第8話 中隊長と子爵号

 戦場を逸早く離脱して帝都アーセムに帰着した。

 謁見の間まで進むとすぐに軍官吏であるカイラムが軍幹部へ戦果の報告に向かった。


「でも、まだ戦闘しているアンジェント侯爵の許可を得ずに帰参したのはまずかったかもしれないな」

 ウィケッドは慎重な物言いだ。


「そうかしら。私としては無用な追撃戦に血道をあげている無能な人たちという印象でしかないわ。カイラムがきちんと報告すれば、将軍であるパイアル公爵なら事の是非を瞬時に見抜くでしょうね」

 カイラムさんが同じ制服を着た人を二名、屈強な男を六人連れて戻ってきた。


「倒した敵指揮官の遺体と、捕らえた二人の高級士官をこちらに引き渡してほしい。彼らの口から真実を聞いたのち、恩賞を授けることとする」

 その言葉に従い、私たちは敵指揮官と二名の高級士官を軍官吏たちに引き渡した。


「できれば捕らえた彼らの身の安全は保証していただけませんか? このふたりは抵抗することなく捕まりました。帝国に歯向かう気はないのです」

「ラクタル嬢ちゃん、わしに任しておけ。パイアル閣下が直々に査定してくださることになっておる。味方は一兵卒でも将官と変わらず接するほどの良識派じゃ。小隊全員の働きもしっかり報告してくるわい」

「わかりました。カイラムさんもあまり無理はなさりませぬように」

 パイアル将軍が頼りになるのかどうかで、中隊長への昇進が決まるだろう。


 小隊を率いて初の戦闘だったが、我ながらこれだけの手柄を得られるとは思わなかった。

 もう一度戦場で同じ手柄を立てるのはなかなかに厳しい話だ。

 それにこれで中隊長になれなければ、せっかく知己を得た魔術師アルメダを仲間に引き入れられない。


 すると出入り口から武装した兵士が謁見の間に入ってきた。しかも大量に。

 私たちはすっかり囲まれてしまうと、バーニーズが剣を抜こうとしていた。

「なんだこいつら。一戦交えようっていう腹か?」

「バーニーズ、剣から手を離してください。これは単に身分の高い方がお見えになるという証です」

 正面から階級の高そうな兵士たちが近づいてきて、武装を解除するよう促してきた。


「皆さん従ってください。そうしなければ恩賞は得られませんから」

「これも恩賞のためなのかい、隊長」

 私は進んで槍と短剣を預けるとすぐに鎧を脱いで兵士に手渡した。彼らは元いた場所に戻らず、私たちの十歩横にそれらを置いていく。


「ほう。カイラムが目をつけた小隊長はさすがに剛毅だな。武器などなくても私たちに勝てるつもりでいるようだ」

 すると、きらびやかな衣装をまとった体格のよい壮年の男性が現れて、正面の椅子に腰を下ろした。

 これがパイアル将軍か。

 なかなか抜け目のなさそうな雰囲気を漂わせている。


「いえ、私たちはきちんと手柄を立てて戻ってまいりました。正当な恩賞を頂きたいだけです」

「ほう、手柄とな。確かに捕らえた二名の高級士官から、お前たちが倒したのが敵指揮官であることの証言はとってある。まさに赫々かくかくたる戦果だな」

「恐れ入ります」


「だがアンジェント侯爵がまだ交戦中に帰国した理由を教えてほしいのだが、話してもらえるかな、お嬢さん」

「小隊長のラクタルと申します、閣下」


「すまなかった。ラクタルよ、なぜ侯爵が戦っているのに帰国したのだ?」

「戦いはすでに終わっているからです、閣下」

 パイアル将軍はまなじりをわずかに上げた。どうやら気に入られたようだ。

「戦いがすでに終わっているとはなぜかな?」

「軍の指揮官はすでに倒され、高級士官を二名捕らえられているのです。これで異民族軍は組織的な抵抗ができなくなっております。つまり死に兵です。死に兵をいくら倒したところで功績など誇りようもありません」


「倒した兵士の数で恩賞が決まる、とは考えなかったのか?」

「パイアル閣下ともあろう方が、味方の兵士を無駄に危険に晒すことを是とするとは思いませんでしたので」

「ほう、私なら逃げ散る敵兵士は追わない、と」


「はい、確かに反撃の手段を失って壊走していると見ることもできます。ただ、もしこれが擬態で、わが軍を深く敵領内に誘い込み、伏兵で包囲殲滅する策とも考えられます。宿将と名高い閣下なら、おわかりいただけるかと」

 パイアル公爵は立派に蓄えたあごひげを撫でながら話を聞いていた。

「やはりカイラムが見立てたとおりの人物だな」

 カイラムが戻ってきて私の左隣に控えた。


「よろしい。ラクタルの申し開きは至極まっとうなものである。戦いはすでに勝敗を決しており、これ以上の追撃は無用である。ただちにアンジェント侯爵らを引き上げさせよ」

 伝令と思しき人物が謁見の間を勢いよく駆け出ていく。


「此度の戦は、ラクタル小隊の功績が大であり、軍功第一である。ラクタルを中隊長へ進めるとともに、配下も一階級昇進させる。褒美は別室に用意してあるので、それを受け取ってから解散するように」

 褒美が確約されて隊員は皆安堵の声を漏らした。

「ボルウィック。お前にラクタルの身辺警護を任せる」


 ボルウィックと呼ばれた美剣士が歩み出て、まず私に一礼し、そしてパイアル将軍に一礼してカイラムとは反対側の右隣にひざまずいた。


「ボルウィックはこう見えて大陸随一の剣豪だ。一騎討ちを挑まれたらこのボルウィックを使え。ラクタル、お前の智謀はわが国の宝だ。戦場に出たら必ず生きて帰ることだけを考えよ。お前が生還しさえすれば、敗軍の責は問わん」

「しかし、それでは部下に示しがつきません。敗軍の将はそれにふさわしい罰を受けるべきです」

「そういうまともな軍事センスを持っているから、お前は宝なのだ。よろしい、敗れたときは容赦なく処罰するので以後気をつけよ」

「はい!」


「ただこのまま中隊長に進めるわけにもいかん。中隊長は貴族から選ばれねばならぬからだ。そなたは農民の出。諸将の反発も考えられる。そこである貴族の子息と養子縁組ということにしたい」


「養子縁組……ですか?」

「そうだ。とりあえずそれで体裁は保てる。あとは陛下へ具申して、世継ぎがおらず取り潰された伯爵家の名跡を継ぐことになろう。それでは本日の謁見はここまでとする。中隊長には特権が与えられる。詳しくはカイラムとボルウィックに聞くがよい。ではラクタル中隊を褒美の間へ案内せよ」



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