約束


「……ニャムスは強いのかい?」


 俺がニッコリと尋ねると、ニャムスは顔を引きつらせ、カタカタ震えだした。


「ニャ、ニャーは、自分の強さぐらい分かってるにゃ。武名のホマレを賭けた立ち会いとか勘弁して欲しいにゃ」


 ニャムスが、涙目になっている。


 が、ちょっと、待って欲しい。

 俺は文明人なのだ、野蛮人ではないのだ。


「おいおい、食い物の恩があるお前達と、立ち会いなんかするわけないだろ」


「良かったにゃ。強すぎる武人は、頭オカシイ人多いから怖かったにゃ」


 ホッとしたニャムスを見てると、武人も色々大変らしい。


「安心しろ、俺が頭オカシイ訳なんかないだろ」


「……本当かにゃ? 信じて良いかにゃ?」


「心配するな、俺は見ての通りの文明人だからな!」


 俺は自分の分厚い胸を叩き、ニャムスを安心させてやった。


「……ウニャァ、心配だにゃあ」


「ははは、ニャムスは心配性だな」


 どうもニャムスは心配性ならしい。

 俺は気にせず、ロコに話しの続きをうながした。


「ロコ、続きを話してくれ」


「はい、名無し様、武人とは、特別な力を持つ戦士なのです」


 成る程、武人はただの戦士ではないんのだな……ん、近い。


 振り向くと、ロコが鼻息をフンスーとさせながら、にじり寄っていた。

 ちょっと目を離すと、これだ。

 気がついたら、俺の間合いにスルリと入って来やがる。

 座っている位置を少しだけずらした俺は、平静を装って返事をした。


「あ、ああ、そうなのか」


 俺の返答に、ロコが目を細めて見てるが、俺は素知らぬ顔で通す。


「例えば、肉体を持たない怨霊レイスたぐいは、きもの細い常人の生命力を衰弱死ドレインタッチダウンさせる恐ろしい存在です」


「ふむ」


「ですが、きもわった武人ならば、怨霊レイス相手であろうと容易たやすく斬り伏せます。事実、武人貴族の子弟は幼い頃からキモ・・試しとしょうし、木剣を片手に墓場の怨霊レイス歩き屍人ゾンビ退治を行います」


「……ほう」


 俺は感心した。

 本物の武人は、幼い頃から鍛錬を積むのだなと。


「さらには、剛胆な武人と正面から相対すれば、呪術師の呪術は楽々と退しりぞけられてしまいます」


「武名のホマレを前にすると、呪術が通じないのか?」


「はい、荒行あらぎょうを積んだ呪術師が使う力有る文字マジックスペルなら別ですが、通常は剛胆をもって鳴る武人を前にすれば、呪術師の呪術など通用しません。むしろ逆にきもが据わってない呪術師では、武人の一喝ウォークライで肝を潰し、返り討ちに合うため、絶対に正面からは挑みません」


「うむ」


 この辺りは、分かった。

 どうやら、直接ぶん殴った方が早いみたいだ。

 拳でぶん殴れば良いってのは、とても分かりやすい。


 ロコは、俺がうなずくのを見ると、笑顔になって話しを続けた。


「名無し様、どうやら分かってくださったようですね。武人は武名のホマレを上げるため修行を行うだけではなく、より早い方法でホマレを高めようともするのです」


「ホマレを高める?」


「はい、武人同士で、武名のホマレを賭けた立ち会いを行うのです」


「立ち会いか」


「はい、互いに武名を名乗り合うことで、武名同士にソウルパスが繋がります」


パス? が繋がるとどうなるんだ?」


「はい、相手を打ち破り心を折れば、繋がりを絶たれた敗者のソウル彷徨さまよいます。彷徨さまよったソウルは、立ち会いの時に繋がったパスを通じて勝者の武名へと流れこむのです」


 うむ、良く分からんが、要は勝てば良いのだ、勝てば。


「なるほどな、勝ちゃ良いって事か」


 名前とかソウルとかは、戦う相手から奪えるモノらしい。

 トカゲを倒した時、石の中から出てきた光が、俺の手の中に入ってきた。

 あれがソウルか?

