序章 『アインウルフの帰還』 その6


「それでは行ってくるぜ、ゼファー」


『うん。ぼくはー……ねむってたいりょくをかいふくさせておくねー……ふぁああああっ!!』


 丸太をマクラにしてアゴを置きながら、ゼファーはあくびした。徹夜での飛行だからな。疲れているのはオレたちだけではない。ゼファーは、風の道を使っただけでなく、羽ばたきを多く使ってくれたからこそ、この短時間で帝国領の深くにまで食い込んで移動できた。


「がんばってくれたな」


 オレは愛らしい仔竜の鼻先を三回だけ撫でる。


『えへへ』


「腹は空いてないな?」


『うん。『がっしゃーらぶる』で、うしをたべたもん!』


 『ガッシャーラブル』市民の協力だよ。彼らは商売人が多い。支配の構造が変わったら素早いものさ。『新生イルカルラ血盟団』と『パンジャール猟兵団』に、『媚び』を売ってきてくれた。


 牛のプレゼントは、そういう心遣いだな―――裏があるプレゼントであるには違いないが、それでもありがたく頂戴しておいたよ。


 商人たちからの『貢物』の味を思い出しながら、ゼファーは眠たげな金色の瞳を細める。


『なかなか、おいしかった……っ。『ゔぁるがろふ』のうしには、あぶらのりょうで、おとるかんじだけど……っ。よかったっ』


「そうか。商人たちの仕事には感謝しなければな」


『うん……っ。『どーじぇ』も、おいしいおにく、まるけすのいえにあればいいねー』


「そうだな。期待しておくよ」


 ゼファーはオレにグルメの加護があるように、お祈りするために鼻先を空に向けて。三秒すると目を閉じて、アゴを丸太に戻したよ。


 全力で休む。


 そいつも、『パンジャール猟兵団』の猟兵がすべき仕事の一つだからな。ゼファーは、十秒もしないうちに、すーすーと愛らしい寝息を立て始めた。


 微笑むために唇の形を変える。ゼファーの仕事を邪魔しないように、『ドージェ』は足音や気配、魔力の動きを全部消しながら夜中の猫みたいに無音で歩いたよ。


 ロッジへと向かうギュスターブとマルケスを追いかけてな。


 しかし……。


「……いい『メイズ/庭迷路』だな」


 左手にあるのは高さ一メートルほどの庭木の連なりが作る『メイズ/庭迷路』だ。オレが9才のガキだったら?……間違いなく、コイツに飛び込んでいるところだな。26才だから、やらないけどね。


 好奇心をくすぐる緑色の小迷宮だな。中央にある馬の石像を目指した、右往左往したいという衝動の囚われとなっていたはずだ。


「ワクワクするだろう?」


「まあね。お前のガキはここで遊んだのか?」


「遊んでいたね。まあ、一時間半もすれば飽きてしまっていたが」


「子供の一時間半は偉大な冒険の時間だろ?……一生モノの記憶にもなる」


「そうであれば、嬉しいんだがね。このメイズは、誤発注の結果、生まれてしまったものなんだ。正直、あの小屋に合わないだろう?」


「くくく!……そうだな」


 美しいメイズではあるが、あのロッジには合わない。このメイズは、もっと荘厳なお屋敷の庭にあるべき作りをしている。庭が美しすぎても家の方が地味すぎるからな。


「失礼だと思って、言わなかったんだぜ。オレもサー・ストラウスもよ」


「だと思ったよ。だから、私から白状するのさ。別荘を建てたいと注文した。私としては狩りを楽しむための小屋を作りたかっただけなんだが……貴族からの注文だったせいで、庭師が素晴らしい仕事をしてしまった……」


「つぶすわけにもいかんな。これだけ見事だと」


「そうだ。だから、色々とアンバランスでね……ここは、もっと馬と狩りを楽しむためだけの空間にして、貴族趣味を消し去るワイルドな空間に仕上げたかったんだがな」


「後の祭りだよなー」


「その通りさ、ギュスターブ」


「だから、ゼファーで潰していいとまで言い出したのかよ?」


「キッカケをくれるかと思ったんだがな」


「……いい庭なんだ。アンバランスでもいいじゃないか」


 嫌いにはなれないがな。こだわりの深い男は、納得がいかないようだ。


 ワイルドさを目指した庭としては、エレガントが過ぎるのは事実だたからな。


「マリー・マロウズに報告したい事実だな。オレたちの社交界の指南役は、美しく飾られた庭を竜に踏みつぶしてもらいたいと語ったと」


「マリーちゃんの困惑した顔が頭に浮かぶな」


「私は全ての美しい庭を否定しているわけじゃないんだぞ?……この別荘に似合わないからさ」


 ……マルケスを無理やり社交界の指南役に推薦したオレとしては、少し心が楽になる言葉であったな。あの時点では、最適な人選をしたと考えていたんだが、どうやら間違いでもないようだ。


 蛮族よりも美しい庭が嫌いな人物でなくて良かったよ。


「さて。それでは、私の別荘にようこそ、戦士たちよ!」


 マルケス・アインウルフはそう言いながら、その三階建ての木造ロッジの玄関を開いた。


「鍵をかけないのかよ?……マリー・マロウズへの土産話が増えちまったじゃないか」


「鍵はかけないさ。私の屋敷を荒らす者はいない。ここへ窃みに入るほど領民が飢えているのならば、干し肉でもワインでも持っていくといい」


「なかなかカッコいい考え方だな」


「知っているだろう、ソルジェくん。私という男は、なかなかにカッコいい男なのさ」




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