第15話 危険なお誘い

 翌朝、さっそくアンジェント侯爵から招待状を受け取った。

 この手際のよさは長年宮廷闘争をしてきた手腕の一端かもしれない。


「ボルウィック、さっそく侯爵閣下からお誘いを受けたわ。あなたにも付いてきてもらいます」

 感情を戦いの中に置いてきたようなボルウィックは、ふたりきりの執務室であっても声を潜めた。


「これは婚姻を前提とした候補の方とのお見合いです。護衛が付き従うのは分不相応ではございませんか?」

「あなたはもう忘れてしまったのかしら。私はアンジェント侯爵の縁戚であるアイネ子爵の手によって殺害されそうになったのですよ」

「とおっしゃるに、今回のお見合いは口実で、ベルナー子爵夫人を暗殺しようとの企みと考えておられるのですか?」

 職務に忠実なボルウィックは、よい相談相手になりそうだ。

 私が気づかない立場から見た意見をストレートに伝えてくれる。


「そう、でもそれだけじゃないのよ。あなたに付いてきてもらうのは」

 不思議そうな表情を浮かべている。

「私はまだ結婚するつもりはないわ。お見合いをていよく断るために、あなたを傍に置いておくの。そうすれば『結婚しても指一本触れられないのではないか』と相手に思わせられるわ」

「なるほど。やはり策士ですね。こちらから断ると角が立つので、相手からあきらめさせようと」

「そういうこと。だからあなたもただちに外出の支度をなさい」


 ◇◇◇


 正装を身にまとった私たちは、アンジェント侯爵が指定した場所で見覚えのある青年に出会った。

「アイネ子爵、なぜここに」

 彼は陛下から謹慎処分を受けているはずだった。


「大叔父が私の処分を取り下げてくださいました。あなたは誤解しておられるので、その釈明の場を設けていただいたのです」

「誤解とは?」

「私がベルナー子爵夫人を襲った者たちを裏で操っていた、などという誤解です」


 ボルウィックに付いてきてもらって正解だったわ。

 おそらく結婚を承諾すれば自分たちの陣営に私を取り込める。

 断ればおそらく伏せてあるだろう兵を使って私を殺そうと企んでいる。


「しかし、その言質をとったのは他ならぬ憲兵と官憲です。この国で最もすぐれた捜査機関が導き出した結論ですわ」

「あれはおそらく黒幕が私を陥れようと画策したからに他なりません」

「あなたを陥れる、ですって? では誰が画策したのかしら」

 アイネ子爵は声を低めた。


「パイアル公爵です」

 まあこう言うだろうと考えていたから、とくに驚きはなかった。

 しかしそれを気取られるとおそらく伏兵を呼んでしまうだけだろう。


「まあ、そうですの?」

「はい、私にあなたを殺す理由はございませんから」

 適当にあしらっておくか。

「ですが、農家の娘が戦場で手柄を立てた結果の子爵夫人ですから、なにもせずに階級が並んでしまったあなたは苦々しくお思いになったかもしれませんわ」

 穏やかだった左頬がピクリと動いた。図星か。


「そのような狭量な輩と一緒にしないでいただきたいですね。あなたの軍才に感嘆こそすれ苦々しく思ったことなどございません」

 さて、このあとどう展開したものか。

 とりあえず話を合わせてしまうと結婚を内諾を与えたように受け取られかねない。

 しかし真正面から断ってしまうと、おそらく伏兵を招くことになるだろう。

 ここはパイアル公爵の言葉を信じてみようか。

「せっかくのお申し出なのですが、爵位が上の女性と結婚なさる覚悟はお持ちですか?」

「爵位が上、ですと?」

「そうです。次の戦で功績を立てれば、私は亡きイーベル伯爵号を陛下から拝領する運びとなっております。つまりあなた様は私に仕える者のひとりとなってしまいますが、それでもよろしいのですか」


「それはまことの話でしょうか?」

「陛下の言葉を偽るような女に見えるのでしたら、始めから結婚などしないほうがあなた様のためでしょう。これからずっと私に偽られ続ける結婚生活となるのですから。陛下が確約していることを信じるのなら、あなた様は私の配下のひとりとなります。結婚としては不相応になりはしませんか?」

 アイネ子爵が少しあごを引いて私に気づかれないよう左右に目を配っている。

 伏兵を出そうかどうか迷っているのだろう。


 私の言い分が正しいとすれば、陛下の恩寵に与る女を殺してしまえば、不興を買って死罪だってありうる話だ。

 ボルウィックが子爵に気づかれないように腰の長剣に手をかけた。

「それは私が知りえなかったお話ですね。確かに未来の伯爵の非保護者たるは私の矜持に反します。ですが、私には事の正否は判別致しかねます。今回の婚約話は日を改めて、あなた様が手柄をあげて伯爵となるかどうかを見守らせていただいてからと致します」

 どうやら伏兵に私を殺させることは思いとどまったらしい。

 後方に控えていたボルウィックに向かって左手を斜め下に軽く振って合図した。


 それを察したのか柄から手を離し、ゆっくりと私のそばまで音を立てずにやってきた。

 気配を感じさせないその身のこなしは猫のような。いや、強さだけでいえば獅子をも超えるんだったっけ。


「それでは私は帰らせていただきますね。職責を果たさねばなりませんので。アイネ子爵も割り当てられた職責を果たしてくださいませ。それではボルウィック、帰りましょうか」



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