序章 『アインウルフの帰還』 その7
カッコいい男の別荘の出来は素晴らしいものだったよ。デカい獣の剥製があるな。ヒグマの剥製だったよ。襲いかかろうとする雰囲気が躍動的でいいな。角の大きな鹿の頭とかもあるし、鷲の剥製も飾ってあったよ。
「マルケスが獲ったのか?」
「もちろんそうだよ。この森に出た獣を、私が弓で仕留めた。クマは―――」
「―――手槍で仕留めたか」
「ほう。よく分かるね、ソルジェくん」
「当然だ。左の肩甲骨の毛皮に穴が開いた痕跡がある」
逃げるヒグマの背に目掛けて、馬上から手槍を投げつけた。斜め上から突き立てられた槍の先端は、肩甲骨をわずかにかすめながら、深々と心臓へと到達したようだ。手慣れた狩りの技術を感じさせる。
「ふむ。傷の痕跡は、隠したように思ったが?」
「十分な仕事をしているさ、剥製を作った職人は……まさか、お前か?」
「残念ながら、私の仕事ではない。ボビーが作ってくれたんだよ」
「ボビーか。何でもこなすな」
「もちろん。本物の職人だからね」
「そいつは、ますます黒ミスリルの鎧を叩いてもらいたくなった」
「彼も竜の鎧を打つとなれば、名誉だと思うはずだ」
「……なあ。サー・ストラウス、アインウルフ」
腹ペコなドワーフが目を細めながら、腹筋を太い指でなでていたよ。空になった胃袋が飢えを訴えているらしい。
「分かっている。二人とも、こちらに来たまえ。リビングに行こう。キッチンも併設してあるぞ。その床下には、食料庫がある」
「おお。ハムでもあれば、食前に頬張りたい!」
ドワーフの強い歯で燻製肉をつぶすか。いい音が鳴りそうだな。
別荘の主の背中について、ワックスがかけられて、よく磨かれたブランデー色に染まった床の上を歩いた。
ああ。この床の色がいいな。鍋に入れた融けた飴のように赤みを帯びた建材ってものは、醸成されたアルコールを感じさせるんだよ、酒好きのガルーナ人にはな。
リビングは広かったよ。二階部分まで吹き抜ける構造だった。貴族趣味を脱却したいという願望がマルケスにはあったようだが、ピアノが置いてある。酒場にある安い箱型のピアノとは違って、大きさがある。
技巧を宿した指が弾けば、この別荘の全ての部屋を、うっとりとした甘い音が満たすだろうよ。
……そして、書棚がある。薬草辞典に馬の専門書、それに『オールド・レイ詩集』……地元の詩人たちの作品集ってところか。『オールド・レイ』の美しい自然や、牧歌的な暮らしを歌ったものがあるのかもしれない。
「ロッキングチェアだ」
ギュスターブがそれに喰いついていた。揺り椅子が珍しいというか、好きなのかもしれないな。
大きな暖炉がある。夏の今やる趣味ではないが、冬場は酒瓶を抱きしめたまま、あの揺り椅子に座って暖炉でブーツを温めてみたい。雨に濡れた秋の夜とかも、最高だろうな。今の季節であれば、外に引きずり出して、夕涼みをしながら読書とかな。
のんびりとした時間を提供してくれる、良いアイテムになりそうだ。ギュスターブは、太い指で揺り椅子の背もたれをつかむと、ゆっくりと動かして揺れ具合を試している。
「そういうイスが好きなのかい、ギュスターブ?」
「……ん。まあ、じいさんが、こういうの好きで。自分で作っていたよ」
「座ってみるかね?私としては気に入っているイスだよ」
「……いや。何度も言うけど」
「ハハハ。そうだった。朝食にしよう。こっちだ。何かあると思うが……」
リビングに併設されたキッチンに向かう。
キッチンは広いな。かまども大きいし……白い石で組み上げたオーブンもあるぞ。かなり立派なつくりをしているな。正直、ちょっとしたレストランよりも、いいオーブンだ。何がいいって、大勢に食事を提供可能なサイズっていうところだな……。
使いこなすには、少しばかり熟練がいる、職人仕様ではある。料理好きとしては挑戦してみたくなるが、何度か失敗する必要があるだろう、この大型の石窯オーブンを使いこなすためにはね。
あいにくだが、そういう練習をしている暇もない。メシを食えば、早いうちにマルケスの『家族』と接触する必要がある。帝国の反逆者となったマルケス・アインウルフ……その『家族』を帝国の囚われにするわけにはいかない。
……手早く調理を行う必要がある。オレは、流しの上にかけられていた大型のフライパンを手にしたよ。こいつなら、練習はいらない。即座に使いこなせるだろう。それに、オレのさかしい視線は見つけてもいた。
キッチンの隅にはソーセージが吊るされていた。マルケスがそれを見つけて、持ってきたな。
ギュスターブは腸詰燻製肉を歓迎していた。
「おお!こういう肉っぽいものがいいな!!サー・ストラウス、焼こうぜ!」
「そうだな。悪くないが、それだけだとシンプル過ぎてつまらん」
「……サー・ストラウスは料理好きだよなー」
「趣味だからな。マルケス……パスタはあるか?」
「ん。おそらく、あるはずだよ」
「あとはニンニクがあれば、ペペロンチーノを作れそうだな……ペッパーはあるようだし」
……プランは固まりつつある。今朝は、腹いっぱいペペロンチーノを食べるとしようじゃないか。戦士らしく、朝からボリュームたっぷりさ!!
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