尋問


 血煙が晴れた。

 辺りに散らばった元盗賊の残骸・・は、二度と動くことは無い。

 ただ、盗賊・槍と剣の残骸からソウルの光雲が立ち上り、俺へと流れこんでくるだけだ。


 ……


 温もりが、身体に満ちてくる。

 トカゲの時のような、突き上げてくる野生のたぎりは無かった。

 腹の奥が暖かくなっただけだ。

 そう言うモノかと思った。

 残心のまま、息を吐き出す。


「フヒュー」


 俺は、辺りを確認しながら構えを解いた。


「こりゃまた、派手に吹き飛んだな」


 声には出したが、今の感心は転がってる残骸では無く、別のことが気になる。

 色々疑問は有るが、まだ終わっていなかった。


 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……


 訪れていた静寂しじまの空間に、小刻みな音が混じる。

 離れた場所で、体格が良く、最も良い装備をした盗賊が一人震えていた。

 盗賊のかしらだ。


 コイツだけを残すよう念じながら、正拳中段突きの角度を調整したのだ。


 盗賊頭は、歯をガチガチと鳴らしてこちらを見ている。


「ゆゆゆ許してくれ、かかか金なら払う、にに逃がしてくれ」


 盗賊頭は、何か言っていた。

 俺は、震えている盗賊頭に、ニッコリと微笑んだ。


「ちょっと注文主スポンサーと、お宝とやらの事を聞きたいから逃がすつもりは無いよ」


 俺が注文主とお宝の事を聞いた瞬間、盗賊頭の顔色が変わった。


「チ、チクショウ、俺はもうダメだ……ひっ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい……」


 ヤツは、諦めたのか?

 それとも、最後の勇気を振り絞ったのか?

 金棒バールを無茶苦茶に振り回し、叫びながら突っ込んできた。

 俺は、ハエが止まりそうな程遅い金棒バールを、左手で受け止めた。

 と、同時に右手を振る。


 チュンッ!


 右手首のスナップを効かせ、中指を盗賊頭のアゴの先端にかすらせた。

 瞬間的に盗賊頭の頭部が揺れ、脳を頭蓋骨内壁に叩き付ける。

 脳への衝撃によって、盗賊頭の意識は暗転ブラックアウトした。


 俺は、金棒バールを握ったまま、残心の姿勢をとる。

 残心の姿勢で、盗賊頭が寝たふりをしてないか確認していた時だ。


 ……チリッ


 違和感が、首筋をなでた。

 一瞬、首筋にチリっとしたものが走ったが、本当に一瞬だけだった。


 森の獣?

