第28話 隠し部屋
書架が壁に引き込まれ、梯子を昇っていた私もろともとある空間に入り込んだ。
そして書架がスライドして再び元あった場所へ戻っていく。
トラップ、にしては仕掛けがよくわからない。
梯子を降りて隠された部屋の中を見てみた。
完全に真っ暗というわけではなく、書架のわずかな隙間から照明が漏れているようだった。
そもそも使用人が毎日清掃しているのだから、この仕掛けにも気づいているはずである。
それともなにかで封印されていたのか。
わずかな明かりを頼りに隠し部屋の中を見ると、ランプが置いてあった。
しかし、火種がないので灯すことができない。
試しに取っ手を掴んで持ち上げてみると明かりが灯った。
どうやら魔法のランプのようである。
明るくなった隠し部屋を見渡すと、難解そうな書物と日記を見つけた。
書物の題名は『勇者召喚魔法とその全容』。
今手元にある表にあった書物となんらかの関係があるのだろうか。
しかし夕食まであまり時間がなく、内容を精査している時間はない。
とりあえずこの部屋の存在を知ったので、あとは食事を済ませてから詳しく調べよう。
出口が見当たらないのだが、入ったときの反対を行なえば出られるだろうと考えた。
まず魔法のランプを消して表の書物を手にとり、漏れてくる灯りを頼りに梯子を書架の裏にかけてみた。
そしてそれを昇っていくと……。
案の定、書架が動いて表の部屋に到着した。
これで入り方と出方はわかった。
あとは食事の後にでも謎の書物と日記を読ませてもらおう。
とりあえず手に持っている『勇者召喚魔法大全』を紐解こう。もしアルマータ共和国が異世界転生者を手に入れて勃興したのであれば、同じことを私ができないともかぎらない。
魔法道具を作るにしても、機械の仕組みではなくどういうことができる道具、というアイデアだけで魔術師が作成できるのではないか。
だから魔法電話や魔法馬車などが実現しているのかもしれない。
『勇者召喚魔法大全』にはいくつかの条件が課されている。
そのひとつに「存命中の人物であること」とあった。
これはそうだろう。
死んだ人間を呼び寄せられるのなら、わざわざ私を召喚しなくても、孫武本人を召喚したらよいのだから。
ちょっと待って、じゃあ私は死んで転生してきたわけじゃないの?
確かに私には死んだ記憶がないんだけど。
でもラクタルとして生きてきた経験が私の中にあるのだから、転生したのは間違いないと思うんだけどなあ……。
前世の記憶を持っているのだけど、どういう死に方をしたのかはわからない。
魔術師ならわかるのだろうか。
であればアルメダさんに頼んで私の前世での死に方を聞き出したほうがよいのかもしれない。
多少怪しまれるだろうけど、知らないよりは知っていたほうが精神的な支えになってくれるだろう。
もし仮にこちらの世界の何者かによって殺されて転生してきたのであれば、私は狙い撃ちされたことになる。
だから前イーベル伯爵が魔術師と結託して、最善の人物として私コオロキ・テツカに狙いを定めて殺し、こちらの世界へ転生させたということもありうるのだ。
そのあたりの事情は、きっとあの日記に書かれているに違いない。
だが、あの部屋のことは誰にも知られてはならない。そんな気がしている。
前世の私を誰かに知られたら、私はきっと用済みになってしまうだろう。
転移であれば私よりも若くて兵法に詳しい人物を探す必要はあるが、転生ならば兵法を研究している老科学者が標的にされてもおかしくはないのだ。
なぜ私が選ばれたのか。
とりあえず手元にある『勇者召喚魔法大全』を読もうとしたが、あまりの分量でいきなり挫折しかねない。
さしあたり目次をたどって興味を惹きそうな見出しを探していく。「勇者召喚の基礎知識」「勇者召喚で用いる魔法陣」「勇者召喚に必要な生贄」──生贄が必要なのね。
私の場合は誰を生贄にしたのだろうか。羊だったらどんなに気が楽か。
そうしてめくっていくとある行が目に入った。
「召喚された勇者の見分け方」おそらくここに、私がこの世界に転生してきた人物だと陛下や公爵閣下が気づいた理由が書いてあるはずだ。
急いでページをめくってその項目を読んでみる。
なになに、「うなじに召喚で使用した魔法陣の形をしたあざがある」……。
えっ? うなじにそんなものが描いてあったの? 今までまったく気づかなかったんだけど。
確かに戦場では鎧を着るためにポニーテールにしていたからなあ。それで私のうなじを見たカイラムおじさんが真っ先に気づいたのかもしれない。
そこからの特別扱いを考えれば、なんら不思議なことではない。
しかし転生者本人がわからないあざが決め手となるなんて。
人生なにがあるかわかったものじゃないわね。
っていうことはもしかして、私の世界にも転生者がいて、数多くの発明をなした可能性もあるのよね。
その人たちもうなじにあざがあるのだとしたら。これはちょっとしたファンタジーね。
すでにこの世界に転生してファンタジーを味わっている私が言うのもなんだけど。
するとエミリさんが夕食の準備ができたと報告にやってきた。
書物を読んでいるとすぐに時間がなくなるな。
書物を元あった場所に戻して梯子をかけ替えてから、エミリさんの後をついていった。
食堂の近くまでくると、鼻とお腹を刺激するいい匂いが漂ってきている。
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