夜が明ける頃、俺が最後の火の番をしていると、丸まったマントの中からロコがゴソゴソと這い出してきた。


「よぉ、起きたか」


「ふぁい、おはようございます」


 ロコは、ムニャムニャと、まだ眠そうな目をこすりながら起き上がると、寒いのか、暖を取ろうと俺に体を寄せて座った。

 昨日は、しっかりした少年に見えていたが、彼はまだ子供っぽいところが残っているようだ。

 俺にもたれ掛かりながら、うつらうつらしているのを見ると、可愛いものだ。


「いつもこんな感じなのか?」


 俺が、ニャムスを見るとガーガーとイビキをかいてる。

 ロコはその様子を意識すると目が覚めたようだ。

 俺に寄りかかった姿勢から背筋を伸ばして座り直す。


「ふぁ、今日は名無し様が居られるので安心しきっているみたいですね。私も、野営でぐっすり寝たのは初めてかもしれません」


「そうか、よく眠れたか」


 俺は、笑顔でロコに答えた。

 笑顔は、文明的対話コミュニケイションの基本である。

 だが、子供の面影を残す少年の返答は俺の予想と違った。


「ええ良く睡りましたが……えっと、あの……」


 隣を見ると、少し不安な表情に変えたロコが俺を見上げていた。

 俺は、彼に何か不安を与えたのだろうか?


「どうした? 何か不安があるのか」


「いえ、不安と言うか、その、武人である名無し様は、私のような呪術師とパスを結ぶのをうとましくは思わないのですか?」


 ロコが不安に感じている理由が全く理解できなかった。

 呪術師の何がうとましいのだろうか?

 全く意味が分からないので、彼に聞いてみた。


「飯をおごってくれたお前達をうとましく思う訳ないし、その力でお前達は安全に旅をしてきたのだろ、良いじゃないか呪術師。そんなお前達とパスを結ぶのが、どういけないのか俺には解らん」


「そそ、そうですね、エヘヘ」


 俺が呪術師を肯定すると、さっきまで憂い顔だったロコの表情が、パーッと笑顔になった。


 これが若さだろうか、表情がコロコロ変わるヤツだ。

 ロコの機嫌が戻ったところで、呪術師について聞いてみよう。


「そうだな、呪術師について教えてくれるかい?」


「は、はいっ」


 笑顔でうなずいたロコは、凄い早口で説明し始めた。


 だが……

 凄い早口な上、長い。

 長すぎた。

 長すぎるので、俺は途中から聞くのを諦めたのである……


「では、呪術師についてご説明しましょう。神代創世期、冥府よりこの世に現れたオーガ神を駆逐すべく天界より一柱の武神……ええっと、この武神の真名マナは、残念な事に失伝しており今は解っていません。いませんが筋肉なんです、剛力無双の筋力神が活躍したのは間違いありません。なにせ、霊峰エウポス山の山頂付近に今でも鎮座する武神像、通称筋肉像マッソーブロンズは、あまねく天下を照らし、筋肉を信奉する信者を見守っ……と、これ昨夜も話してましたね、何回も話して申し訳ありませんす。何の話だったかな、あ、そうだ武神の話ですね。世界に降臨した武神によって冥府のオーガ神は討ち祓われ世界は救われました。その時、武神によりもたらされた世界のことわりすらねじ曲げる力有る文字マジックスペルしゅによって、我々呪術師は新たなる可能性を手に入れました。以後、呪術師は、力有る文字マジックスペルを使い世界の深淵の謎を解き明かすべく、日夜研鑽を積むようになったのです。そして力有る文字マジックスペルと同時に武人が産まれました。武人は、根源の呪たる武名にソウルを乗せ『武名のホマレ』を顕現させて戦います。強いんですよ凄く強い。で、どれぐらい強いかと言えば、呪術師はしゅソウルを打ちますが、武人は武術で肉ごとソウルを打つので、力有る文字マジックスペルを叩き潰せるんですよ、ズルイですよね。ですが、代わりに呪術師は、呪詞デバフ祝詞バフが使えるんです、心に潜む禁忌や渇望を利用してソウルを縛る……いや、ソウルを導く強みが有るんです。有るんですが、真正面から武人へ呪術を使うと全く歯が立たない、なぜなら生半可な呪詞デバフでは、肝を練り上げた武人の一喝ウォークライ一発で終わり、それかビンタ。幼い頃から武芸と肝を練り上げた武人は『奇跡も呪術も鍛え抜かれた筋肉の前では無力』とか言っちゃうぐらい思考方法が違うもんだから話しが通じない、そりゃ術なんか通じませんよ。あ、でもこれは内緒ですよ、あまり人には言わないでくださいね、呪術師組合ギルドから怒られちゃいます。えーっと、それは良いとして、言葉にソウルを込め言霊化したしゅは、力でありソウルに干渉する……あっ」


