つぎはぎだらけの手紙

佐倉 るる

つぎはぎだらけの手紙



「ねぇ、知ってる?校舎裏の第二倉庫、あそこ、出るらしいよ」


「出るって、何が?」


「幽霊だよ。ゆ、う、れ、い」


 どこからともなく、そんな話をしている声が耳に入ってくる。


 ここ最近、市立宮瀬しりつみやせ中学では、妙な噂が出回っていた。


 ―――第二倉庫には、幽霊が住み着いている。


 誰が言い出したのか、いつからこんなに噂が広まったのかは、わからない。だけど、噂は確実に存在し、わたしの周りをうろついている。

 噂は真実を語らない。ぷかぷか曖昧あいまいに浮いて、漂うだけ。


 わたしは、くだらない、と小さくため息を吐いた。だって、噂の幽霊の正体が、わたしだということを、知っているから。



 わたしが、校舎裏の古びた倉庫に足を踏み入れたのは、半年前。夏休みに入る前の、暑い日のことだった。

 宮瀬中学二年三組では、お昼休みに、校舎の人気ひとけのないところに、くじで決まったペアで行き、動画を撮るという肝試しが流行っていた。

 三組は奇数人数のクラスだったため、くじ運のないわたしは、ペアを作れず、一人で第二倉庫に肝試しに行かなくてはいけなくなってしまった。

 クラスで一番仲がいいアユミちゃんが、「私も一緒に行く」と言ってくれたけど、お化けも妖怪も信じていないわたしは、全く怖くなかったため、「一人で大丈夫」と、誘いを断った。



 わたしは、一人、校舎裏の第二倉庫へ向かう。第二倉庫は、人の出入りがあまりないせいか、倉庫の周りには雑草がしげっている。


 わたしは、職員室からこっそりと拝借した鍵で、倉庫の扉に重々しく取り付けられている南京錠なんきんじょうを開けた。


 倉庫に足を踏み入れると、そこは薄暗く、ほこりっぽかった。じめっとしていて、周りの温度が一度から二度くらい下がったような気がする。


 わたしは、ポケットの中に忍ばせておいたスマホで、辺りを照らす。倉庫内は、いかにも倉庫、といった内装で、無数の段ボールが整理整頓されて、鉄製の棚に積んである。

 わたしは、スマホのライトをつけたまま、倉庫内を録画しはじめた。


「埃っぽいでーす。普通の倉庫って感じで、見かけ倒しでしたー。何も変わったところはありませーん」


 気怠げに、一人で実況してみる。味気ない。


 ぐるっと倉庫を見回り、半分くらい行ったところで、不自然なほど乱雑に紙が散らばっているのが目に入った。


 地震で段ボールの中に入っていた書類が落ちてしまったのだろうか?それにしては、他のところが綺麗すぎる気がする。


 気になったわたしは、そこで立ち止まり、動画を回すのを一旦止めて、スマホを棚に置いてある段ボールに立てかけ、明かりを確保してから、書類を漁ってみることにした。

 散らばっている書類は全て一九六二年の書類だった。生徒名簿に、連絡網、学級日誌に、古びたアルバムに、写真、と一九六二年度の生徒たちの思い出のプリントやファイルなどが、そこら中に散らばっていた。


