盗賊 3


 両腕を拡げた俺へ、お頭と呼ばれた盗賊が叫んだ。


「オウ、手斧トマホーク鶏冠頭モヒカン団の武名を知ってのカチ込みレイドかぁ、オウッッ! 団旗を掲げるぞ! 二つ名ネームドを忘れるな、てめぇら団名を詠唱だァ~~~ッッ!!」


「「ヘイッッ」」


 一人の盗賊が、団旗を掲げた。

 団旗の先端には、小ぶりの魂玉ソウルジェムが装飾されている。

 と、同時、盗賊達が声を合わせて詠唱する。


「「手斧トマホーク鶏冠頭モヒカン団」」


 盗賊団名詠唱によって各々の口から飛び出したソウルが、団旗に装着した魂玉ソウルジェムへと集まり、武名のホマレが団旗上に現れた。


 ”手斧トマホーク鶏冠頭モヒカン団”


 二つ名ネームド憑き武名のホマレが鈍色に輝き、周囲を照らす。

 ホマレの輝きが届く範囲は狭いが、戦闘隊列ファランクスを組む盗賊団全体へ充分な力を供給する。

 盗賊団員の筋肉は、みるみる膨れあがパンプアップる。

 その威容は、冥府の羅刹らせつごとくだ。


 盗賊頭が叫んだ。


「野郎ぉおおドモ、押ぉし包めええええ」


 隊列ファランクスを組んだ集団が、前進を開始した時だ。


 ……ザッザンッ!!


 隊列ファランクスの中から、二人の豪男が左右に割れて飛び出した。

 赤髪の槍使いと、同じ赤髪の剣使い。

 抜け駆けの切り込みブッコミ

 俺を左右から包み込み、動きを封じるつもりだ。

 二人は、盗賊団名からのホマレ供給が届かなくとも、肉体は萎まない。

 もとより、盗賊からのホマレなど関係なしに鍛え上げられた肉体であろう。


「チッ」


 俺の口から、思わず舌打ちが出てしまった。

 ヤツラ、仲間が三人倒されているのに、様子見も無し。

 特に、前に飛び出した二人組は、なかなかの物だ。

 槍使いと剣使いの二人は、罠や奥の手を警戒するよりも、機先を奪うべく、速度を重視したのである。


 赤髪の槍使いか……やたら良い動きしてやがる。

 すぐ間合いを詰めて、俺の動きを封じにかかるだろう。

 それに、後ろのヤツラも烏合の衆じゃねえ。


 後ろからは、足並みを揃えた隊列ファランクスが迫る。


 ヤツラ、思ったより統率がとれてやがる。

 戦場帰りの武人とやらは、メンドウなんだな。


 メンドウだろうが何だろうが、ヤルしか無かった。

 正面から大声を上げる奴らが隊列を組み、俺へと殺到する。

 盗賊共が、怒りの叫び声を上げる。

 怒りのあまり、眉間をピキピキと震わせ、どいつも鬼の形相だ。


「この野郎、何しやっがったああッッ」


 ピキ!


「っんならあああああああああああッッ」

「アニキをよくもおおおおおおおッッ」


 ピキピキ……


「ぶっ殺したらああああああああッッ」


 ピキッピキピキ……


「てめえらああああ、かまうこたねええ、殺っちまええええええええええッッ」


 ピキピキピピピキキキキ……


 盗賊の集団が、悪鬼羅刹となって襲い来る。

 そして……多量の殺意。

 エグいまでのき身の思念が、俺の全身を打つ。

 思念の業火カルマフレアが、凄まじい圧となり俺へと押し寄せる。


 殺気?


