にゃんだふるワールド

西口梅子

序章

 こんにちは、こんばんは。ようこそ、にゃんだふる王国へ。……え? そんな名前の王国は初めて聞いた? えっと……差し支えなければどこから来たのか教えてもらえませんか? ……ふむふむ、チキュウ。聞いたことがあるようなないような。確か、遥か宇宙にあるという豊かな資源で溢れた星……で合ってます? あ、そうですか。よかった。いや、何せこちら王族に仕える身でして、ある程度の教養は求められるわけですよ。だからね、少しほっとしたんです。ああ、僕の学んだことは間違っていなかったんだなっていうのと、知識がしっかり身についていたなっていうので。


 おっと、話が逸れてしまいましたね。さて、無駄話はここまでとして、まずはこの星、にゃんだふる星について説明しましょう。ここ、にゃんだふる星は先程お話ししたチキュウという星からはだいぶ離れている……はずです。いやあのね、僕もにゃんだふる星から出たことがないのでどのくらい離れているのかはっきりとは分からないんですよ。で、にゃんだふる王国というのがにゃんだふる星にある王国ですね。他にもいくつか国はあるんですが、にゃんだふる王国が一番国土も大きく栄えている国になります。国民は大半が穏やかで平和主義者です……まあ中にはちょっと怖いにゃんもいますがね。でも基本的にとっても平和で安全なので、にゃんだふる星に来た際にはぜひ遊びに来てください。


 次に、えーっとそうですね……あ! 僕としたことが、自分の紹介を忘れていました。いやあ、うっかりうっかり。ここまで色々話を進めておいて、一体お前は誰なんだって混乱しますよね。こほん。


 では改めて、まず僕の名前ですが『ソン』と申します。種族はサバトラ族。先程話したように王家に仕えている者です。僕の家族はみな王族に仕えていて、父は現在の国王の補佐役をしています。そして僕は国王の息子である第二王子――名前をホン王子と言います――のお世話係をしているのです。え? 王子のお世話係なんてすごいって? う……ん、確かに誇らしいことではありますが、これがけっこう大変なんですよ……。その第二王子というのがかなり気まぐれでわがままで、僕はいつも振り回されているんです。こんなことが本にゃんの耳に入ればクビだろうから言いませんが。ああ、そうそう。わがままで気まぐれだからといって、決して暴君というわけではないですからね。


 まあ王子については説明するより実際に見てもらった方が早いと思うのですが……。


「おーい、ソンはどこにいるのだー? 吾輩お腹が空いたのだー!」


 おっと……噂をすれば王子。どうやら僕を呼んでいるようです。名残惜しいですがお話は一旦ここまで。僕は王子のところに行ってきますね。

 四足歩行の姿勢になり急いで王子の部屋に行くと、入った瞬間に目に入ったのは不機嫌そうに椅子に座る王子の姿だった。


「お呼びでしょうか、王子? 一体どうされました?」

「ソン! 吾輩お腹が空いたのだ! おやつはまだか!?」

「お、おやつですか? しかし王子、一時間前にお昼を食べたばかりでは……」

「でもお腹空いたのだ! 今すぐ何か食べたいのだー!」


 やだやだ、と駄々をこねるこの方こそ、我が主。キジトラ一族、にゃんだふる王国第二王子のホン王子です。


 それにしても困ったな。こうなってしまえばもう王子を満足させるしかないのです。本当は、王子の成長のためにもあまり甘やかしてはいけないのでしょうが、言うことを聞かずに王子に泣かれでもしたら、今度は国王様を悲しませてしまうかもしれない。何より使用にゃんである僕が王子に強く出るなど、恐れ多くてできっこない。