 誰でも入れそうな倉庫に個人情報を放置してるなんて、この学校のセキュリティーやプライバシー保護の観念はどうなってるの、と心の中で毒づく。


 わたしは一枚ずつ、プリントを手に取って確認する。その時、ひらりと、一枚の小さな紙が床へと落ちた。


 封筒だ。


 落ちた封筒は不自然に際立って見え、わたしはまるで惹かれるように、古びた茶色の封筒を手に取る。


 封筒の開け口には、ヨーロッパやアメリカなどで使われているような、丸く赤いシーリングスタンプが、いかめしく押されていた。


 どうやって開けたらいいのだろう。


 わたしはキョロキョロと辺りを見回す。すると、紙が散乱している床に、"偶然"にも、ペーパーナイフが転がっていることに気がついた。


 わたしは、迷うことなく、ナイフを拾い上げ、それを一瞥いちべつする。


 ペーパーナイフの使い方を知らないわたしは、立てかけていたスマホを手に取り、ペパーナイフの使い方を調べた後、慎重に封を切る。


 封を切ると、そこには、セロハンテープでくっつけられたつぎはぎだらけの便箋が、1枚入っていた。


「なにこれ?」


わ たしは、疑わしげに、封筒から便箋を取り出し、広げてみる。



『拝啓、この手紙を拾った方。


この手紙を読んでいるということは、この手紙が誰かに届いた、ということですね。嬉しいな。


宮瀬中学二年三組の藤井 清和ふじい きよかずです。

僕はずっと誰かと文通することを望んでいたんだ。なんだか、文通って温かい気がするでしょ?

でも、新聞や雑誌の募集でするのは、気が引けたので、こうして倉庫で手紙を書いています。

もし、この手紙を見て、僕と文通してもいい

と思ってくれたなら、手紙の横に落ちている便箋と鉛筆で、返事を書いてくれたら嬉しいな。


思いを込めて

二年三組 藤井 清和』



 達筆たっぴつな字の手紙だった。わたしは、2年3組の生徒だけど、藤井清和なんて人は、知らない。手紙のくたびれ方を見るに、この手紙は、ずいぶん昔に書かれたものなのだろう。


 落ちている便箋と鉛筆って、そんなものさっきプリントを漁ってたとき、落ちてなかったし…。

 なんて、苦笑しながら、キョロキョロと床を見ると、先ほどまで、そんなものはなかったはずなのに、私の足元に、くたびれ何も書かれていない便箋と鉛筆が、落ちていた。


「…なにこれ、さっきまでなかったじゃん」


 見落としていたのだろうか。少し、不気味だ。だけど、気になる。馬鹿げているとはわかっていても、返事を書きたくなってしまった。わたしの好奇心が勝ったのだ。


 わたしは、その便箋とペンを手に取り、段ボールを机代わりにして、手紙を書き始める。



『拝啓、藤井様


はじめまして。お手紙、読みました。今、2022年の7月です。私は、二年三組の杉本 麻衣すぎもと まいと言います。

過去の手紙に返事を書くなんて、おかしいですよね。

でも、自分でも変だと分かっていても、返事を書きたくなったのです。

きっと貴方に届くことはないけれど、記録として、この手紙をここに置いておきますね。』



 文字を書き終わり、わたしは、手紙と鉛筆を机代わりにした段ボールの上に置くと、


「誰にも届くわけないのにね、何やってるんだろう」


 と、誰に言うわけでもなく、くうにつぶやいた。


 そうして、わたしは第二倉庫を後にしたのだった。



 それから二日経って、手紙がどうなったのか気になったわたしは、わざと鍵を閉めずに、開けておいた第二倉庫に、再びこっそりと忍び込んだ。


 第二倉庫は相変わらず、埃っぽく、誰かが入った形跡はない。


 わたしは迷うことなく、手紙を置いた場所へと向かう。


 今回もやはり、手紙があった場所だけが、書類が散乱しており、異様な空気をかもし出していた。


 段ボールの上を覗き見る。


 あった。手紙だ。


 だけど、おかしい。わたしは便箋そのままで置いてきたはずだ。なのに、段ボールの上にある手紙は、封筒に入っており、ていねいにも、前回の手紙と同じく、シーリングスタンプが押されていた。


 なんで?


