量子男と女社長

まる・みく

「量子男と女社長」

  私の曾祖父が太平洋戦争前から終結寸前まで満州国と言われた満州大陸に渡ったのは、23歳の時だったという。当時で、23歳と言えば徴兵検査を受けて兵隊になっていそうなものだが、虚弱体質の上、丙種合格という有難いのか、有難くないのか判らない判子を押され、これ幸いに、理工系の旧制専門学校に進学、兵役を逃れた。それだけなら、良かったのだが、好事魔多しとは、この事で、当時、学生の間に流行っていた共産革命に被れて、特高警察に目を付けられた。こりゃ敵わんと逃げたのが、満州大陸の満州国、今の中国東北部である。

 そこの満州映画協会の撮影技師の職へ潜り込んだ。趣味のカメラの知識が役に立ったのだろう。直ぐに、職場に慣れて技術技師の役職に就けた。だが、虚弱体質の割に、機を見るに敏、という弱者ならではの小動物の危機感を察する能力に長けていたのだろう。日本がこれでは危ないと知るや、満州から逃げかえったのは、ソ連侵攻の始まる1945年8月9日より半年前の事だった。

 それまで、潤沢だった物資の配給の遅延が目立つようになり、1942年のミッドウェイ海戦の敗北や、レイテ島の悲惨な状況が公けではないにしろ、囁かれ始め、もしかすると、こりゃ危ないと逃げたのである。

 いや、日本に帰ったとしても、1945年3月11日の東京大空襲や、8月6日の広島の原爆投下、8月9日の長崎の原爆投下もあったのだから、何処に逃げても無駄なような気もするが、大陸で死ぬより、日本で死んだ方が良いという戦略的撤退を個人的に行った訳である。

 ちょっと、厠へ行ってくると纏めた荷物を抱えて満州鉄道に飛び乗り、途中の検閲にも極秘の使命を受けてという念書を偽造して、日本に帰って来た。

 言ってみれば、「裏切り御免」で逃げて来た戦時中の「日本無責任男」みたいな曾祖父であったなと思う。

 私の手元には、満州映画協会当時の曾祖父の遺産である当時の女優の写真やもう赤茶けて映るか映らないか判らないフィルムの端切れ、脚本が残された。こんな趣味的なものは、私には判らんと曾祖父から見れば孫である父から渡されたのである。

 その中に「量子男と女社長」という意味不明のタイトルの脚本があって、今回はそれを紹介しようと思う。

 表紙には「物理化学的啓蒙映画の脚本、ここに表す」と誇大妄想的な文章と曾祖父の名前が書いてあり、撮影を許すと言う走り書きと「甘粕正彦」という草書体で署名がしてあった。

 これは満州映画協会で撮影された映画、もしくは撮影の許可は出たものの撮影に至らなかった映画の脚本の内容である。

 曾祖父が理工系の学生であったことは、先に記したとおりだが、その理工学の知識を総動員して、それをロマンス映画の脚本に落とし込んでいるのである。

 量子科学の研究の徒であった田中文義はハルピンのときわデパートの社長令嬢左近寺光子に一目惚れされて、追いかけられまくると言うのが大筋だ。

 彼は量子力学の説明する量子発生装置を作っているが、大事な部品を購入するのに思案している所から始まる。当時の金額で10万円、今の金額で一億円の金額が必要になった。

 満州のときわデパートの社長代理、左近寺龍三郎に献金を頼むべく、地元のゴルフ場で会う約束を取り付けたが、ゴルフ場の駐車場で左近寺光子に一目惚れされた田中文義はお嬢様である左近寺光子に追いかけられまわす。そうなのだ。左近寺龍三郎は左近寺光子の後見人で、実質の女社長は左近寺光子だったのだ。

 ハワード・ホークスの「赤ちゃん教育」が公開されたのが、1938年、満州映画協会の設立と同じ年である。そういうスクリューボールコメディの嚆矢と言われている作品も取り寄せたのだろう。明らかに、この作品に影響を受けた脚本である。

 余談になるが、戦時中に軍報道部映画班員として駐留した映画監督小津安二郎は上海で「風と共に去りぬ」「嵐が丘」「市民ケーン」「怒りの葡萄」「レベッカ」「ファンタジア」を。徳川夢声はシンガポールで「風と共に去りぬ」「ファンタジア」を見て、日本の敗戦を感じたという。

 そういう敵国の文化的物資を見て、自国の敗戦を感じ取るか、大いに取り入れて換骨奪胎するか。マキノ雅弘監督、小国英雄脚本の「昨日消えた男」はハメットの「影なき男」を時代劇に焼きや直したのは有名である。

