荒覇吐く月

盗賊 4

★

　俺は、この二人の盗賊を……槍を持った盗賊を盗賊・槍、剣を持った盗賊を盗賊・剣、と呼ぶことにする。

　俺の笑顔に、盗賊・槍が反応した。

　鋭く尖り、良く切れる刃物のような目が俺を睨む。

　スゥッ……ドンッ！

　地面を突いた槍の石突きからドンッと音が鳴った。

　盗賊・槍は、口づけをするように眼前に垂れた槍の飾りに顔を寄せた。

　槍の飾りは、例の魂玉（ソウルジェム）であった。

　何かを行う合図か？

　その場に居た全員が凍り付いた。

　空気が張り詰めている。

　張り詰めた空気を切り裂くように、盗賊・槍は、俺へと大音声（だいおんじょう）で詠唱する。

「我が武名は、閃光鬼百合（リリーフラッシュ）のオチヨ!!! 」

　ブォオッ！！！！！！！

　盗賊・槍が唱える魂（ソウル）の詠唱は、魂玉（ソウルジェム）の穴を通し、光雲のようにたなびきながらヤツの頭上へと舞い上がった。

　舞い上がった魂（ソウル）は、瞬く間に実体化を起こし、二つ名（ネームド）憑き武名のホマレを顕現（けんげん）する。

　”閃光鬼百合（リリーフラッシュ）のオチヨーッッ!!!”

　辺りを威圧するような、荒々しい二つ名（ネームド）憑き武名が現れた。

　さっきの盗賊団名とは違い、圧倒的な大きさの武名。

　鈍色した武名からのホマレが、力強く燦然と盗賊・槍の頭上に輝く。

　それだけ、名の有る二つ名（ネームド）憑き武名なのだろう。

　ビリビリと圧が俺の元まで届く。

　そして……奴の変化は、圧だけでは無かった。

　…っ!

　奴の身体が倍ぐらい大き（デカ）くなっただとッッ!?

　横身の肉もデカイ。

　鎧の隙間から垣間見える腕（かいな）には、瘤状（バキバキ）の血管が浮かぶ。

　美事（みごと）!!

　なんと美事（みごと）な筋体型（プロポーション）かッ!!

　武名のホマレが放射する鈍色の光が、盗賊・槍の周り空間を歪め、その姿を２倍近く大きく見せる。

　ヤツの領域（まあい）が劇的に拡がった。

　トカゲと狭間（ダンジョン）で戦った時、トカゲの身体が膨れあがるのを見た。

　アレと同じモノである。

　この輝きが、本物の武人がまとう武名のホマレの力か？

　なるほど、ホマレの輝きに名折れぬだけの強力な肉体だ。

　あの筋肉の張りは……侮れぬッッ！

　俺の中の闘争本能が、正面の盗賊・槍を好き（よき）敵として再認識させた。

　続いて、盗賊・剣が、武名を詠唱した。

「同じくッ、閃光鬼百合（リリーフラッシュ）のカレン」

　”閃光鬼百合（リリーフラッシュ）　カレン”

　盗賊・剣から飛び出した魂（ソウル）は、盗賊・槍の持つ魂玉（ソウルジェム）を通り、盗賊・剣の頭上で、二つ名（ネームド）憑き武名へと変化した。

　ただ、ホマレの輝きは、盗賊・槍より数段落ちる。

　筋肉の張りも少々だ。

　危険性は、最初に名告（なの）った盗賊・槍の方が圧倒的である。

　盗賊・槍が、一歩前に出て叫んだ。

「閃光鬼百合（リリーフラッシュ）のオチヨと、カレン、貴様に武名のホマレを賭けての死合い（しあい）を挑む。その武名を詠唱しろォオッッ!!」

　どうやら、ヤツは立ち会いが望みらしい。

　盗賊(槍）は、俺にも名前を詠唱しろとか言ってる。

　訳が分からんが、さっきロコから教わった知識の中で、武人は武名を賭けて戦うと言ってたのは本当のようだ。

　……だが困った。

　名前が思い出せない。

　大精霊（エレメンタル）の加護はもらったが、中々出てくれないのだ。

　武名を名告（なの）れとか言われても困るしかない。

　こんな時は、どうすれば……よし。

　少し考えた後、俺は正直に答えることにした。

　なぜなら、俺は文明人であるからだ。

「武名とか知らねえよ、余計な事ゴチャゴチャ言ってねーで、かかってきな」

「なッッ!?」

　俺の素直な返答に、盗賊・槍が顔色を変えて怒りだした。

「お……おのれェッッ、この俺を愚弄するつもりかっ、それ程の武威を示しながら、武名を持たないと申すのかァッッ!!!　ふざけるなああああァッッ!!! 」

　怒ってる。

　凄く怒ってる。

　怒らせるつもりは無かったのだが、どうにも、起こりっぽいヤツのようだ。

　困った。

「そうは、言われてもなあ……本当にわかんねーんだよ」

「なっ何だと、貴様ッ……」

　盗賊・槍は、怒りに身を震わせながら何かを考えているようだ。

　すぐに、ニヤリと笑って、俺へ挑発の言葉を投げかけてきた。

「ははーん、魂（ソウル）を捧げた師や流派の血盟団（クラン）名が恥ずかしくて名告（なの）れないと言うことだな」

「なにィッッ!!」

　今度は、俺がムカつく番だった。

　師や流派の記憶を思い出せないが、俺に関わる名がバカにされるのは腹が立つ。

　何が何でも、名前を詠唱する必要がある。

　だが、名前……名前と言えば……！

　ゴロリと、懐に仕舞っていたモノが動いた。

　精霊（エレメンタル）の導き。

　懐にしまった魂玉（ソウルジェム）から、膨大な力が湧き上がる。

　大精霊（エレメンタル）の力が、俺の中に流れ込み、筋肉へと染み渡る。

　”……ﾀﾂ”

　突然、何か巨大なイメージが脳に伝わった。

　”ﾊﾞｲ…ﾂ”

　ズバッッ!!…ズババッﾊﾞバババﾊﾞﾊﾞバ～ンッッッ!!!