 これでも王子とは十五歳で同い年なのですが……どうも王子は年齢の割に子どもっぽい気がする。第二子というのもあり、お兄様ほど厳しく育てられなかったからかもしれない。


「分かりました、王子。それでは何か簡単に食べられる物でもご用意致しますね」


 僕がキッチンに向かおうと王子に背を向けた時だった。


「お待ちなさい! 空腹なんて少しくらい我慢しなさい、この馬鹿王子!」


 扉を勢いよく開け、すばやく部屋に入ってきた者がいた。彼はハイネコ族のサン。僕と同じくホン王子に仕えるにゃんで、サンは王子に学問や礼儀作法などを教える教育係をしている。気弱な僕と違って、わがまま駄々こね王子相手でも強気ではっきり物を言うサンは、その性格からよく王子と言い争っている。

 眼鏡のブリッジをくいっと上げてから、サンが言った。


「ランチの時間が正午、そこから午後のおやつの時間まで三時間。それだというのにもうお腹が空いた、と。貴方いくつなんですか? 小さい子どもじゃないんだから、空腹くらいでにゃーにゃー騒ぐんじゃありません!」

「嫌なのだー! お昼なんて全然足りないのだー! 吾輩は今何か食べたい気分なのだー!」


 あわわわ……。毎度のことながら困ります。こういう状況で一番辛いのは間に立たされる者、即ち僕だ。でもどうせ僕が何言っても相手にはされない。というか多分僕の声は届かない。こうなったら僕がとる行動は一つ……この場から逃げることです! すみません、王子。どうか不甲斐ないこのソンをお許しください。ですが僕はいたたまれないのです。


「ソン、どこに行くのだ!? 吾輩を見捨てる気なのか? 置いていかないでほしいのだー!」


 部屋を出ようとしたところ、王子に気づかれ呼び止められてしまった。うっ、どうしましょう。王子が僕に助けを求めている……助けてあげたい……!

 しかし、そんな僕の思いを遮るように、サンの冷たい声が背後で聞こえた。


「ソンさん、王子のことは無視していただいて結構です。これはただのわがままですから。優しさと甘やかしは別物ですからね、覚えておいてください」

「うわーん、ひどいのだー! ソン、せめて戻ってくる時にはおやつを持ってきてほしいのだー!」


 ……王子。ええ、分かっていましたよ。王子が求めているのはあくまでおやつ、僕ではない。別にショックは受けていません。本当です。本当ですってば。

 まだ争っているお二方を尻目に、僕はそっと部屋を出た。向かう先はキッチンである。


 王宮というのはやはり広い。ホン王子の部屋からキッチンまで、同じ建物内だというのにかなり距離がある。僕たちにゃんは基本的に二足歩行も四足歩行もできますが、走るのは四足歩行の方が楽。そんなわけで、キッチンにも僕は四足歩行で向かいました。



 しかし困ったな。よく考えてみれば、一時間前に昼食を取ったばかり。つまり料理にゃんたちにしてみれば一時間前に仕事が終わったばかりで、今は休憩中ということになる。いくら王子の頼みとはいえ、料理にゃんたちの束の間の休息を邪魔するのは何だか申し訳なかった。そして案の定キッチンには誰の姿もなかった……いや、そんなことはなかった。ゴトゴトと音がしていたのだ、キッチンの奥の方、冷蔵庫の方から。誰……? まさか泥棒……!?


「だ……誰かいるんですか……?」


 正直とっても怖かったが、勇気を出して尋ねてみた。うう、もし襲われたらどうしましょう……。くるり、と黒い影がこちらを向いた。僕は思わず「にゃっ!?」と情けない悲鳴を上げてしまった。一方、影も僕の姿を確認して驚いたようで、慌てて逃げようとしているのが遠目でも分かった。もし本当に泥棒だったら、逃がすわけにはいかない。キッチンの出入口は一つしかない、影がこちらに来たら首根っこを掴んでやる。

 少しの間、他に出口はないかきょろきょろ辺りを見回していた影は、やがて諦めたのか徐々に僕の立っている出入口の方に向かってきた。でも残念でしたね、僕から逃げられると思わないでくださいよ。先手必勝!


