第6話 初仕事。

「ああ、紀村くん!来てくれたんだね!?」

「あっ、ええ…はい…」

天木さんに呼ばれ、引っ張り込まれた形で店へと連れられて直ぐに拓磨さんから呼び出しがかかった。

何だろ…っていうか大体わかってるけど…

「いま時間無いから手短に言うよ!人手が足りないんだ!手伝ってくれ!」

「わかりました。では…」

「やることは伝えてある!」

「…は、はい…」

伝えて…ある?どういうことだ?

「明くん、こっち!」

「…えっ?」

そしてまたしても天木さんから名前を呼ばれ、引っ張られるように連れていかれた僕。

恐らく…孤児院でもあった…『あれ』じゃないか…?まさか…ここでも『あれ』は起こるのか?

今はまだ、午前9時と少し。

飲食店には行ったことすらないが…そういえばいつ…あっ…

「いまからやることって…もしかして…」

「あ、わかった?いまからやること。そ、仕込み。」

…仕込みは、朝に行うらしい…

「…こんなこと…言いたくないんですが…」

「なに?」

「仕込みって、朝にやることですか?」

「…あっ!忘れてた!これに!着替えてくれない!?」

…どうりで。

朝にやるわけ…無いよな…。

「わかりました…。」

僕が着替えるために個室に入るまでの間、ずっとただただ見つめ続けるという地味な攻撃をしたあと、だいたいの経緯を扉越しに教えてくれた。

要するに、天木さんが昨夜に今日の分の仕込みを行った際に配分を間違えてしまい、作り直すことになったのだとか。

それは別に良いが、気になることが。

「…そういえば…みおさんはどちらに?」

今まで姿を見せないみおさんは今はどこに?

「えっ…と…昨日の歓迎会で…お酒飲んで…今はダウンしてる…。」

これはまた…見かけによらず…

というかでっち上げた内容とだいたい変わらないじゃないか…

「と、とりあえず…やれることからやろっか…」

「…そうですね。」



料理自体は、孤児院で手伝いとして何度もやったことはある。レシピとかさえあれば、だいたいは作れる…はず。

―ザッ、ザッ、ザッ…

「ええっ!明くん、包丁うま!」

「そうですかね?」

玉ねぎを刻んでいると、ふと声をかけてきた。

一応マスクはしているから、心配はしなくていいんだろうけどな…。

「いや…スゴいな…私にも出来るかな…?」

「慣れれば簡単ですよ?」

「これが料理系男子…」

「?」

「ああ、こっちの話。」

不思議な人だ…

僕…包丁くらいしか使えないのにな…

実際に孤児院でやってたのも本当に手伝いの範疇はんちゅうだったし…実際、手伝い以外をやったことないからな…あの白音さんに「わ、わたしがやるから!」と怒鳴られたし

…そういえば着いてからの手紙はまだ書いてないな…後でいろいろと買って補充して送るか…

「おーい、明く~ん。それおわったよー」

「…えっ」

まだ切って…ないな。まな板をカンカンやってただけか…危ないな…。

「ふふっ…」

「…笑わないで下さい…」

かすれるような小さい声しか出なかった…それのせいで余計に笑われている…

「ははは…いや、生娘じゃないんだから…はははっ」

「…笑い過ぎです…。」

「あー、ごめんごめん。…っ!」

「もう勘弁してください…」



そしていよいよ…

―ゴクリ…

自然とこれからのことを想像して不安が押し寄せてくる。

「もうすぐ11時だからね。開店の準備済ませとこう。」

「…わかり…ました。」

「そんなに緊張しなくて良いよ。紀村くん。」

「ああ…今の明くん…懐かしい…昔のわたしを思い出します…」

拓磨さんと奈那さんの二人はこんな空気にどうやって慣れているのだろうか…凄く落ち着いてる…

「じゃ、開けるよ…」

まあ…やるからには…頑張ろう…。

いざ、『戦場』へ…

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