「……」


 早口で一気にまくし立てていたロコは、既視感デジャブを張り付かせたまま笑顔で固まる俺と、ようやく極近距離で目を合わせた。


「ちゃんと聞いてました?」


「……ああ」


 俺は笑顔で返事をしながら、ヒザの上に登っていたロコをソッと持ち上げ、距離を離した。

 笑顔は文明的対話コミュニケーションの基本である。


「私の説明、解りますよね?」


 不満げな顔したロコが、俺に詰め寄ってくる。


「いや、一つも解らん。そもそもしゅとはなんだ?」


 知識の無い話を早口で説明されても理解できない。

 俺の素直な返答に、ロコはほっぺたを膨らませた。


「むー、そこからですか? 呪術の基本ですよ」


「すまんな、その呪術の基本から教えてくれ」


「そうですね、しゅとは、言葉であり、力です」


「言葉であり、力?」


「えー、どう説明すればいいかな……」


 ロコは、首をかしげて考えをまとめているようだ。

 少し時間をかけてから答えた。


「言葉……言の葉は、ただ口にするだけで強い力を持つのはご存じでしょうか?」


「ふむ、言葉を話すだけで力が出ると」


「はい、言の葉は、使い方によって、ソウルへ強い影響を与えるしゅに変わるのです」


「言葉その物が、ソウルにね……」


「そうですね、しゅの基本を説明すると、強い言葉でののしり否定し続けると、人はやる気を奪われ、ソウルを衰弱させます。コレを呪いの言の葉……呪詞デバフと呼びます」


 何となくロコが言いたい事はわかった。

 確かに、言葉は力に変わる。

 呪いことばは、人のソウルを縛り付けて、その自由を奪うだろう。


「うむ」


「逆に、人を褒め讃えたり応援する言葉で、人はやる気を起こして元気になり、ソウルを活性化させます。私達はコレを祝福の言の葉……祝詞バフと呼びます」


「なるほどな」


 逆もまた真。

 確かに、言葉が人を衰弱させるのが道理なら、言葉が人を元気にするのも道理だ。

 人は褒められれば嬉しいし、応援されれば勇気が出る。

 祝いことばによって、人はその力を増すのだ。


「呪術の基本は、対象が隠し持つ禁忌や渇望を利用し、最もソウルへのパスの繋がる言葉を選んでしゅを組み上げます。これに生贄や儀式などの一手間を加えると強力な呪術が完成します……しますが、この方法にも問題があります」


「問題?」


「はい、基本的に呪術は、同じ言葉を話す相手で無ければなりません。国が違い言葉が違えば、相手の禁忌や渇望には届かず、術が成立しないのです」


「言葉の問題なのか?」


「そうです、話しが通じないと言うやつです。こうなると大変です、術が成立できなければ、行き場を失ったしゅパスを逆流して元の術者を襲います。呪術は入念かつ執拗に準備しなければ、恐ろしい術返しを喰らう諸刃の剣なのです」


「ふむ、失敗すると己に返ってくるんだな」


「そうなんです、そこで力有る文字マジックスペルの出番なんです」


「|力有る文字マジックスペルが?」


 何がそうなんです、なのだろう?


「はい、そちらをご覧ください……そう、その祖霊柱トーテムです」


 ロコが指さしたのは、光る文字が湧き出す例の石柱だ。

 祖霊柱トーテムの説明は、昨日、二人との会話に出てきたな……


「アレか、昨夜の説明では、プロテクト力有る文字マジックスペルが湧き出してるんだよな」


「はい、この力有る文字マジックスペルは、呪術師が使うしゅの中でも特別な存在です」


力有る文字マジックスペルは特別なのか」


 呪術師が操る言葉なのだから同じかと思ったら、力有る文字マジックスペルはちょっと違うようだ。


「通常のしゅソウルに働きかける力ですが、力有る文字マジックスペルは少し違います。武神によって神世からもたらされた理外の力が込められているため、ソウルはおろか、肉体にまで影響を及ぼします」