 わたしは、不思議に思い、段ボール横に置いてあるペーパーナイフで、ゆっくりと封を開ける。


 そこには、また、つぎはぎだらけの手紙が入っていた。


 どう見ても、二日前にわたしが書いた手紙じゃない。


 わたしは、便箋を取り出し、手紙に書かれている文字を目で追う。



『まさか、誰かが返信をくれるなんて思ってもいなかった。麻衣ちゃん、お手紙をありがとう。

返信が来て、麻衣ちゃんはきっと、驚いてるかな。ううん、もしかしたらこの手紙はもう読んでもらえないかもしれないね。

だけど、僕の自己満で返事を書かせてもらうね。だって、返事が来たのがすごく嬉しいから。


こちら世界は今、一九六二年の七月六日です。ふふ、ずいぶん未来に手紙が届いちゃったんだね。


麻衣ちゃんは、今、過去から手紙がきたことに、びっくりしているかな。


手紙に返事を書いてくれた麻衣ちゃんにだから、僕の秘密を教えるね。


実は、僕、生まれた時から、不思議な力を持っているんだ。未来、過去、好きな時間軸に、時空を超えて、手紙を、思いを、届けられるっていう力だよ。

きっとすぐには信じてもらえないよね。それでもいい。こうして、文通できていると言う事実が大切なんだから。


もし、麻衣ちゃんがこの手紙を読んだら、お返事ください。50年前の過去で待っています。』



 手紙を読み終えた時、わたしは自分の目を疑った。


 過去から手紙を届けられるだって…?そんなことできるはずがない。

この学校の誰かが、わたしをからかってっているのだろうか?


 古紙こしに見えるような便箋を使って、わざと手紙をやぶいて、わたしをはめようとしているのだろうか?


 しかし、それにしては、紙の質感、匂いが古臭い。


 からかい上等じょうとう。こんな面白い出来事、見逃すわけにはいかない。だまされたってかまわない。もし、からかっているのなら、わたしが、手紙の主の正体を暴いてやる。


 こうして、わたしと不思議な男の子との奇妙なやりとりが始まった。



「返事、受け取りました。まさか、返事が来るなんて、思ってもいなかったから、びっくりです。また、過去からの手紙ということで、もっと驚きました。にわかには、信じられません。でも、せっかくのご縁なので、清和くんと文通したいって思います。お返事待ってます。」


『お返事ありがとう。もう一度、返事をしてくれたこと、そして、文通をしてくれるということ、とても嬉しく思います。生きている年代は違えど、同い年なのだから、敬語は使わなくていいよ。それにしても、麻衣ちゃんは50年後にいるんだね。どんな世界なんだろう。想像するだけでワクワクするな。空飛ぶ車とかあるのかな?21世紀だもんね。きっとすごい進化をしてるんだろうな。』


「それじゃあ、さっそく、タメ口で話すね。五十年前ってどんな世界なんだろう。わたしはそっちの方が想像つかないや。もはや歴史上の時代って感じ。あと、期待してるところ悪いけど、空飛ぶ車なんてものはないよ。でも、自動運転の車とかは増えてきたらしい。スマホで調べただけだから、合ってるかわかんないけど。」


『あはは、そっか、五十年前は歴史上の時代か。でも、そうかもね。僕にとっての五十年前も、歴史上の時代って感じがするもんな。空飛ぶ車はないのかぁ、残念。…ところで、スマホってなに?』


「あーそっか。ケータイとかそっちの世界には、ないんだね。スマホっていうのはね………」



 清和くんとの、たわいもないやりとり。ジェネレーションギャップを感じることがたくさんあった。


 だけど、それが面白くて、興味深くて、彼と話すのも楽しくて、わたしは彼と手紙をやりとりすることが、いつの間にか、日常の一つになった。第二倉庫の幽霊なんていう、噂にまでなってしまうほどに、だ。


 清和くんの人柄に触れ、彼がわたしをだましているかも、なんて思考はどこかにいってしまった。夏休みも、部活にいそしむ生徒たちに紛れて、第二倉庫に通う、なんてこともやってのけた。


 わたしたちは手紙を通じて、どんどん仲を深めていった。


「なんで清和くんが生きている世界は、五十年前なんだろう。もし、わたしたちが、同じ世界の、同じ時間に生まれてたらさ、今みたいに仲良くなれてたのかな。」


『きっと、なれてたよ。親友になってたに違いないよ。』


 親友…。胸が、チクリと痛む。


 どうしてだろう?