「逃がさないにゃ、泥棒!」


 僕は勢いよく影の首根っこを掴んだ。そいつは抵抗するようにばたばたと足を動かす。


「放せよ! ていうか泥棒じゃないんだぞ!」

「へ?」


 泥棒じゃない? よくよくそいつの顔を見てみると、それはよく知っている顔だった。ていうか同業者だった。僕は慌てて前足を放す。


「ごめんなさい。こそこそしてたし、なんか逃げようとしてたからてっきり……」

「ふん。本当なんだぞ。まあ俺様は優しいから許してやる」


 そう言って目の前の彼は、暴れて乱れた毛を整い始めた。

 そうそう、彼の紹介がまだでしたね。こちらにいらっしゃる黒い影もといクロネコ族のヨンは、ホン王子の専属シェフ。取得困難とされる「ゴールデンツナ缶調理師免許」を持っているほどの素晴らしい腕前なのですが、気分屋のうえに悪戯好きのため、気分が乗らないと変な料理ばっかり作るというちょっと残念な方なのです。


「ところで何をしていたの?」

「俺か? 俺は小腹が空いたから、何か作ろうと思って冷蔵庫漁りにきたんだぞ。そういうソンくんこそ何か用があって来たんじゃないのか?」

「僕はその、王子に頼まれておやつを取りに……」


 はっ、待てよ。これはナイスタイミングかもしれない。僕は前足を合わせてヨンに頭を下げる。何かを察したヨンはすっごい嫌そーうに顔をしかめ、僕が何を言うより先に「嫌なんだぞ」と秒で拒否した。


「まだ何も言ってないじゃない」

「分かるんだぞ。俺にホン王子のおやつ作れって言いたいんだろ。でも嫌なんだぞ」

「何で? 自分のご飯作るついでにお願いしますよぉ。王子がお腹を空かせて死んじゃいそうなんです。もう可哀想で可哀想で……」

「嫌ったら嫌なんだぞ! 一時間前にお昼作ったばかりなのに、もうおやつ作れなんておかしいんだぞ! 時間外労働、反対!」


 うっ、それを言われると辛い。でも王子の頼みだし、言うこと聞かなかったら後が怖いし……。こうなったら奥の手!


「……給料。今月の給料を上げてもらうよう王子にお願いしてみます。これでどうでしょう?」


 ピクリ。ヨンの耳が反応した。


「ふん。あの王子がそんなの聞いてくれるとは思えないんだぞ。それに俺様は金で動くようなにゃんじゃないんだぞ、馬鹿にするな!」



 数分後。

「うーん。とっても美味しいのだー。ありがとう、ソン!」

「いえいえ、とんでもございません。王子が喜んでくださって何よりです」


 ふう。無事に王子のお腹を満たすことができました。今、王子はにこにこでパンケーキを食べている。作ってくれたのはもちろんヨンだ。


「違うんだぞ。決してお金に釣られたわけじゃないんだぞ。俺様そんな安いにゃんじゃないんだぞ……」


 当の本にゃんは燃え尽きてすっかりしおれている。あ、ヨンの給料を上げてもらうよう、王子に後で頼まないと。せっかく頑張ってくれたヨンのためにも、約束はちゃんと守らないとですからね。

 そしてもう一匹、落ち込んでいるわけではないが苦い顔でこの様子を見ているにゃんがいた。サンだ。彼は深く溜息をついてから、面白くなさそうに言った。


「結局甘やかしてしまうんですから……」


 ははは、否定はできない……。でも王子が笑ってくれるなら、僕は満足なのです。それが僕の、お世話係としてのやりがいなのだから。


 とにかく、こんな感じで僕たちは毎日過ごしています。何か大きな事件が起きるわけでも、特別素晴らしいことが起こるわけでもなく、ただ平和にのほほんと暮らしているのが現状。でもそんな変わらない毎日が何よりも大切だし、長く続くよう守っていきたいと僕は思います。


 どうでしょう? 貴方もにゃんだふる星の楽しい日々をしばらく覗いていきませんか?

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