俺は、意気揚々と森の中を突き進んだ。


 ……迷った。


 瘴気の霧は晴れたが、森の中は薄暗いので太陽の位置がイマイチ分からなくなったのだ。

 3日ほど森の中を彷徨まいごった。


「いやあ、まいったまいった、脅し過ぎちまったのは失敗だったなあ……」


 持っていた燻製肉ベントウは食べ尽くしちまったし、水も全部飲んだ。

 しょうがないので、水筒代わりの胃袋も喰っちまった。

 水の方は、その辺の木をギュッとしぼれば何とかなるが、その辺の草では腹の足しにならない。

 森のゴチソウ達は、気配があっても、すぐに隠れて姿を見せなくなった。


 王者チャンプを倒したとき、少々、森を脅し過ぎちまった。

 おかげで、あてにしてた食料予定は皆無だ。


 初日にバッタリ出会った巨大な白い狼なんかは、「ルールルル、おいでー、コワクナイコワクナイ」と、満面の笑顔で両手を拡げて誘ったのに、巨大な尻尾を股の間に挟んで、全速力で逃げやがった。

 俺もムキになって、「待たんかコラー」と、追いかけたが、結局逃げられるし、完全に道に迷うしで散々な目に遭った。

 後で、懐の中に入れてたデカイ光る石を、狼に投げつけてやれば良かったと後悔したが、後の祭りだ。


 その後、俺は森を彷徨まいごい歩いた。


 今朝の事だ、目を覚ますと、すぐ近くで葉っぱの腰蓑こしみのをまとう二匹の裸猿が歩いているのを見つけた。

 俺は、こいつらで我慢するかと捕まえたのだが、問題が起きた。


 大きい方の裸猿が地面に土下座しながら、

 「弟だけは許して欲しいゴブ、アタイの体だけで勘弁して欲しいゴブ」

 と、喋り出したのでビックリしたのだ。


 もう1匹の裸猿も、

 「ねえちゃんっ、嫌ゴブ。おいらこそどうなっても良いゴブ、だから、ねえちゃんは助けて欲しいゴブ」

 と、二人で葉っぱの腰蓑こしみのを脱ぎ始めたので、

 「いや、いいから……いいからちょっと待てって、だから待てって言ってるだろが。悪かった、俺が悪かったから脱ぐなっ」

 と、二人の姉弟裸猿を止めた。


 待望のゴチソウであったが、人型。

 しかも人語を解する。

 さすがの俺も、これは無理であった。

 取りあえず、道の方向だけ教えてもらうことにした。


「いや、なんだか脅かして済まねえな。代わりと言っちゃ何だが、人間が使ってる道を教えてくれねえか?」

 と、聞いたら姉裸猿が、

「あっちゴブ、ゴブ達が近づいたら何だか嫌な感じがするゴブけど、人間は大丈夫ゴブ」

 と、教えてくれた。


 俺は道を教えてもらった礼に、頭に刺していたトカゲの尾羽を姉裸猿に渡した。

 ちょっと気まずかったのだ。


「これは、いきなり襲いかかった詫び代わりにもらってくれ、なんだかキレイだろ」


「ありがとうゴブ、なんだか凄いジュリョクが有るゴブ」


 尾羽を受け取った姉裸猿が喜んでいる。


「? そうか、喜んでくれたら何よりだ」


 と、言うわけで、「達者でくらせよ」と、姉弟裸猿を開放した。

 姉弟裸猿は、何度も俺へ振り返り、お辞儀をしながら森の中へと消えていった。


 ……まあ、道が分かっただけでも良しとすべきであろう。


 道までの途中、色々と反省しながら歩いた。


 あの姉弟の互いをいたわいつくしみ合う態度、俺なんかよりも余程の文明人ではなかろうか。

 その点、俺はどうだ?

 相手が獣だとあなどり、有無を言わさず、いきなり襲いかかってしまった。

 空腹ハラペコのあまり、文明的対話コミュニケーションを怠ってしまったのだ。

 あれじゃ、俺の方が野蛮人だ。

 情けない。


 文明人として情けなかった。


 俺は、バカだ。

 カラーテバカなのだ。

 どんな問題でも、ゲンコツで解決すれば良いと勘違いした大バカ者だ。

 いくらカラーテでも、文明人として振るまわねば、ただの暴力でしかない。


 文明人であらんと欲するなら、姉弟裸猿に習い、文明人として己を律し続けねばならぬと、決意を新たにしたのであった。


 ~~~


 そんな訳で、そろそろマズいなと思った頃、明るい場所を見つけた。

 光の射す場所まで辿り着くと、そこは石畳を敷き詰めて舗装された道だった。


 姉弟裸猿の言ったとおりであった。

 あいつら、良い奴だ。


 さて、道の方は、森の地形にそって広い道が左右に伸びている。

 大穴の上に立ってた時に見た道だろう。

 石畳道の広さは、俺が4~5人は横に拡がって歩けるぐらい広かった。

 さらに、道の両脇の木々は切り倒され、道と同じ幅の安全地帯を作る。

 森と文明との、明確な境界線が引かれていた。


 整備されているのは、石畳舗装の道だけじゃない。

 道の両脇には、一定間隔に立てられた石柱が立つ。

 不気味な装飾を施した石柱からは、微かな光雲が湧き出している。

 微かな光雲は、石柱の上で渦を巻き、森の中へと散っていく。


 近くで見ると、微かな光雲は、無数の光の塊が寄り集まり、発光している。

 不思議に思い、光の塊を近くで眺めた。

 すると、頭の中にイメージが流れこむ。


 この光は……文字か?


 俺の胸に刺繍された文字に似ていたが、違う。

 この文字は、目視でも読むことができるぐらい、形が整えられていた。

 それは、全て同じ文字だった。


 ”プロテクト


 たった1つの文字でも、単体で意味が分かる。

 この場合、「道を守護るプロテクト」と、いうイメージであった。


 実際、光る文字が森に流れこんで、獣を道から遠ざけているようだ。

 耳を澄ますと、時々小さな悲鳴と共に、獣が走り去る気配がする。

 姉弟裸猿が、嫌な感じがすると言ってたのは、これの事だろう。


 それにしても、不思議な光景であった。

 何で、こんな物が、こんな場所に有るのか分からない。

 目が覚めてからずっと分からない事だらけだ。

 考えようとすると、頭がこんがらがりそうになる。


 分からねえ……なら。


「辞めた辞めたっ、考えたって分かんねえもんは分かんねえんだ、辞めっ。ったく、トカゲの奴みたいに、分かりやすい事ばっかりなら言うことねえのになあ」


 分からないので、考えるのは辞めた。


「……とは言った物の、どうするかな」


 不安や恐怖は感じない。

 だが、これから何をすれば良いのか、記憶も目的も何にも無いのは困った。


「フム……」


 俺は、額をポンポンと叩きながら考えた。


「まあいい、道があるのなら、どっかに通じてんだろ……運に任せるか」


 ぶっとい指で、枯れ枝を一本拾い、ポイッと投げた。

 落ちた枝の太い方へ行くと決めている。

 枝は、クルクルと回転をしながら飛んでいく。

 ぽとりと枝が落ちた。

 枝が先示す方へと、視線をやった時、それに気がついた。


「……」


 音?

 いや、声か?


 何かが、近づいて来る。

 一瞬、森の中で出会った獣かと身構えたが……違う。

 耳を澄ます。

 意味を成さない音の羅列が次第に形になり、人の会話が聞こえてきた。


「……わ、若様、少々お待ちにゃ、御一服……ちょっとだけ、ちょっとだけ休憩にゃ」


「もうすぐ休憩所だ、そこまで頑張れ、頑張れないなら置いていく」


「ひどいにゃ! 若様がこーんな小さい頃からお世話してきた可愛い可愛いニャーを置いてくとは、ひどいアルジにゃ」


「うるさい、ニャムス自分で可愛いとか言うな。それに、私がお前の荷物の大半を持ってるのに何で足が遅いんだ、このままでは日暮れまでに宿場町まで辿り着かないではないか」


「ウニャ、それはしょうがにゃいにゃ。ニャーは若様の警固衆ロイヤルガードにゃ、身軽でにゃいとダメにゃ」


「身軽ならもっと速く歩けばよいではないか、私は速く宿に入って公衆浴場テルマエで汗を流したいのだ、こんな大狭間ダンジョンのすぐ隣で野営など嫌だぞ」


「解ってるにゃ、でも、予定よりも荷物が多いにゃ、重すぎるにゃ。つまり若様が悪いにゃ」


「なっ!? 荷物が重いのは、お前の薄い本が売れ残ったのが原因ではないか」


「ソ、ソレにゃ」


「何がソレだ?」


「若様が悪いにゃ。ニャーの薄い本は大変儲かるにゃ。若様は、武人本よりもニャーの薄い本に力を入れて欲しいにゃ。ニャーのプロデュースでにゃら若様はもっと輝くにゃ、大儲けにゃ、ガッポリにゃ、おぜぜは大事にゃ」


「……嫌だ、お前の薄い本の客は、目つきは怖いし、私のオシッコを寄こせと言ってきてしつこいから商いたくない」


「何を言ってるにゃ。美少年のオシッコはお金と同じにゃ、美少年のオシッコを発酵させるとお洗濯物の汚れが良く落ちる洗剤ににゃるにゃ。首都のアパートでは、若様もご近所の奥様方からせがまれてオシッコ提供してたにゃ」


「くっ……アパートの奥様達と違い、あの者達は、オシッコをここでしろといって、私の身体をペタペタ触ってくるではないか。絶対におかしい」


「ケチケチせず、オチンチンぐらい触らせたら良いにゃ、減るもんじゃ無いにゃ。あの方々はとても良いお客様にゃ。売れ残ったのは、きっと若様がサービスしにゃかったせいにゃ」


「なっ!」


「若様が悪いにゃ。もっとニャーの荷物持って欲しいにゃ。もう歩きたくないにゃ。ここで御一服にゃ」


「ふっ、ふざけるなっ!! 私が手伝わなかったのと、お前が歩かないのとは関係ないだろうが」


「若様は、色々な力有る文字マジックスペルが使えるにゃ、ちょっとぐらい荷物持ってくれても良いにゃ。ニャーとは違うにゃ、ズルイにゃ、不公平にゃ、もっとニャーをいたわるべきにゃ」


「なっ……」


 賑やかな二人組が、カーブした道の向こうから姿を現した。

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