第5話 変わるということ

「あ、紀村くん。」

「…おはようございます佐藤さん…いえ、拓磨…さん。」

「…うん…。」

昨日の歓迎会から翌日の朝。

いつも通り朝風呂に行こうとすると、拓磨さんから少し呼び止められた。

昨日のことのせいか、もしくはなにか別のことがあるのか…もしくは、急に「拓磨さん」と呼び始めたことに関係があるのか…いや、名前を「佐藤さん」って呼ぶと二人とも振り向くからだ…仕方ないこと…そう…そうに違いないんだ…。

「あの、紀村くん。」

「…な、何ですか?」

すると拓磨さんは少し苦笑し、照れるように手を頭の後ろに回した。

「…あの~…ね…そんなに無理しなくて良いよ?」

無理…してるように、見えたのか…

「…はい…」

「いやいや!あの…ほら!僕としても、名前で呼んでくれるのは嬉しいよ?でも…それよりも…しっかりと信頼関係を結ぶのが大事っていうか…その…」

「…変な人…ですね。」

「えっ!?」

「…でも、嫌いではない…ですよ…?」

「…そ、そうかな?でもなんか…来たときから何か…変わってる…よね?」

「そうですか?僕はこんな感じでしたよ?」

…変わったとすれば…

この二人について、色々…


「おお、また来た。」

「…この店はリピーターになんてこと言うんですか。」

「あ、それもそうか。」

僕は拓磨さんと別れてから本来の目的のここへ来た。そして…あとこの人に言いたい事ができた。


ーお風呂から上がった後ー


ゴクッ…ゴクッ

「ぷはーっ!…自分の店持ったらやってみたかったなーって思ってたことできた!」

「…それは良かったですね。あと、僕の入ってる時に『浴室の洗浄です!』って声変えて言って入ろうとするの止めてもらって良いですか?」

「え~やだよ。だって楽しいじゃん?それにさ、明ももしかしたら興奮するかもじゃん?」

少なくともこんな性格の人に欲情はしない。

異性に興奮だのなんだのをニヤケ面で言うような相手は特に。

「浴場だけに?」

「…本当に勘だけは良いんですね…仕事には生かせないクセに…」

「うるっさいな!人がボケたのに流しやがってー!」

「…そっちのほうが素じゃなかったんですか?」

「ふーん…あーあ、そんなこと言っちゃいけないんだー。そんなこと言ってると…お姉さん、悲しいよ…?」

うわぁ…なんかすっごい潤んだ目でこっち見てくる…

さすがに三十歳と少しの人がやるような仕草じゃない…。

「こら!またなんか変な事考えてる!」

「本当になんで仕事には生かせないんです…?」


「…違いますよ…こんなこと言いに来たんじゃないんです。」

「…なに?どうしたの?」

僕から真剣さを感じ取ったのか、それまでの変な感じの悪ノリを止めて、真面目な雰囲気へ。

…この辺は、本当に流石としか言いようがない。

「なんで昨日、僕にあんなこと言ったんですか?」

「『あんなこと』って?」

「…あなたの妹さん…佐藤みおさんのことです。」

「…」

あさみさんは、どこか…何かを隠すようにしている…そんな風に見えた。

「なんで急にあんなこと言い出したんです?」

「…なんで?って言われてもな…」

「それで誤魔化してるってよく言えますね…。あなたの癖は知ってます。」

彼女の手は、妙に不自然に髪をいじっている。

よくやる癖だ。数年一緒にいればだいたい把握する…

「…そう…だね。」

すると、つらつらと理由を…


「…それでね?その時あの子が…」

…言ってくれると、思っていた…。


始まったのはシンプルな妹の自慢だった。

まさか…この人がシスコンとは知らなかった。

僕は知らず知らずのうちにめんどくさい人の琴線に触れていたのか…

「ねぇ、聞いてる?」

「…はい…聞いてます…でも、そろそろ…」

「はぁ!?君が聞いてきたんでしょ!?」

「は…はい…」

「全く…それで…どこまで言ったっけ…じゃあ、小学校の…」

あ、またループした。これで4回目…

というか…マジでもうそろそろ戻らないと…

「あの…」

「…でね……なに?」

「僕、もうそろそろ戻らないといけないんですよ。」

「…なんで?」

ふぅ…落ち着け僕…こっからは答えをミスると終わるぞ…

「店の手伝いを。」

「…何を?」

さっさと思考を回せ僕!!

料理…は無理。

接客…これもダメ。

掃除…これだ!

「掃除を」

「それ…みおの仕事じゃない?」

っ!やっちまった!

…いやまだいける…

「実は昨日…僕が来たのでちょっとした歓迎会をしてまして…」

「…うん。」

「その時にみおさんがお酒を…」

「なんだそういうこと。じゃあ、お仕事頑張ってね。」

はっや…えっ?そんなに酒癖悪いのあの人…見た目からじゃ想像できない…

あんな清楚美人って感じの人なのに…

「でしょ?」

振り返ると、ドヤ顔をしたあさみさん。

…この人…本物のエスパーなんじゃ…

孤児院だとあんなに勘が鈍かったくせに。



「あっ!明くん!ちょうど良いところに!」

帰ってきてすぐ、天木さんに声をかけられた。

何か…厄介事の気配がする。

「ちょっとさ!…店!手伝って!」

やっぱり…ん?店を手伝う?

さっきでっち上げた内容とだいたい変わらないが…?

「…え?」

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