僕と彼女の美味しい焼肉

ペアーズナックル(縫人)

[注意]お残し厳禁!!

デート先が焼肉だなんてとても変わってるよ、と周りから言われそうだが、それでも僕は行くと決めた。正直焼肉だろうがレストランだろうが彼女と共に食う飯に勝るものはこの世にないのだ。愛というものは合成豆腐さえも天然ビフテキに変える力がある魔法のスパイスなのだということを僕は彼女と食事を共にするたびに強く確信している。


一つ不思議なことに、彼女は何故かオンライン焼肉という形を選んで僕を招待した。これまで対面で食事してきたけどたまにはこういうのも新鮮でいいでしょ、と言うのが彼女の言い分であるが、まぁそれもその通りだろう、幸いその店は薄汚れてはいるものの通信環境は良好で使用する電子パッドの通信のずれも許容範囲内だ。


この店の親父には彼女の名前で話をつけていたらしく、僕がそれを伝えると早速テキパキとテーブル席を用意してくれた。彼女もサービスのきく、なかなかいい店を選んだものだと感心していたら早速親父は一人分の肉を僕の卓へと持ってきた。親父は何故か小刻みに震えて肉を出したが大した問題ではない、あとは自分で好きな程度に焼くだけだ。


「ねづくん、まずはタン塩から食べてみない?これを柑橘系風味人工調味料につけて食べるととても美味しいんだよ!ちなみにタンってね、舌のことを言うの。これを食べたらねづくんは自動的に肉の主とベロチューしたことになります。にひひ。」


じゅうじゅう。カチ、カチ。

ぱく、ぱく。


やけに塩と酸味が混ざったベロチューの味ではあるが、決して嫌いではない。そういえば、彼女とはまだ間接キスすらしていなかったな…


「次はカルビとロース…と行きたいところだけど、レバーって食べたことあるかな?…本当はいけないんだけど、レバーは生で食べた方がとっても美味しいんだよ!これを生で食べちゃいけないなんて、統治政府も悪いことするよねー?」


つるん。


とりあえず生で一口食べてみるが、これといって美味しいか、と言われたら正直よくわからない。だが少なくとも今まで食べてきた統治政府認可の合成動物模造肉よりは美味いと思う。


じゅうじゅう。カチ、カチ。

ぱく、ぱく。


焼いても結局味は変わらない。しかし彼女は、これら天然の肉を果たしてどこで手に入れたのだろうか。一人前とはいえそれなりの量を手に入れるのはもう統治政府のお偉いさん方でもかなり難しいと言うのに、そのような贅沢なものを僕と同じく二等級平民の彼女がどうやって…

おっと、ご飯をおかわりしなければ。


「さあいよいよお待ちかね!ロースとカルビだよ!案外早く焼けちゃうから焦がさないように注意して焼いてね。もっとも少しくらいのコゲがついても私はそれはそれで美味しいと思うけど。」


君の顔を見ながら食べるものはみんな美味しいよ、とさりげなく言ったら画面の向こうで頬の部分を少し赤らめていたような気がする。ああ、これだけでご飯が進むこと進むこと…


「あっ、ねづくん!それもうひっくり返さないと…あーあ…焦げちゃった…」


僕としたことが彼女に見惚れてしまって肉を焼いている事を忘れてしまった。慌てて焦げかけたカルビを口の中に掻き込んだ為にえほっ、えほっと少しむせてしまう。


「もう…ねづくんせっかちなんだから…」


困ったような顔もとても尊い。むせた時の苦しさもすっかり拭い去れるほどだ。焼肉、ご飯、彼女の豊かな表情とある種の三角食べを堪能しているうちに既に肉の皿はもうすっからかんになってしまった。しかし、締めのスープが出てこないと言うことはまだ終わりではないのだ、むしろここからようやく真打登場とも言っていい。


「じゃじゃーん!!やっぱり焼肉行ったらこれがないとしまらない!特製ホルモンセットー!!」


焼肉で食べるものは何も肉だけではない事を彼女から教わったときほど人生で一番驚いた瞬間はない。僕はこのように内臓を正しく調理したものに味をつけて焼いて食おうとした最初の人物にもしも会えるなら溢れんばかりの賛辞を送りたい。それほどまでにこのホルモンとやらは美味かった。しかし人間の食欲というものはやろうと思えばなんでも食べ物に出来るのだからほとほと感心する。


じゅうじゅう。カチ、カチ。

ぱく、ぱく。


僕が口に運ぶホルモンの名称とそれが内臓のどの部位にあたるかを正確に当てる彼女の博識には本当に頭が下がる。あふれんばかりの知識と肉汁が一緒に消化されていくのだからこんなに”おいしい”話はない。なんでこんなにも美味しいのだろうか・・・


「ふふん、それもそのはずよ、私がねづくんの為に”愛をこめて”お肉を厳選したんだもの。感謝しなさいよね?」


いつの間にか、僕は全ての肉を平らげてしまったようで、あとは締めのスープを待つばかり・・・のはずだが、なぜか一向にやってこない。

店主の親父を呼んでみたが、厨房はすでにもぬけの殻のようだ。たった一人の客をほっぽり出して、一体どこにいるのだろうか。

まあいいか、と僕は店主が帰ってくるまで彼女と談笑することにした。ところが、彼はとても神妙そうな面持ちだった。


「ねえ、ねづくん・・・このタイミングでいうのもなんだけど・・・やっぱり、徴兵に行くの?」


統治政府の二等級平民は一定の年頃になると必ず徴兵で統治政府軍に務めなければならない。特に男性は。

普通ならあの手この手で徴兵逃れをするのだが今は統治政府の宇宙進出を阻む銀河連邦との戦時中なので、よっぽどの事が無い限り徴兵は免れない。僕は別にどうという訳ではなかったが、彼女はそれが嫌だった。

辛いかもしれないけど、今は戦時中なんだ、僕たちだけが苦しいわけでは無いんだ、だから僕はいくよ・・・と本心とは真逆の建前を彼女に伝えた。


「・・・嘘つき。本当は、今すぐ徴兵から逃げたくてたまらないくせに。」


彼女にはお見通しだったようだ。当然だ、この戦争ははっきり言って勝ち目がない。前の戦争で大活躍だった人型兵器プレグロイドの研究施設を壊されてから、統治政府は日に日にじり貧になる一方だからだ。正直行きたくはなかったが、もはや世論は戦わずして死なない男児は人ではないという一種の狂気を形成していたため断ろうにも断れなかった。


「でも、大丈夫。ねづくんはもう徴兵に行かなくて済むようになったから。」


突然彼女が変なことを言い始めたのでどういう意味かと聞いてみた。


「そのままの意味だよ。ねづくんは徴兵に行かずに、私と二人っきりになれるんだよ。もう、私たちを邪魔するものは何もないの。」


ますます訳が分からなくなってきたので思わず返答に困ってしまった。その時、バン、とけたたましくドアを開けてタイミングよく店主の親父が帰ってきたのは助かった。とりあえず締めのスープを頼んで、この話の続きは家に帰ってからゆっくりと・・・


「動くな!!この野蛮なカニバリストめ・・・!!」


店に入ってきたのは店主だけではなかった。なぜか統治政府警察が数人、僕と彼女を取り囲んでいる。


「なあ、お巡りさん、確かに俺は闇臓器解体売買業者だよ、だけどよ、今回のブツはまさか人に食わせるなんて思っちゃいなかったんだ、本当だよ、信じてくれよお!!」


店主が何かぎゃあぎゃあとわめいているが、とにかくスープが欲しいので早く持ってきてくれないだろうか。僕はその旨を伝えると、店主は青ざめた顔で僕にこういった。


「あんた、気は確かかよ!!こんな状況でよくそんなことが言えるな、大体今まで自分が何の肉食ってたのかわかってるのか!?」


何って・・・そういえば、今まで食べていた肉はどういう動物からとった肉なのか、肝心なことを聞き忘れていたことを思い出した。鶏も豚も牛も、羊も鹿も馬も猪も全部絶滅したこの星で、どこからか手に入れてきたひとまとまりの、焼き肉。それはいったい、なんのニク?


「・・・ごめんね。ねづくん。こうするしか、無かったんだ・・・今まで食べてたのはね・・・私だよ。」


・・・?


「私のお肉。」


・・・




戦時中でも徴兵を逃れられるよっぽどの手段、それは犯罪を犯す事、それもかなり重めの。そして、人肉食はかなり重い罪に当たるという事を彼女はどこからか調べ上げてきたのだ。道理で最近図書館にこもっているなと思ったらそういう事だったのか。

しかしせっかくなら自らの・・・が文字通り思いを寄せる人の骨肉となる瞬間をオンラインでもいいから見届けてから死にたかったのだろう。そのためにわざわざ高い金を払って時限式人格保護装置を使って、自分の体と意識の死をずらしたとは・・・いかにも彼女らしい。


全てを理解した僕は、締めのスープはこの際潔く諦めることにして、そろそろタイムリミットが迫ってきた彼女の人格に向かってこう言った。


「ご馳走様。有難う。」

「・・・お粗末様でした・・・ずっと、ずっと一緒だからね・・・ねづくん・・・」



[人格保護:OVER]



そして、彼女は・・・死んだ。


その瞬間、今まで食べてきた肉の味が鮮明に僕の頭と口に蘇る感覚を覚えた。タン塩、レバー、カルビ、ロース、そしてホルモン・・・彼女のありとあらゆるすべてが僕の体内に入り、栄養となり、骨肉となり・・・命となる。そのような神秘性に体の底から湧き上がってくる恍惚感に僕は耐えられず・・・絶頂した。

頭から倒れて気絶する間際に聞いた店主の言葉はよく思い出せないが、確かこう言っていた気がする。


「あれを食って”勃つ”なんて・・・く、狂ってる・・・」




以上の全てを書き綴って、僕は執行官に遺書として提出した。

今際の際で原稿用紙をたくさんくれ、と言った死刑囚はきっと僕くらいだろうな。

あ、そういえばそれに題名を付けるのを忘れていたな・・・

うーん、でももう目隠しされちゃったし、間に合わないか。残念。

いや、とりあえず題名だけでも考えておこう・・・そうだな・・・「「肉」の中には「人」がいる」なんてどうかな。うーんいまいちかな。

ああ、それはそうとまたあの時のことを思い出したらいささか「固く」なってきたぞ。ああだめだ、もう頭の事が焼き肉の事でいっぱいだ。もう首に縄をまかれちゃったよははは。でもなぜだろう、目の前の死よりも焼き肉の事で頭がいっぱいだ、あの世で彼女に会ったらあの時のお礼として焼き肉をおごってやらないとな。それにしても彼女はどこにいるのかなぁ、天国かな、地獄かな?できれば地獄がいいなあ、そこら中に火があるからきっと焼き肉に便利だと思うしね・・・




「ああ、焼き肉が食べたいなぁ!!」




ガコンッ

グイッ

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僕と彼女の美味しい焼肉 ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle

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