 親友って言われて嬉しいはずなのに、すごく寂しい。寂しくて、切ない。


 …ああ、わたし、清和くんのことが好きなんだ。


 一度も声を聞いたこともない彼、一度も会ったことのない彼。


 ないこと尽くしなのに、半年に渡って続けた手紙交換で、彼の人柄に触れ、わたしは、彼のことを好きになってしまったんだ。



 恋心に気付いてからというもの、彼との手紙のやりとりはとても楽しいものだった。彼の文字、古い紙の匂い、一つ一つが愛おしい。


 だけど、それは突然終わりを迎えた。


『ごめん、これ以上、麻衣ちゃんとはやりとりできないんだ。力を使えない事情ができてしまってね…。寂しいけど、ここでお別れだ。麻衣ちゃん、今までありがとう。君とこうして時間はとても楽しかった。素敵な時間をありがとう。素敵な経験をありがとう。麻衣ちゃんのこと、絶対に忘れません。いつか、どこかの未来で会えたら、その時は、また話し相手になってください。


また会う日まで。


清和』



 嘘…。どうして?なんで?


 頭の中に彼への想いが、ぐるぐると巡る。


 わたしは、清和くんの最後の手紙が来てから、何通も何通も彼に手紙をつづり、第二倉庫に訪れた。


 だけど、返事が来ることは、もう、なかった。



 それから、十年経った現在、わたしは二十四歳になった。


 中学を卒業する日、わたしは彼との思い出を、ほろ苦い青春の一ページの初恋として、心にしまい込み、現在を生きている。


 仕事から帰ったわたしは、惰性だせいで玄関前のポストを確認する。

 銀色の箱の中に、ポツリと一通だけ手紙が置かれていた。


 茶色い封筒に赤いハンコの押された一通の手紙。


 わたしは、この手紙を、知っている。


 ドタバタと家の中に入り、ハサミで封を開ける。そこにはあの時とは違って、綺麗な便箋が入っていた。


『麻衣ちゃん、二〇三二年七月四日、僕たちが出会った奇跡の日。その日の午後十九時に宮瀬中学の前に来てください。』


 胸がどきりと跳ねる。達筆で書かれた見慣れた文字、ずっと心の奥底にしまっていた記憶。


 わたしは慌ててケータイのディスプレイを見る。今日は七月四日。あと、十分で約束の時間だ。


 わたしは、ケータイと財布以外の荷物をその場に放り投げ、急いで宮瀬中学校へと向かう。


 今日は日曜日だからか、通学路にはいつもの活気がない。宮瀬中学校の校門の前に一つの影が落ちていた。


「…待ってたよ」


 優しい声が耳に染みる。


「あなたは、もしかして清和…くん…?」


「うん、そう。君に会いたくて、時空を超えてやってきたんだ。時空を越えるためには、かなりの力が必要だったから、君に手紙を書けなくなってしまったんだ。ごめんね。でも、やっと、未来で、会えた」


 大人びた姿の清和くんは、桃の花を咲かせたように、ふわりと優しく微笑む。わたしがずっと声を聞きたかった人。ずっとずっと、会いたかった人。


 わたしは脇目も振らず、思いっきり彼に抱きついた。



 それから5年後。



「ねぇ、知ってる?」


「何を?」


「同級生の麻衣ちゃん、結婚したんだって」


「へぇ、そうなんだ」


「相手の男の人、同中おなちゅうで私たちと同じクラスだったらしいんだけど、その人のこと、誰も覚えてないんだって。卒業アルバムにも載ってないらしいよ」


「なにそれ、ちょっと不気味ぃー…」


 中学の時から15年経った今でも、噂はぷかぷかと、わたしの周りに漂っている。


 噂は真実を語らない。だけど、ほんの少しの本当を含んでいる。不思議な手紙と時空を超えてきた不思議なウワサの少年。


 これは、誰にも言えない、わたしだけの不思議な恋物語。

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