 ……違う。

 これは、ただの殺気ではなかった。

 俺の手前の空間が、硬質化を起こしてピキピキ爆ぜていたのだ。

 盗賊団名のホマレによって強化された殺気が、空間に干渉して起こす現象であった。


 だが、問題は無い。

 その殺気は、俺に届いては無かったのだ。

 手で触れるのさえ可能な殺意の塊が、俺の目の前で爆ぜるのを知覚するだけ。

 俺の中から湧き出る気力が、濃密な殺気を弾き返していた。


 そうか、これがロコの言ってた「胆が据わってない呪術師では、武人の一喝を受け止められない」って、やつか。

 確かに、鍛えてない奴じゃ無理だろう。

 この量の殺気をぶつけられりゃ、きもを潰して腰を抜かすのも頷ける。


 それでも……

 静かだ。

 心の表面に、さざ波すら立ってない。

 頭の芯は冷静なまま。

 これ程の殺気を浴びながらも、状況を冷静に観察する余裕すらある。


 多量の殺意を受けても、平気で突っ立ってられる胆っ玉が俺の中にあるのだ。


 そうか……そうなのか。

 武名のホマレの意味も、扱い方も分からん。

 だが、気力で跳ね返せるのなら、そういうことなんだろう。

 ならば、俺は、肉底からのささやきにただ身を委ねるだけで良いのだ。


 焦りなどなかった。

 機先を敵に譲る形になったのであらば、逆に気を奪いかえせばよい。

 そのために何をすべきか、自然と身体が動いてくれる。

 数万回、いや、数百万回繰り返し業前わざまえを刻み込んだ筋肉が、俺を最善手へと導くのだ。


「セエぃッッ!!!」


 気合いを一つ。

 拡げた両腕を回し、胸の前で十字を切りながら開く。

 拳は外に向けた両拳をアゴの高さに整える。

 腕の動きに合わせ、脚も動き出す。

 左足を円の動きで半歩前に出し、両足つま先を内側に向ける。

 肩幅と同程度の広さに、足幅が決まる。

 両膝は内股になり、金的を守る。

 両親指の付け根に重心を置き、膝を緩く遊ばせ、脊柱規律筋によって腰が座ると、絶対防御圏が確保された。


 ”サンチン立ち”


 これで肉体は、難攻不落なんこうふらく堅城鉄壁けんじょうてっぺき、不動の要塞と化す。

 例え不安定に揺れる船上であろうと、安定して立てる不動のかまえ。


 続いて、両腕を引き、脇の下にたたみ込み胸を開く。

 両腕を前に出しながら胸をたたみ、呼気こきを吐き出す。


「コホォッ……ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……」


 ”息吹イブキ


 呼吸法。

 横隔膜を絞り、肺に残った排呼気こきを追い出す。

 排呼気こきを絞り出しながら、右掌底ショウテイは上から、左掌底ショウテイは下から正面へと突き出す。

 最後の瞬間、残り呼気こきの全てを、全身筋を使い、爆発的に絞り出す。


ぉッッ!!!」


 ”大喝ウォークライ


 瞬間的に肺腑はいふから絞り出した残り呼気こきは、破壊的な衝撃波を産む大喝ウォークライと化した。

 大喝ウォークライ轟音ごうおんが空気を震わす。 

 轟音ごうおんの衝撃波に、空間がゆがむ。


 ブゥオ…ッッ!


 衝撃波と同時、俺へと殺到していた殺気が霧散していた。

 離れた場所では、旗上で鈍色に輝く武名のホマレが、ろうそくの炎を吹き消すようにかき消えた。


 盗賊の大半は、ホマレ供給が途切れ、急激な肉体の変化に耐えきれず、その場でバタバタとへたり込む。

 腰を抜かすと言うやつだ。

 さっきまで武名のホマレによって、羅刹のように膨らんでいた筋肉は、みすぼらしい程しぼんでしまっている。


 予想以上の成果。

 異常と言っても差し支えのない成果を前に、余計な考察をする時間は無かった。

 すでに戦いを開始する前に勝負がついた……か、に見えた。


 が、まだだッッ!

 まだ、恐るべき殺気が二つ残っている。


 盗賊団名のホマレを失っても尚、走り続ける豪男が二名もいたのだ。

 赤髪の槍使いと、剣使いの二人組……護衛を倒した腕の立つ豪男達が迫る。


 即応。

 二人を迎え撃つべく、次の動きへ入る。


ォッオッ…ォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオ……」


 腹式呼吸によって横隔膜を下げる。

 肺腑はいふへ、新鮮な空気が満ちる。

 新しい空気と共に、臍下ヘソした丹田へと気を叩き付ける。

 全身の筋細胞に気が巡る。

 全身の筋細胞が一斉に活性化し、肉筋がグリュリュリュルンと怒張バルキる。


 戦闘準備完了ファイティングポーズ


 俺の準備は整った。

 正面からは、二人組の豪男が、燃えるような赤い髪の毛を振り乱して走ってくる。


 あと数歩……そこが俺の間合ぃッッ。


 だが、間合いの手前で、槍を持った方の豪男が急停止した。


「止まれェッッ!!」


おうッッ」


 合図と共に、もう1人の豪男も止まった。


 良い筋肉だ。

 すばらしく張っている。


 敵である。

 だが、急制動に成功した敵の筋肉は、賞賛に値する。

 腰の肉付きの丸みが気になるが、良く張パンプアップった筋肉は悪くなかった。

 特に、槍を持った豪男は、他の奴らと違い、実に良い筋肉をしている。

 鎧の上からも分かる肉付きから、武の香りが漂う。


 ニィイイッ!


 俺の片ホオが吊り上がった。

 俺は、笑っていた。

 強者を前に、獰猛な笑みを我慢できなかったのだ。


 コイツは、強者ツワモノだ。

 コイツは、獲物ゴチソウだ。


 俺の期待は高まるばかりであった。

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