 いや、あの時は名告り有った覚えがないのだが……うーむ。


 俺が考え込んでいると、またロコがにじり寄りながら、小さな顔を近づけようとしてた。


「名無し様、聞いてますか?」


「お、おう」


 ……近い。


 気がつけば、ロコは俺のヒザの上に乗っていた。

 今度は、逃げられない。

 そんな俺の様子を余所に、ロコは興奮して少し潤んだ目で俺へと説明を続けた。


「そしてホマレを高めるには、勝利だけではダメなのです」


「……勝つだけじゃダメなのか?」


「勝つことは大事です、ですが勝利を重ねた武名は、じきに世間に知られるようになり、人気が出てからが本番なのです」


「……人気?」


「はい、個人武名でも、家や武術流派などの血盟団クラン名でもいいのですが、その武名が有名になれば、人気が出て魂援ファンが声援するようになります」


「フム?」


魂援ファン推すおす武人の武名を声援するたび祝詞バフとなった推し魂お布施が武人へ届き、その武名を成長させます」


 ん?

 武名を声援されると、推し魂お布施が届いて武名を成長させる?

 人が応援されれば、元気をもらえるのは分かる。

 が、そんなので、ソウルに影響するのか?

 つまり、声援だけでも、強くなれると言うのか?


「……武名を呼ぶ声援が集まっただけで、強くなれるのか?」


「もちろんですとも。魂援ファンから届く推し魂お布施によって、武人の武名は大きく成長するのです、まさに武名の誉れホマレなのです」


 もう驚くことは無い。

 オーガが出たり、道ばたの祖霊柱トーテムから光る文字が沸き上がる世界なのだ、声援で強くなることだって有るのだろう。

 もう知らん。


「お……おう、そうなのか……っと」


 俺は、気のない返事を返しながら、ソッとロコをヒザの上から降ろした。

 ロコは、俺の態度に、潤んだ目からジト目になっている。

 そんな目で、俺の太ももを触るな。


 とにかく、武人は、名前を売り武名のホマレを強化しなきゃなんないのだな。

 色々とややこしい。


 俺は、ロコの手を太ももからそっと外しながら反対へ顔を向けた。

 武人について考えていたら、むんずと顔をロコの両手が挟んで、強制的に目を合わされた。


「名無し様、きいてます?」


 人が一生懸命考えようとしてたのに、ロコの可愛い顔が俺を覗き込んでくる。


「…きいてる、きいてる……続きを話してくれ」


 俺は、ロコの両手を剥がして、距離を取った。


「武名が有名になって世間から承認されれば、二つ名ネームド憑きで武名を呼ばれるようになります。そうなると、頭上に浮かぶ武名に二つ名ネームドが追加されます」


「……二つ名ネームド憑きねぇ、何か違うのか?」


「はい、二つ名ネームド憑き武人になれば、通常攻撃よりも強力な必殺技が放てるようになります」


「ん? 必殺技?」


 必殺技には興味がある。


二つ名ネームド憑き武人が、必殺技名を詠唱すると、頭の上に必殺技名が表示されるようになります。技を出す前に表示されるので、相手を弱らせてから出すのがコツなんですよ」


「……へー」


 もう何を聞いても驚かない。

 そりゃ、必殺技名だって頭の上に浮かぶんだろう。

 ……

 そうかぁ……

 必殺技名を詠唱すりゃ、必殺技名が浮かぶのかぁ。

 そうかぁ……


「カッコイイ必殺技名は、人気の秘訣なんです。二つ名ネームドにしている武人も多いですから、頑張って考えてくださいね」


 必殺技の名前に気を遣えとか、面倒くさいものなんだな。

 武人とやらも楽な商売じゃなさそうだ。

 …うーむ、どうしたもんだか……って、近い。


 気がつくと、ロコの吐息を首筋に感じていた。


 近すぎだ。

 さっきから、俺の中で「へっヘキが……裏返るッッ」と叫ぶ俺と、「俺は一向に構わんッッ」と叫ぶ声が綱引きをしていたのだ。

 が、勘違いしてはいけない。

 このまま本能だけで行動するのは、文明人としてあるまじき行為なのである。

 潤んだ瞳で俺を見つめるロコは、無垢な美少年だ。

 勘違いしてはいけないのだ。


 俺は小さく呼吸を整え、また座る位置をずらした。


「そうか」


「うー、名無し様、本当に私の話し聞いて下さってるのですか?」


 ロコは、ほっぺたを膨らませて抗議した。

 その仕草が、男の子なのに妙に似合っていて困る。


 視線を感じて横を見ると、ニャムスと目が合った。

 目を爛々と光らせたニャムスは、口元をニヨニヨしながら、荒い鼻息を俺達に向け、何か興奮している。


 俺が困っているのに、本当にヒドいやつだ。


 クイックイッ!


 俺がニャムスを睨んでたら、ロコに服のすそを引っ張って抗議された。

 ほっぺたをブスッと膨らませて、俺を見上げている。


「名無し様、人の話は、ちゃんと聞いてくださいね。えーっと、どこまで話したかな……それ故に、武人は、己の武名のホマレをより高い物にするため血道を上げているのです……ここまでは良いですよね」


 良くない。


「お、おう」


 でも俺は大人なので、ちゃんと返事をした。

 返事しないと怒られてしまう。困った。


「武人は、武闘会のような機会に、命がけで民衆からの承認を…………」


 ロコの奴は、勝手に盛り上がって喋り続けている。

 俺はもう、適当に聞き流していた。

 上の空で情報を整理中だ。


 強くなるには、肉体をいじめ抜くしかないと思うのだが、どうもそれだけでは足らないらしい。

 強い奴を倒した上で、名前を売れって事でいいのか?

 うーむ……分からん。

 ……分からんが、要は勝ちゃ良いんだろ、勝ちゃ。


 色々説明されたが、要は勝てば良いのだと結論づけた。


「……と言う訳なのです……どうです? ご感想は?」


 ロコがようやく口を閉じた。

 俺は、ドヤーって顔になったロコに返事をした。


「ああ、そうなのか」


 ……


「ええー、それだけなんですかあ?」


 ロコは、俺の簡素な返答に失望を隠せない様子だ。

 シュンとしている。

 武人とやらに熱心なロコへ、ちょっと悪いことをしたかも知れない。


「ああ、悪い悪い、本当に分からないんだよスマンナ」


「はあ……そうなのですか……分からないのですね……名無し様」


 ロコは、言葉を句切って何かを考えているようだ。

 その表情も真剣なものに変わっている。


「ん、どうした?」


「分からないついでにお尋ねしますが、本当に、武名を名無し様と呼んでよろしかったのでしょうか?」


「……正直思い出したいが、さっきも説明した通り、どうせ俺の喉から発声できない名なんだ、どうにもできない事は考えてもしょうがない」


 ロコが困った顔をしているが、名前の残滓は全て使い切った後なのだ。

 今更である。

 だが、ロコの反応は違った。


「いえ、先ほども説明しましたが、武人にとって武名は本当に大事です。いい加減な名付けは、武人の真の力を引き出せません」


 真面目な顔で名無しはダメだと言っている。


「ダメなのは解ったよ、でもどうにかなる物なのかい」


「はい、私の呪術……精霊エレメンタル呪術でなら名前の問題を解決できるかも知れません」


「……できるのか?」


 一瞬、口ごもってしまった。

 名前が取り戻せるなら取り戻したい。

 ロコは、一度呪術と言ったのを精霊エレメンタル呪術と言い直した。

 どうやら大層な力があるようだ、期待してもいいのか?


「ええ、必ず思い出せる保証はありませんが、これも何かの縁、明日の朝陽光が出てから、わが主木樫ノ木の精霊エレメンタルの力を借りて呪術を執り行います」


 彼は、本気で俺を気遣ってくれている。

 俺は笑顔で礼を言った。


「わかった。こんな俺に気をつかってくれて嬉しいよ」


 森の中から出てきた裸足の大男へ優しくしてくれるロコに、感謝の気持ちがわき上がる。

 何となく上を見上げると、すっかり夜のとばりは落ち、満天の星空と見事な光帯が夜空を飾っている。

 今にも落ちてきそうな穴あきの月が俺を見ている気がした。


 目が覚めてからずっと訳が分からないままだが、今宵は悪くない気がする。


 その後、最初の火の番を俺が勤め、ロコとニャムスは自分たちのマントにくるまり睡りに着いた。


 三人で火の番を交代しながら、夜はふけていった。

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