第11話 襲撃

 事務作業が終わると組紐の束をポケットにしまい、新たに加わる中隊員との顔合わせを済ませたら、宿舎へ帰ることになる。

 軍に入ってからは、これまで魚屋のアリアさんのところで下宿していた。

 いちおうベルナー子爵家に養子縁組されて子爵夫人の肩書を持ってはいるのだが、子爵家に設けられた部屋を使う気にはなれなかった。

 もし寝言でも聞かれて私が異世界から来たと知られでもしたら面倒なことが起こるからだ。


 今日もアリアさんのところへ帰ろうと、ボルウィックを伴って裏道へ踏み入った。

 しばらく歩いていくと、彼が身をかがめて耳打ちしてきた。

「どうやら取り囲まれていますね」


 やはり来たか。日中に警告したから律儀に夜に襲撃してくるとは。

 妙に義理堅いというか杓子定規というか。


「ウィケッドとバーニーズからの合図を待ちます。それまではあなたに任せますので、できれば五体満足な状態でできるだけ多くの敵を倒してください」

「ずいぶんと贅沢な要求ですな」

「襲撃者の裏をたどるには、この者たちから真実を聞き出す以外にありませんからね」


「確かに……。できれば彼らが早く配置についてくれればよいのですが」

「だから、敵を誘い込んだら、あなたの強さを大げさに印象づけて、容易に飛びかかってこられなくしてしまいましょう」

「ということは、出だしは本気で倒しにいってよろしいんですね」

「五体満足で、という条件は変えませんよ」

「まあ素手で獅子と対決したときよりはましでしょう」


 軽口を叩いてきたと同時に家の壁に押しつけられ、彼は腰の長剣を引き抜くと飛び苦無を次々と払い落としていった。

 そして振り仰ぐことなく上空から襲い来る刺客を剣の腹で強かに打ち据えて地面に叩きつけた。

 私は顔を隠したまま気絶した男の両手を後ろに回して組紐で親指をきつく縛る。

 さらに靴を脱がして両足の親指も結いていく。

 しかし、この世界の人は足が臭いなあ。臭い消しの石鹸なんて貴族や商人くらいしか使っていないから。

 私だってアリアさんのところで使うまでは汚い生活をしていたくらいだし。


 ボルウィックのあまりの手際の良さに、襲撃者は姿を現して剣を引き抜いて間合いを詰めてくる。

 黒装束で顔を隠した四人が近寄ってきた。

 これは陽動だ。

 注意を彼らに引きつけて、本命の刺客は意識外のところから飛びかかろうと狙っているはず。

 周囲をせわしなく見渡して、見えない刺客がどこから現れるかを考えていく。


 可能性があるとすれば、ボルウィックが私の背を預けたこの家から突然飛び出して虚を突くことだろうか。

 となれば、このまま壁際に張り付いているのは得策ではない。


 そのとき突如家の木扉と木窓が開いて黒装束がふたり飛び出してくる。

 やはりそうだったか!

 私は急いで腰の短剣を引き抜こうとしたが、慌てていたこともありうまく引き抜けなかった。

 落ちついて短剣を抜こうとしたスキを、黒装束が待っていたかのごとく、手にした剣を突き刺そうと突進してくる。

 ダメ、避けられない!


 ボルウィックが黒装束の四人へ長剣を大きく一閃して牽制するとともに私に飛び込んでくる刺客へ後ろ回し蹴りを放ってまずひとりを行動不能に追い込んだ。

 もうひとりの刺客が迫ってくる中、短剣を抜き払って敵の剣を下から跳ね上げた。

 ちょうどよく決まったため、敵の剣をうまく弾き上げたところに、ボルウィックの拳が顔面をとらえて刺客はその場で崩れ落ちた。


 ボルウィックのあまりの強さに、距離を縮めようとしていた黒装束の四人は少し距離をとった。

 このスキに、のびている襲撃者の両手の親指同士と両足の親指同士を結いていった。


 さて、これで時間は稼げたはず。すでに配置についている可能性が高いけど……。

 裏道の両側で、燃える松明が上下に揺れている。

 ようやく準備完了か。

 短剣を鞘に収めてゆっくりと立ち上がり、襲撃者たちをにらんだ。


「私をベルナー子爵夫人と知っての狼藉か」

 返答はないようだ。

 まあそっちがそのつもりなら、あとは全員捕縛して取り調べを受けてもらうだけだ。


「子爵夫人、彼らをどうなさいますか?」

「全員殺すのも芸がないわよね。誰の指図かくらいは話してもらいましょうか」

 静寂があたりを包む。


「これが答えというわけね」

 黒装束同士がうなずきあうと、裏道を左右に分かれて逃走を図った。

「ウィケッド、バーニーズ、出番ですよ」

 私の大声で裏道の出口で待ち構えていたふたりが行く手を遮った。

 しかも彼らの後ろには大勢の憲兵隊と官憲が立ちはだかっている。


 その様子で観念したのか、襲撃者は武器を捨てて捕縛されていった。

 ボルウィックが倒した刺客も引き渡し、憲兵隊と官憲の指揮官があいさつにやってきた。


「ベルナー子爵夫人ですね。御身に大事はございませんか?」

「ありません。この者たちから襲撃の背後関係を探ってください。私はパイアル閣下から子爵号を下賜されたばかりですが、なにゆえ狙われねばならぬのか合点がいきませんゆえ」

「はっ、身柄を確保できましたので、一両日中には誰の指示なのか判明すると存じます」

「魔法で口を割らせてください。拷問などもってのほかです」

「かしこまりました。それではまた後日にでも」


 憲兵隊と官憲が襲撃者を一網打尽にして身の安全は確保できた。

 やはり貴族となったからには市街地に住むのは控えたほうがよいのだろうか。

 このままでは不貞な企みを抱く者に襲撃の機会を与えてしまうだけだ。



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