第12話 顛末
捕らえられた襲撃者から事情聴取した憲兵隊と官憲から、調査報告書を受け取ったパイアル公爵に呼び出された。
ただちに公爵の館へ向かい、執務室に通されると、さっそく調査報告書を手渡されて、それに目を通していく。
「ベルナー子爵夫人としては、今回の件をどのように収めたいのかな?」
襲撃犯の統率者はアイネ子爵の侍従とつながっている。
アイネ子爵はオサイン伯爵、アンジェント侯爵とつながっており、最後までたどっていくとアンジェント侯爵にまで累が及ぶ可能性がある。
まさかここまで大きな陰謀に巻き込まれていたとは思わなかった。
「アンジェント侯とつながりがあるといっても、おそらくアイネ子爵あたりで切り捨てられるだろうな」
「軍事というより政治の判断ですね」
「そういうことだな」
『孫子の兵法』は戦場で優位に動けるように、政治の態勢を整えておくことを是としていた。
戦場での指揮権を揺るぎないものにしなければ、たいせつな場面で兵が言うことを聞いてくれなくなる。
「道とは、民をして上と意を同じうせしむるなり。故に、以て之と死すべく、以て之と生くべく、而して危うきを畏れざるなり」とは『孫子の兵法』始計篇第一に記されている言葉だ。
民が上の者と同じ志を有しているから、生死をともにして危険にも恐れることがない。
また『孫子の兵法』謀攻篇第三に「上兵は
下っ端同士で戦い合っても根本的な問題は進展しない。
陰謀の段階で敵を押さえてしまえば、未然に防げるし最小の労力で最大の効果をあげられる。
ここはアンジェント侯爵に貸しを作る意味でも、そこまで高位の者を巻き込まず、下位の者だけ処罰して「私は本当の首謀者を知っている」と無言の圧力をかけるのがよいだろう。
「パイアル閣下、おかげさまで首謀者は判明致しました。しかし、これをそのまま公にしては帝国内で勢力を二分した内乱に突入しかねません。ここはアンジェント侯爵を牽制する意味でもアイネ子爵の手のものが首謀者ということで手を打ちましょう」
「それでよいのかなベルナー子爵夫人」
「はい。証拠はこちらが押さえているのですから、次になにかあったら侯爵にも累が及ぶような物言いを官憲に伝えさせ、恩を売って実をとりましょう」
パイアル公爵は、ほうと感嘆した。
「先頃まで農家の娘だった者の考え方ではないな。政治にもよく通じておる。どこで学べばここまで利発になるのやら」
「私にはあくまでも軍才があるのみです、閣下。相手が
「では実行犯を獄につなぎ、その指示役としてアイネ子爵に謹慎を命じる。それでよいのだな」
「はい、閣下」
パイアル公爵の申し出が最も穏便に事が解決し、私が害される可能性を減らすものであることは疑いない。
閣下の引き立てがあるうちは、私には無限の翼が宿るのである。
「閣下、できればでよろしいのですが、捕らえた実行犯をある一定期間獄につないだのち、わが隊に加えたいのですが」
さしもの閣下もこの申し出には不意を突かれたようだ。
「自らを害そうとした者を雇いたいと申すのか?」
「はい。隠密活動に精通しているのであれば、これから私の役に立ってくれると存じます。私の敵は異民族だけでなく巨大国家アルマータ共和国です。かの国と渡り合うには、いかに相手の正確な情報を手に入れられるかが問われます」
悩んでいたようだが、私の意図は伝わったのだろう。
「確かに一から諜報網を築くより、今あるものを流用したほうが手っ取り早いか」
「私はまだ子爵になったばかりです。育成をしている暇もありませんので」
「それならベルナー子爵邸の自室も活用するべきだな。貴族の屋敷は警備もしっかりしている。街の魚屋の二階に住んでいると、いつ襲撃を受けるかわかったものではないぞ」
権威の象徴のように感じて敬遠していたのだが、確かに警備の手を煩わしているのは間違いないだろう。
「さようでございますね、閣下。これより自室を移したいと存じます」
「そうじゃな。もし次の戦いで目覚ましい武勲をあげれば皇帝陛下直々にイーベル伯爵号を授けることになっている。今は継ぐ者もいなくなった旧伯爵号だが、ベルナー子爵家よりも邸宅は広く、いっときはアンジェント侯よりも権勢を振るっていたほどだ。そこを目指して精進するにしても、当主が魚屋の二階に住まっていては示しがつかんからな」
「おっしゃるとおりですね。では仕事が終わりましたらベルナー子爵家へ引っ越しを致します」
「いや、今すぐ行ないたまえ。警備費用を浮かすのも貴族の役目だぞ」
「はい、今すぐに」
パイアル閣下の執務室から退室すると、ただちにボルウィックを伴ってアリアさんの二階を目指した。
短い間だが、この世界へ転生した私にとっては初めて楽しい会話ができた場所だった。
別れは惜しいが、国庫へ無駄な出費をこれ以上するわけにもいかなかった。
軍事面で才能を発揮するだけでなく、国政での重要な役割も期待されているのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます