第9話 サンside

 さて、王子の世話役という重要な方が昨日突如姿を消したというわけですが。


「今後どうするか、作戦会議です」

「何で俺様まで?」


 ヨンさんはわけが分からない、というように困惑した表情を浮かべている。だが今はそんな彼のことはどうでもよい。大事なのは王子の今後だ。

 今、私とヨンさんは、私の部屋で向かい合うように座っている。


「とりあえず、今のところソンさんが王宮に戻ってくる時期は不明。その間、ホン王子のお世話係が不在になってしまいます」

「そうだな。で、俺がいる意味は?」

「そこで一つ提案……というより協力してもらいたいのですが」

「嫌なんだぞ」

「……ちっ。少々返事がお早いのでは? まだ詳しいことは何も言っていませんが」

「いや今の流れで何となく読めたんだぞ。ていうかお前、今舌打ちしたな? 性格悪いんだぞ! 他にゃんにものを頼む態度じゃねえ!」

「黙りなさい! 性格については貴方も大概でしょう、どうこう言われる筋合いありません!」


 ああ、もどかしい。思うように事が進みませんね。それにしてもヨンさんてば、なかなか察しのいいにゃんのようです。困りますね、苦手なタイプだ。


「どうせあれだろ? 『貴方、ソンさんの代わりにお世話係になりなさい!』って言うつもりだろ。俺様は俺様で暇じゃねーんだぞ。それぐらい分かれってんだぞ、ばーか」


 イラッ。なんって低俗なにゃんなのでしょう。親の顔が見てみたい。しかも私の真似(のつもりか?)ちっとも似ていないし。……いや、落ち着くのです。これは彼の挑発だ、乗ってしまったら負けてしまう。サン、ここは貴方が大人になるのです。冷静になりなさい。

 気持ちを落ち着かせるため、ゴホンと一つ咳払いをする。


「なかなかいい線いっているようですが、違います。貴方一匹に頼むつもりはありません。私と二匹で、交代制で王子のお世話係をしてはくれないでしょうか」

「えー……。それもそれで面倒くさいんだぞ。他に代わりのにゃん、いなかったわけ?」

「難しいんですよ。四六時中王子に付きっきりで面倒を見ることのできる暇なにゃんなんて、この王宮にいるわけないんです。みなさん、それぞれに仕事を抱えているのですから」

「さりげなくソンくんディスってる? でも何で俺に頼むんだぞ?」

「ディスっていません、彼はそれが仕事ですから。詳しい事情を知っているのがヨンさんだけなんです。確かに他の誰かに協力してもらうことも考えたのですが、あまり周りに広めて大事になってしまうのは、ソンさんもきっと望んでないと思ったんです。そういうわけで、貴方に協力を頼みたいのですよ」


 しかしヨンさんの嫌そうに歪んだ表情は変わることがない。ここまで話しても承諾してくれないことに若干の苛立ちと嘆きを覚えるが、彼が引き受けたがらない理由もまあ理解はできる。何せストレスのかかる仕事だ。最初は私一匹で代わりをやろうかとも考えたのだが、王子のわがまま全てを一匹で受け止めるのは荷が重い。だからストレスを軽減させるために、何とかヨンさんの前足を借りたかったのだが。


「……お願いします。はっきり言いますが、一匹であのわがまま王子の相手をするのは無理です、体力的にも精神的にも。下手すれば第二のソンさんが生まれてしまう。どうか……どうか、苦しみを分け合ってはくれないでしょうか……!」


 正直こんなにゃんに頭を下げるなんて真似はしたくなかったが、今はそれ以上にお世話係の負担を軽くしたいという思いの方が強かった。プライドがへし折れそうになりながらも、必死で頭を下げる。こんな姿を見れば、さすがのヨンさんも引き受けてくれるだろう、そう思ったのだが。


「お前、そこまでするなんて。……これで嫌だって言ったらどうなるんだぞ?」

「……一発蹴りを入れてもよろしいですか」


 何故!? この私が惨めな体勢を晒してまで頼んでいるというのに。許せません、これでは土下座損ではないですか。


「貴方、覚悟はできているんでしょうね? さすがに本気で怒りそうなのですが」

「何でだぞ! お前が一方的に頼んで勝手に頭下げて勝手に怒っているだけなのに、何で俺が悪いみたいになるんだぞ。理不尽!」

「事情知ってて見捨てるのですか、私一匹に重荷を背負わせないでください。ソンさんみたいになりたくないんです。助けてください、天才のヨンさん!」

「くぅ~。天才って言えば俺様が揺らぐと思ってるんだろうけど、俺は天才じゃなくなった。たった今天才じゃなくなったんだぞ。だから見捨ててやる。俺様はご飯だけ作ってるんだぞ!」

「自分だけ逃げる気ですか? 二匹で協力して王子の面倒を見ればいいだけの話じゃないですか!」

「お前みたいなのと協力なんてできると思えないんだぞ! 偉そうで他にゃんを見下してばっかのプライド高めの腹黒クソ眼鏡野郎なんてな!」

「なっ……わ、私だって本当は貴方みたいなガサツで品のないにゃんに頼みたくはないんですよ! 今はただ状況が状況だから仕方なく……!」


 だんだんと口論が勢いを増し、そのうち取っ組み合いになろうかという時だった。王子の呼ぶ声が微かに聞こえたのだ。


「お世話係ー! お世話係おらんのかー!?」


 おや、早速仕事のようです。私は尚も拒み続けるヨンさんを力づくで引っ張ると、共に王子の部屋へと急いだ。

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