第6話 雌伏

 二週間後、異民族軍が帝国に攻めてきた。


 アンジェント侯爵率いる大隊麾下としてラクタル小隊は総員十二名だが漆黒のローブをまとった魔術師アルメダさんを伴っての出兵である。

 魔術師を随伴したことで遊撃の位置に据えられた。


「ラクタル嬢、私がいたらあなたに軍功を立てる機会はやってこないの。それでも中隊長へなるにふさわしい軍功をあげられるのなら、評価してあげてよくてよ」


 直属の中隊長オサイン伯爵はただ馬上にあり、目の前で繰り広げられる戦にはまるで関心がないようだった。

 確かにこれでは軍功の立てようがないかもしれない。

 しかしアルメダさんを正式に加えるにはなんとしてでも中隊長にならなければ。

 それには機を逃さない戦術眼が要求される。


 前線の激しさは先の戦いで経験した。

 一兵卒が槍と短剣で対峙する相手の命を奪っていく。

 あの生きた敵を突き刺した柔らかくて弾力のある手応えや槍から伝わってくる相手の命の熱は、今でも憶えている。

 できるだけ敵兵を殺さずに相手を撤退に追い込む戦術的条件を整えるべきだが、小隊長では千人規模の小競り合いで他を出し抜く功績をあげる機会はやってこないかもしれなかった。


「アルメダさん、私を戦場が見える高さまで持ち上げてくださいませんか?」

「それで軍功が得られるのかしら。まあいいわ。今回はあなた直属の魔術師ですものね」

 そういうと短い呪文を唱えて魔法の杖を私に向けた。

 すると体が軽くなっていき、少しずつ宙に浮いていく。


 これって、もしかして“無重力”なのでは。

 ということはアルメダさんは重力を操る魔法が使えるってことよね?

 この世界では当たり前の魔法なのか、彼女特有なのか。

 もし後者なら彼女を手放したがらなかった大隊長や中隊長の気持ちがわかるわ。


「アルメダさん、止めてください。ここでいいです」

 持ち上げられた高さは馬上のオサイン伯爵とほぼ同じだった。なるほど、馬上にいれば全体の動きが手にとるようにわかるわけね。

 だから武将は馬に乗って指揮しているのか。


 長らく均衡が続いていたが、戦況に変化が生じた。

 異民族軍が攻勢を強めて帝国軍アンジェント大隊の前線を押し上げにかかったのだ。双方の火炎魔法、電撃魔法が入り乱れる。

 ここにきてオサイン中隊長は私に向かって指示を出した。

「ラクタル小隊、ただちに前線に赴いて忌々しい異民族軍を押し戻せ!」


 この指示は適切なのだろうか。

 確かに前線が押し込まれているから押し返そうと考えるのは当たり前かもしれない。

 でもそれは消耗戦に付き合うのと同じこと。

 小隊直属で、前回の歩兵隊の軍官吏だったおじさんから上官の命令に従うよう督促される。

 しかし、形勢をひっくり返す策の入る余地は本当にないのだろうか。


「ラクタル嬢、降りてらっしゃい。今魔法を解除しますからね」

 アルメダさんはあやしていた子どもを下ろすかのごとく、こともなげに言ってのけた。


「アルメダさんちょっと待ってください。ポイントが絞れそうなんです!」

 彼女にわずかながら抵抗してみる。

 異民族軍は確かに攻勢を強めているが、それまで長い間戦力は均衡していて前線が動いていなかった。

 ということは、異民族軍としてもそれほど余裕はないのかもしれない。

 最後の力を振り絞って前進を続けているのだとしたら……。


 そうか、攻勢が限界に近づいているんだ。

 これは程なくして敵はいったん兵を下げて軍を再編しなければならなくなる。

 その好機が訪れるのを待って一挙に異民族軍を叩けば形勢は瞬時に逆転するはず。

「アルメダさんわかりました。下ろしてください」

 アルメダさんがまた短い呪文を唱えて魔法の杖を私に向けた。

 すると体は徐々に降りていき、地面に両足をしっかりと付けて再び重力を感じた。


「ラクタル嬢、なにがわかったのかしら?」

「敵はじきに兵を退いて軍を再編します。その後退に合わせて突撃すれば、敵は混乱に陥ります。そこを突けば勝負は一瞬で決まります」

「しかしラクタル隊長、中隊長オサイン伯爵の命令に従いませんと軍規に関わりますが」

「軍官吏のおじさん、心配はご無用です。今から戦場へ向けて前進を開始しますから」

「隊長、これで次は中隊長へ昇進できるのか?」

 副官のウィケッドがなにやら心配そうにこちらを見ている。

 先の戦いでの指揮ぶりを見ているとはいえ、これだけ混戦模様の中で私の策が当たるのか不安なのだろう。


「それではラクタル小隊、戦場へ移動致します。全員私に付いてきてください」

 移動中、敵軍はさらに攻勢を強めていた。

 この状態の敵と考えもなしに正面から戦うのは死にに行くようなものだ。

 おそらく中隊長としては農家の娘が小隊長というだけで存在を許せないのかもしれないが。

 だからといって、中隊長の思惑どおり消耗戦に引きずり込まれるつもりもなかった。


 前線に到着してもそこで止まらず、さらに前進して敵の側面に位置取った。

 あとは攻撃を開始する機会を窺うことに集中する。


「アルメダさん、呪文はなにを使えますか?」

「ひととおり扱えるわよ。でも戦場では炎の魔法を使うことが多いわね。異民族の兵はなめし革の鎧を着ているから、火をつけると燃えやすいわ」

 確かにアルメダさんの言うとおりだろう。なめし革の鎧なら脂に火がつくと燃え上がって混乱を生じるはず。


「それでは合図をしたら、まずアルメダさんが効果範囲を目いっぱい広げて炎の魔法をかけてください。敵が混乱したスキを私たちが一挙に突いて、敵指揮官を討ち取ります。とくにウィケッドとバーニーズの活躍に期待します」

「任された」

 バーニーズが胸を叩き、ウィケッドは不安げな表情を浮かべてはいるものの覚悟を決めたようだった。



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