「肉体に影響が?」


「はい、例えば通常の呪術で『オマエの腕を斬ったぞ』と呪詞デバフを送り込んだら、腕が斬られたと錯覚して動かなくなりますが、時間が経てば元に戻ります。ですが、スラッシュ力有る文字マジックスペルで腕を切ると、肉体を構成する霊体が斬られて、腕に大きな切り傷を作ります……まあ、武名のホマレを輝かす武人相手だと、余程の術者でなければカスリ傷にもなりませんが」


「ふーん、まあ力有る文字マジックスペルは凄いんだな」


「そうです、力有る文字マジックスペルは実体化させなければ使えませんが、通常の呪術より短い詠唱で効果を発揮できる上、術返しなどの危険もないため、非常に使い勝手がよいのです」


「つまり、武人が唱える武名のホマレが目に見える形になって真価が発揮されるように、力有る文字マジックスペルもまた実体化して、その力を発揮すると思って良いのか?」


「その通りです、そこの祖霊柱トーテムから湧き出すプロテクト力有る文字マジックスペルは、ハインダー大森林狭間ダンジョンから街道を守護っているのです」


「ふむ」


 最初、道に出てきたとき、森の獣が逃げていく気配があった。

 あの力有る文字マジックスペルが獣に触れて、その力を発揮したのだろう。

 実際、この不気味な彫刻を掘られた石柱からは、光りながら舞うプロテクト力有る文字マジックスペルが湧き出ている。


「この祖霊柱トーテムの仕組みは、土地祖霊のソウルを借り受け、力有る文字マジックスペル現世うつしよ顕現けんげんさせています」


「なるほど」


 石柱から湧き出す力有る文字マジックスペルは、土地祖霊とやらから力を借りているのか。


「そして、顕現した力有る文字マジックスペルは、視覚や肌から取り込まれ、直接霊体にパスが繋がるため、人の言葉を知らないオーガはおろか、狭間ダンジョンが相手でも通用します」


「ほう」


 目に見えるほど実体化した力有る文字マジックスペルは、ただ見たり触れると、あのオーガ相手でも呪術が通用するようだ。

 力有る文字マジックスペルとやらは、便利な術らしい。

 しかし、こんな石に文字を掘ったぐらいでなあ……


 俺は、疑問に思ったことを、石柱に彫り込まれた文字を見ながら尋ねた。


「つまり、石柱に文字を掘っただけでそんな力が出せるのか?」


 俺の疑問に、ロコは首を振った。


「いいえ、少し違います。この祖霊柱トーテムの場合、大神殿パルテノンの偉い高僧ハイモンク達が、強い力有る文字マジックスペル付与エンチャントしているため、土地祖霊が力を貸し続けてくれているのです。凡人の付与エンチャントでは土地祖霊からすぐに見放され、あっという間に力を失います」


 この祖霊柱トーテムは、高僧ハイモンク付与エンチャントで土地祖霊から力を借りているのか。

 言葉を操る呪術程度で、それ程の力がだせるとは……と言うことは……


 俺は、ロコの目を見ながら、さっきから引っかかっていた部分を尋ねた。


「……ふーん、つまりロコは力有る文字マジックスペルで人を傷つけたり、呪詞デバフで人を呪ったりもできるって事なのかい?」


 一瞬、ロコの目がうろたえ、そのまま俺の疑問に答えた。


「やろうと思えば出来ます……できてしまう故に、呪術師の多くは、呪術をみ仕事として、正体を秘すのです」


 ロコは、シュンとしてしまった。

 呪術師は、呪詞デバフ効果から世間に白い目で見られてるらしい。

 彼にも色々と事情があるようだ。

 少し話しを変えてみよう。


「ふーむ、呪術師にも色々あるのだな……ところで呪術師は誰にでもなれる物なのか?」


 彼自身に問題はなさそうだし、呪術で色々できるのも解った。

 ただ、呪詞デバフ力有る文字マジックスペルのような物が誰にでも使えたら、普通の生活ですら大変だろうと疑問に思ったのだ。


「いえ、そう簡単じゃ無いです。力有る文字マジックスペルが目視できる程の実体化を起こすには、術者のソウルを捧げる必要があります。それには才能と過酷な修行を必要とするのです」


「へえ、じゃあロコは、才能あるんだな」


 俺が褒めたら、ロコの顔が曇った。


「いえ……あの私の呪術は、正統な呪術師と違い、外法の精霊エレメンタル呪術を使っていまして……」


「ちょっと待つにゃ」


 言いよどんだロコの横から、ニャムスの声がかかった。

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