第六章 最終決戦
第41話 教練と新兵器
パイアル公爵の軍師として、セマティク帝国軍の教練に参加していた。
パイアル閣下や軍師の私の指示に従うよう、徹底した基礎動作の反復が行なわれている。
魔術師も私の号令のもと素早く呪文を唱えて魔法を発動する速さを競う。
そこにアンジェント侯爵、オサイン伯爵、アイネ子爵たちが顔を出した。魔術師のユミルさんも付き従っている。
「私の兵たちに余計な合図など教えなくてよい。兵は黙って私の指示に従えばよいのだ」
アンジェント侯爵は私の兵権を認めていない。
身分が並ばれたこと自体を快く思っておらず、つい一年前まで農家の娘だった私の下風に立つを潔しとしないのだ。
まあ確かに急速に勃興した者のことをすぐに信じろというのが難しい話なのはわかる。
しかし今は戦乱の世である。
勢いのある者を頼って自らも栄達にあやかろうとするのが自然だ。
アンジェント侯爵はそういう真似のできる男ではない。
捕虜として過ごしたわずかな時間、少しは人間が変わるかと期待していたものの、偏屈がさらに増したような印象しか受けない。
本人には悪いが、もう少し捕虜として倹しい生活に触れてみるのも勉強になってよかったのではないか。
「アルマータ共和国はおそらく準備が整い次第、再度挙兵すると存じます。今のうちにわが軍の指揮命令系統をしっかりと構築しなければなりません」
「すぐに兵を挙げると見る理由はなにか」
「侯爵閣下と捕虜交換した男はアルマータ共和国が最も必要としています。もしあの男が帰参したら、新兵器とともに攻めてくるのは必定です」
「あの“戦車”とやらを超えるような新兵器があると申すか?」
「はい、さようです、閣下。ですが“戦車”の弱点は前回の戦で露呈しています。まったく同じ兵器は用いないでしょう。ですので次の戦に“戦車”は出てこないはずです」
「であれば、そちの教練など不要。本来の私の用兵でじゅうぶん対処できよう」
「ですが“戦車”ではない新兵器が存在する可能性はあります」
「たとえばどのような?」
少し考えてみた。あのタイラという男、思ったとおりであれば航空機やヘリコプターを作るのに必要な「揚力」を知らないだろう。
であれば、航空機やヘリコプターのような兵器は考えなくてもよいはずだ。
しかし兵器オタクである以上、空を飛ぶ兵器はなんらか考えていないはずがない。とすれば、やはりミサイルだろうか。
三十年前の話であれば弾道ミサイルが最強を誇っていたので、作るとしたらその可能性が高い。
あとは弾頭だが核弾頭が搭載されているかによってミサイルの抑止力がどの程度高まるのか判断が分かれるはずだ。
「おそらく戦場の遠く離れたところから空を飛んでわが軍を打撃する兵器は開発していると存じます。ただその破壊力がどの程度あるのかはわかりかねますが」
試射をしたという報告がない以上、おそらく保有しているのは一発のみ。
欠陥品を複数作成してもものの役に立たないからだ。
「爆薬が積まれていると仮定すると、兵が集結していると一撃で全滅する可能性があります。ですので散開して布陣するのをオススメ致します」
「ふん、そのようなものを撃ち込まれてもわが魔術師が落としてくれるわ」
「もし強力な攻撃魔法を封入できたとしたら、その場にいるすべての者を死に至らしめる可能性すらあります」
「ならこちらからアルマータを攻めれば済むだけのこと。どうせその“空を飛ぶ兵器”は混戦では使えんのだろう?」
確かにアンジェント侯爵のいうとおりだ。
いくら強力な弾道ミサイルであっても、味方が多数いるところに撃ち込めば、たとえわが軍を全滅させたとしても、自軍の損害の大きさに弾道ミサイルを開発した者は責任を問われるはずである。
あのタイラという男にどこまでの理性があるのかが見えない以上、最悪は想定しておくべきである。
「わが軍がアルマータ共和国に攻め込む口実がない以上、それは妄想の産物でしかありません」
「口実はある。私を捕虜にしたという屈辱を晴らすという大義がな」
「そんな個人的な恨みごとを、多くの兵の命を預かる将軍が口にしてはなりません。そこに大義など存在しません」
「なにをほざくか、この小娘が!」
「その小娘のおかげで捕虜から脱されたことをお忘れでございますか?」
「ふん、あの“戦車”の弱点を知っておれば、私はお前以上の戦果をあげられたはずだ」
「その弱点を瞬時に見つけ出すのも将軍や軍師に必須の能力です。侯爵閣下は“戦車”への攻撃を通して、弱点を見いだせたのですか?」
「もちろんに決まっておる。ただ、兵士が足りていなかっただけのこと」
これ以上口論しても無意味だろう。
だがアンジェント侯爵のような考え方は、軍を率いる者として恐怖を禁じえない。
こんな考えでは「生きて虜囚の辱を受けず」とは戦陣訓の一節だが、そのような玉砕思考によって下々の兵を無駄に死なせてしまうだけである。
なんとかして、アンジェント侯爵を前線に立てないようにしなければならない。
だが、策謀を張り巡らせて陥れるのは私の主義に反する。
心の師である孫武は「死間」として利用するだろう。「死間とは、誑事を外に為し、吾が間をしてこれを知らしめて、敵の間に伝うるなり」とは『孫子の兵法』用間篇第十三の言葉だ。
アンジェント侯爵はもはやその程度の存在価値しかないのかもしれない。
そうならないためにも、なんとか翻意してくれることを願っているのだが。
こればかりは戦場での振る舞いを確かめるより他ない。
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