第29話 前伯爵の日記
食事を終えるとランプを用意してもらって書斎へ入った。
いよいよ前伯爵の日記を読んでみよう。
私を異世界転生させた理由が書いてあるかもしれない。
まず梯子を例の書架に立て掛け、昇って『勇者召喚魔法大全』を手にとってしばらく動かないでおく。
すると梯子とともに書架が動いて隠し部屋へとやってこれた。やはりこれが隠し部屋を開く鍵だったようだ。
さっそく前伯爵の日記の最後のページを見た。
人の日記を読むとき、頭から読み始める人はいない。誰もがそこに書かれている最も新しいものを読みたがるのだ。そして私もその他大勢と大差なかった。
〈難しい儀式がようやく終わった。あとは転生者を探すだけだ。しかしどのような者に転生しているのかはまるでわからない。そもそも今から長じるまでと考えれば十八年ほどは待たなければならないのだ。私は異世界の勇者を転生させ、その者を過去へ飛ばす魔法と組み合わせた。これが成功していたら、三年ほど待てば転生者が頭角を現すだろう。陛下にそのことをご報告申し上げ、イーベル伯爵号を陛下に預けることとした。私の余命は幾ばくもない。願わくば転生者が新たなイーベル伯爵とならんことを願うばかりである。〉
抜粋したが、このとおりだとすれば、少なくとも陛下は転生者が現れると確信していたことになる。
あとはどこまで話がついていたのかだが、パイアル公爵は知っていただろう。
ユーリマン伯爵は知らなかったのだと思う。
もし知っていたら私の手並みを拝見などせず、私の指揮下で戦っていただろうからだ。
そして軍官吏のカイラムおじさんもすべてではないと思うが知っていたはず。
つまり時空を超える遠大な計画が、その真実をほとんど知りえない多くの人たちの裏で動いていたことになる。
そもそもなぜイーベル伯爵は異世界転生者などを招こうと考えたのだろうか。日記をめくっていくと、興味深いものが目に入ってきた。
〈アルマータ共和国は異世界転生の秘術を用いて、さまざまな技術革新を起こしたとされている。これによりアルマータ共和国は周辺諸国を併呑して急速に領土を拡大したのだ。このままではいずれセマティク帝国も飲み込まれてしまうだろう。大陸を統一できれば戦乱は終結するのだから、そのための戦は肯定される可能性がある。現に周辺諸国は戦うことなく飲み込まれていった。それだけの技術革新はこの世界をより豊かにはすることだろう。しかし、この世界出身の者ではない人物による大国化は万人が認めるとは思えない。私たちも異世界転生の秘術を用いて対抗手段を模索しなくてはならない。なによりアルマータ共和国はすでに二十五年も前に異世界転生者を召喚しているのだから。〉
となれば、私の敵は異世界転生者を抱えているアルマータ共和国ということになるのか。
戦って勝つのは用兵家としての矜持だが、相手もまた異世界転生者である。
本当に倒してしまってよいのだろうか。
アルマータの転生者と手を組み、大陸諸国に同盟を結ばせられないのか。
〈アルマータ共和国の転生者が誰かは今のところわからない。おそらく表に出ないことで身を守っているのだろう。〉
私はこのまま軍を率いていてだいじょうぶなのだろうか。
まあ用兵家を求めて秘術の儀式を行なったのだから、私の身の安全より軍事的成果をあげることを優先させられているのだろう。
もし私が統一に失敗したら、帝国そのものが瓦解しかねないわけだ。
改めて重責を感じざるをえない。
〈アルマータ王国が政体を共和国とやらに転換した。国王は大統領を名乗り、各国と軍事同盟を結んでいる。そうして急速に勢力を増し、今や大陸一の覇権国となった。なぜ王制が共和制とやらに転換することになったのか。国王が権益を放棄して国庫を民衆に開放し、民心を掌握した手腕は注目に値する。〉
もし私と同じ日本人が転生者であれば、象徴天皇制の民主国家になっていた可能性が強い。
それが「共和国」と「大統領」なのだから、外国人が転生しているように感じられる。
まあ「西洋かぶれの日本人」である可能性は否定できないが。
仮に「西洋かぶれの日本人」だった場合、言葉は通じるはずだから戦場に出てくれば突き止められるかもしれない。
またアルマータ共和国の異世界転生者は、現代人である可能性が高い。
ただ携帯電話がスマートフォンでなくあくまで魔法電話でしかない。
魔法馬車も最新式の電気自動車とは一線を画すだろう。
となれば三十年ほど前にこの世界へ転生してきた者であり、今は三十歳ほどと見てよいだろう。
であれば、アルマータ共和国が新たな転生儀式を行なわないかぎり、私より先に死ぬのが当然だろう。
ということは、先方の転生者が死ぬのを待ってから軍事行動を起こすのが得策かもしれない。
戦の手並みはわからないが、共和制にしろ大統領制にしろ「政治に詳しい」と見るのが普通だろう。
そのうえで自分が欲しかったものは形を変えて実現していく。
これは本当に知性のある者の仕業といえるのか。
前伯爵を悩ませていたアルマータ共和国の異世界転生者は、これからどういう手段に打って出てくるのか。
私も頭を悩ませなければならないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます