな。寝てれば痛みもわからず逝けたのにな」

男たちは楽しげに笑う。


 前に見た光景から考えて、私は全裸でここに逆さまに吊り下げられているのだろう。手も縛られ、下に固定されている。どんな叫びも全部誰にも届かない。


「どうせ殺すなら一回くらいヤラせてくれてもいいのにな」

一人の男が身体を舐めてきた。

「やめて! やめて! やめて!!」

声は消される。どんなにもがいても、体が左右に揺れるだけ。上下で縛られているのだ、もがけばもがくほど、ギリギリと足を吊ってある縄が締まる。痛い。涙が止まらない。

「おい、商品だぞ。汚すな。調理場に叱られるぞ」

「味見だよ、味見。こいつは肉が少ないが若くて旨そうだ。叩いて柔らかくする必要もなさそうだしな」

「よし、やるぞ。味見の代わりに女の痛がってる顔でも見るか?」

「いいねえ」

「じゃあ、腕からだな」


 ガッ!! ゴキッ!! ガンッ!!


「ヴヴッ!! ヴヴッ! ウウウ!!」

未知の痛みに喚き、身体を、揺らす。


「い〜い顔だ。ゾクゾクするねえ」

「ほら、サボってねえで、そっちもだ」


 ゴンッ!! メリメリ!! バキッ!!


「ヴウッ!! ヴヴヴ……ヴウゥゥ……」


腕がなくなると体が大きく揺れる。痛みのショックで意識が飛びそうになる。痛い。痛い。痛い……痛い……


「ほーら、腕が取れたぜ。次は?」

「あとはやっぱり血抜きじゃないのか?」


 痛みで気が遠くなりながら、彼らの声が耳には届いている。


「勿体無いなあ。まだいろいろやってやりたいのに」

「ワガママ言うなよ、やるぞ!」


 ザクッ


「ヴヴウゥゥ」


物凄いショックが全身を貫いた。そのうち何もかもが遠のいて……



「葉月……葉月……わかるか? 葉月??」

「秀一郎……?」

気が付くと、血まみれになっている秀一郎。

「葉月、葉月……葉月……」

私の名前を連呼しながら、彼は、きつくきつく私を抱きしめる。私も震えながら彼にしがみつく。

 

 暫くそうしていると、二人とも、少しずつ震えが治まってきた。


「先に、持っていたストールに血がついていたんだ。だから、気付いた。なんとか、葉月だけは守りたくて、抱きしめてたんだけど、葉月からどんどん血が吹き出してくるんだ。止めようと押さえても勢いが止まらないんだ。もう……俺は……どうしたらいいかわからなくて……とにかく、お前を必死で抱きしめてた……」

泣いている。私は、血でベタベタな手で彼に抱きつき、キスをする。泣きながら、何度も、何度も……。


 血は、前回同様、暫くすると全部消えてなくなった。



 二人とも、精神的に、深く深く疲れていた。

「今日は、仕事を休もう……」

力を使い果たしたように秀一郎が言う。

「そうだね……」

賛成した。



 一日中、ゆっくりと、二人、愛し合った。もう離れたくない。死にたくないし死なせたくない。

 愛し合った。ゆっくりと……ゆっくりと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る