　肉体の奥底からの雷鳴……

　筋繊維の奥底を走る神経シナプスの爆発的接続で、全身の筋肉が雷発光（スパーク）する。

　筋肉の奥底から、巨大なイメージが爆発寸前の溶岩流のようにせり上がる。

　そのイメージは、巨大な名前だ。

　大精霊（エレメンタル）によって新たな名が俺に力を与えたのだ。

　それは、俺の名前かも知れなかったし、他の誰かの名かも知れなかった。

　だが、その巨大な名を思い浮かべると、俺の胸が締め付けられた。

　"憬れ（アコガレ）"

　はっきりとしたイメージではない。

　だが、大精霊（エレメンタル）が命じるイメージは、俺の憬れ（アコガレ）の名だとだけ解る。

　誰の名前かすら分からない。

　だが、この名を名乗るのは、俺しかいないのだと確信がある。

　ならば、覚悟せねばなるまい。

　憬れ（アコガレ）の名を辱める訳にはいかない。

　一つの覚悟が、俺の背を押す。

「……バイタツ!!!　俺の武名は、バイタツだァァアアアアッッ!!! 」

　ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッッ!!!

　肉体の奥底から、膨大な力が爆発した。

　怒髪天（どはつてん）衝（つ）く魂（ソウル）の暴流が、俺の頭上へ舞い上がる。

　”バ・イ・タ・ツ・ゥッッッ!!!”

　巨大な武名が天空に姿を現す。

　燦然（さんぜん）と輝く武名のホマレが、周囲一帯を照らし出す。

　俺の身体が、何倍もの大きさに膨れあがった!?

　いや、それは錯覚なのかもしれない。

　だが、さっき目の前で膨れあがった盗賊達の身体が、今は小さく見えている。

　手を伸ばせば、指でつまみ上げられそうな気さえする。

　盗賊・槍は、額に脂汗を泡立せ、目を見開きながら俺を見上げる。

　盗賊・剣に至っては、後ずさって、目が泳ぐ。

　通常の相手なら、最早（もはや）これまでのはず……はずであった。

　……が、盗賊・槍の目が、ギラリと光った。

　盗賊・槍の心は、まだ折れてなかったのだ。

　盗賊・槍が動いた。

　その顔はすぐ隣に立つ盗賊・剣を見て……微笑んでいる？

　慈愛。

　数瞬の間に、二人の盗賊の間で何が起きたのかは解らない。

　だが、先ほどの怯えた姿はどこに行ったのか？

　澄んだ瞳で見つめ合う二人がそこに居た。

　襲いかかる好機であった。

　だが……

　二人が醸し出す空気を前に、ナゼだか俺は手出しを控えてしまった。

　俺の戸惑いを余所に、二人は俺へと視線を戻した。

　先ほどの狼狽ぶりが嘘のような、澄み切った表情。

　覚悟の決まった瞳だ。

　ヤツラの頭上に浮かぶ武名も変化した。

　ホマレの輝きが、鈍色から鮮やかな虹色に変化したのだ。

　俺は、二人の変化に歓喜した。

　良いだろう。

　実に良い目だ。

　相手にとって不足無し。

　俺が構え治したのに合わせ、盗賊・槍・剣は、運命に抗うべく吠えた。

「チェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」

　その咆哮に、盗賊・剣もまた瞳に力を取り戻した。

　盗賊・槍が叫ぶ。

「アレをやるぞ、カレンっ、出し惜しみは無しだッッ!!!」

「はッッ!!!」

　盗賊二人の目つきが変わった。

　何かをヤル合図だ。

「まいるッ!!」

　盗賊二人が声を合わせ、必殺技名を詠唱した。

「「合体必殺技（コンビネーションブロー）、双璧（ツイン）閃光鬼百合（リリィ～フラッシュ）～ッッ!!!」」

”双璧（ツイン）閃光鬼百合（リリィフラッシュ）ッッ!!!”

　二人の技名詠唱と同時、頭上に現れた合体必殺技（コンビネーションブロー）名が、虹色のホマレを輝かす。

　二人の盗賊が吠えた。

「「ケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」」

　裂帛（れっぱく）の気合い!!!

　槍刺突（ランスチャージ）と剣戟（スラッシュ）が迫る。

　俺の猛禽（もうきん）のごとき目は、全てを捉えていた。

　同時に飛んでくる、剣と槍。

　剣戟（スラッシュ）は、たいしたことがない。

　だが、もう一方の槍刺突（ランスチャージ）は、尋常では無い速度、端倪（たんげい）すべからざる必殺技であった。

　ボ…ッッ!!!

　虹色に輝くホマレによって、盗賊・槍の槍先に炎が灯った。

　盗賊・槍の槍刺突（ランスチャージ）は、恐るべき手練の技によって、謎の必殺技と変化し襲いかかってきたのだ。