 日本の映画、文芸の人たちの目は確かであった。

 話を「量子男と女社長」に戻そう。

 田中文義には研究所の助手、宗光粒子という婚約者がいたのだが、ことごとく、逢瀬を左近寺光子に邪魔される。

 おまけに、白龍(パイロン)という名前の大きなアルピノのニシキヘビを飼っていて、彼を連れ歩いている。

 「赤ちゃん教育」だとキャサリン・ヘップバーンのペットは飼いならされた豹であったが、飼いなさらされた虎というか、ネコ科の動物が見つからなかったのだろう。それに、白龍(パイロン)だと中国での縁起物だからだろう。

 この辺りに、当時の鷹揚さというか、いい加減さがここで判る。

 「赤ちゃん教育」だと、豹を見る度に、人々は驚いて大騒ぎになるのだが、白龍(パイロン)を見る度に、恭しく礼儀をする人の描写が入る。この辺りは五族協和を謳いあげる満州国と満州映画協会の面目躍如である。

 終盤、ときわデパート主催のパーティとそれに呼ばれたサーカス団のニシキヘビと白龍(パイロン)が逃げて、大騒ぎになる。

 しかも、そのどちらかが、田中文義が発注をかけた量子発生装置の要の「部品」を飲み込んだらしいのだ。

 配役を見ると、当時の満州大陸の要人がカメオ出演しているようで、この場面は、この方を、次の場面はこの方を。

 撮影技師が何故、脚本を書いて、採用されたのかが、判る。

 要するに、お偉いさんに対する「おべんちゃら」を要所、要所に入れているのである。

 この騒ぎを起こしたのは誰だと、田中文義と左近寺光子を逮捕するのは、当時の警察署長である。

 配役リストにデカデカと彼の名前が書いてある。本当に、コメディ映画の形を借りた接待映画だな。チョイ役だぞ、このおじさん。

 ラスト、サーカスのニシキヘビも白龍(パイロン)も見つかり、量子発生装置の部品も見つかった。実は髪飾りだと勘違いした左近寺光子が髪にはめていたのである。

 無事に拘留の解けた田中文義と左近寺光子であるが、田中文義の方は警察に逮捕される方だと思いませんでしたと、宗光粒子に去られてしまう。

 落胆する田中文義を励まそうと、左近寺光子は最後の部品をセットして、発生装置のスウィッチを入れる。

 「さぁ、これが私たちのウェディングベルよ!!」

 「光子さん、その前に試運転をしないと」

 と、田中文義が言ったのだが、その時は、もう遅かった。

 量子発生装置は暴走して、爆発。

 二人は粉々になった装置と白い粉まみれになって、物語は終る。


 量子が暴走して、粉だらけにすむと言うのが、あの時代の科学の理科力というか、いい加減さを感じる。


 先にも書いた通りだが、満州へのソ連への侵攻が始まる前、いい加減な偽許可書と公文書で内地に帰って来た曾祖父だが、敗戦が知らされる8月15日の玉音放送があるまで、とある山奥の寺の寺男として働いていらしい。

 寺の坊さんも身元不明の男をよくも、まぁ、寺男として匿ったものだ。

 私は、そんな曾祖父に会った事はないが、存命中だった祖父、曾祖父から見れば、長男であるが、その人も、物を語るのに大袈裟だったので、子供心に大笑いした事がある。

 ある時、山より。おおきな「ひる」がどんどん、次から次へと物を飲み込んで、最後は「おまえだ!」と奇声を発する。

 それで大笑いをしたものだが、高校生になった時、図書室の本でそれはロバート・シェクリィの「ひる」という短編が元ネタだった事を知ったが、その時には祖父は亡くなっていた。確かめれば良かった。

 こういう、法螺話を愛好するというのは、遺伝するものなんだな。

 玉音放送を聴いて、寺男を止めてからの曾祖父は、山から下りると、これからは物資の流れだと、闇市の商人になり、それも時代と供に廃れると思うや否や、貯めた金銭で写真館を開いた。

 古くから、街にいる年寄に聞くと、あんたの曾祖父は祖父より、法螺噺が上手だった、子供時代、笑わせてもらったよと言われた事がある。

 その曾祖父が逝去したのは、前の東京オリンピックのあった1964年の暮れの事だったという。

 日本の勇志を撮影せねば、何とすると勇んで会場に出かけたという。

 

 脚本と一緒に渡された赤茶けたフィルムと女優さんの写真を見たが、当時の、いや、撮影された「量子男と女社長」の名残だろう。

 満州映画協会にあったフィルム、写真などはソ連のに接収されて、ゴスフィルムフォンドの何処かにあるかも知れない。

 黒澤明の処女作「姿三四郎」の欠損部分が発見されたのは、ロシアのゴスフィルムフォンドであるのは、有名だ。


 その曾祖父の脚本作品が見たいかと聞かれたら、まぁ、機会があればと言う感じだ。

 多分、そこには祖父の法螺噺に見られるような何処からか換骨受胎したお話に自分のいい加減さを加えたものが見える事だろう。


 見なくても、判ってしまうと言うのも、血筋の所為だな。

 

 

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