 森で出会った、あのネチっこい気配と似ていた。


 ……ふむ、まあいいか。


 何かの気配を無視する。

 転がってる盗賊頭は、完全に意識を失っている。


 こっちは問題ないか。

 なら……


 猛ったままの自分をしずめる作業に入る。


 人と言う生き物は、神経を猛らせたままでは心が弱ってしまう生き物だ。

 簡単に言えば、猛ったまでは戦闘状態が長く続いて心によろしくない。

 戦闘状態の神経では、眠りを邪魔してしまう。

 眠れない夜が続けば、心に損傷が起きる。

 闘いを生業なりわいにする者は、猛りを鎮めるため、稽古の最後に呼吸法などの瞑想を行ったり、闘いの後に女を抱いたりする。

 神経を平常へと戻す儀式ルーチーンが必要であった。

 今回は、簡単な呼吸法で己を鎮める。


「フヒュ……」


 息を吐き出す。

 そのまま、残心の構えを解くと、姿勢を自然体に戻した。


「スゥオ……」


 両手を脇の下に引き込みながら、深く息を吸い込む。

 続いて、両手を下に降ろしながら、息を吐き出す。

 両手は、珠を両手で押し込むような型で降ろしている。

 何度か同じ動作を繰り返すと、呼吸が整う。

 先ほどまで己を燃え上がらせていた猛りが、急速に静まってくる。

 俺の頭上に輝いていた武名のホマレが薄れ、掻き消えた。


 最後の仕上げに大きく息を吐き出す。


「フー……」


 残った呼気を吐き出し、新鮮な大気を肺に迎え入れる。

 筋肉から緊張が消えている。

 目はまだ開けない、いわゆるスキだらけの状態だ。


 俺は、腹の中でゆっくり十数えてから、小さく独り言を呟いた。


「これだけ隙を見せても、仕掛けてこねーのか……さっきのは勘違いか?」


 目を開け首を一つ振ってから、後始末へ意識を向ける。

 後ろを見ると、母親と目が合った。

 彼女は、まだ娘が倒れた場所にいた。

 結局、娘を引っ張り出せなかったようだ。

 代わりに、護衛の身体ごと娘に覆い被さって、護っていた。


 下になった娘を見ると、少女は顔を両手で隠して震えている。


 どうやら、母娘は無事だな。


 母娘の向こうでは、ロコとニャムスが森から道に飛び出している。

 ロコは、目をウルウルと今にも泣き出しそうだ。

 大げさなヤツだ。

 こっちは大丈夫そうである。


 転がってる元盗賊達へ意識を戻す。

 盗賊の残骸は、ピクリとも動かない。


 俺は、ザッと一通り辺りを確認すると、足元で倒れる盗賊頭を見た。


「さて、話しを聞いてみるか」


 俺は、盗賊頭へと蘇生カツを入れるべく、その背を蹴った。


 ドンッ!


「ケハッ」


 盗賊頭は、無事に息を吹き返したようだ。

 ボーッとしたまま、自分の置かれた状態を確認している。


「よっ、起きたか?」


 俺は、盗賊頭の背中を踏みつけながら、握ったままだった金棒バールを奴の顔に押し当てた。


「……んなっ、テメエッ」


 盗賊頭は、自分が踏みつけられていることに気がついたようだ。

 俺の事を思い出してくれた。


 これで、話しの続きは楽になる。

 こいつには、是非聞いてみたい事があったのだ。


「お目覚めのようだな、まずは依頼主スポンサーの話しから聞かせてもらおうか」


「へっヘヘヘヘ……依頼主スポンサーとか何の話しだ? 俺は知らねえ」


 最初の三人組が、嬉しそうに話してた依頼主スポンサーについて尋ねたら、盗賊頭は、シラを切ろうとしたので俺は笑顔になった。


「そうかい?」


 俺の足親指は、盗賊頭の背骨を優しく撫でながら、ツボの位置を確認していた。

 探し当てた背骨のツボへと、ゆっくり体重をかけた。


 ミチッ……ミチミチミチ……


 嫌な音が、盗賊頭の脊髄から鳴る。

 と、同時に、盗賊頭の悲鳴が上がった。


「しらねぇァァア゛ッア゛ッッ……ヒッヒギィッィィィイイイイイイイィィィッィィ…ッッ………」


 大きな悲鳴は、すぐ声無き悲鳴に変わり、盗賊頭から抵抗の意思を奪った。

 色々と理解してくれたのは良いが、このままでは話しができない。

 俺は背骨への圧を緩めてやると、盗賊頭はやっと口を聞く気になってくれた。


「カヒュッ…ヒッヒイイイイイ、言う、何でも言うから許してくれ」


「素直だな。じゃあ、依頼ってなんだい?」


「そ、そこの女達を全員始末するついでに、お宝を持って帰れって頼まれたんだ」


「誰にだ?」


「そ、それは……」


 …チリッ!


 盗賊頭が口を開いた瞬間、首筋に違和感が走った。


「いかんッッ!!」


 今度のは、気のせいでは無かった。

 さっき首筋を撫でた違和感よりも、強い意志が籠もった気配。

 必殺の殺気だ。


 とっさに、右手に持っていた金棒バールを、まだ倒れている母娘の前へ投げた。


 チンッ


 空中を飛ぶ金棒バールが、甲高い金属音を立てた。

 同時、俺の元へも何かが飛んできた。


 視界ギリギリ……森の中から、俺の掌ぐらいの長さの針が飛んできたのだ。

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荒覇吐く月 アリス&テレス @aliceandtelos

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