第4話
『え?』
オペレーターの少女のポカンとした声が届くか否かのその瞬間。
(――――っ!)
ソコロフは、反射的に柱から勢いよく飛び出した。
その瞬間、轟音が続けざまに轟き、
「同志中尉ィィィ――」
前方の柱の影に隠れていた民生委員三人が振り向き様に吹き飛ばされ、それまでソコロフが隠れていた柱ともどもなぎ倒された。
両の拳銃を撃ちながら、ソコロフは、排水設備と思しきタンクの並ぶ敵の右側面へ向けて必死に走る。
狙いが少々タイトになったが、それでも、敵の一人が、魂が抜けたように、くたっ、と
無論、雑魚をいくら斃したところで戦況に変化が無いのは自明の事。
本当に斃さなければいけないのはただ一人。
ならば――
錆びついたタンクの影に滑り込むとソコロフは再び回線を開いた。
『大丈夫ですか、同志中尉!』
『話の途中で済まなかった。で、悪いニュースの一つ目なんだが……同志少佐殿が戦死されたようだ。君の方で確認できるか?』
『えぇ? あぁ……ええと…………はい、はいっ! いま、確認しました。同志少佐以外にも同志ジャミャーチン軍曹他七名が戦死されたようです。で、その……もう一つの悪いニュース……って──?』
敵の呼吸を図りつつ、ソコロフは大きなため息を一つ吐いて天を仰ぐ。
(まったく、民生委員って奴は……)
なんと
『敵が量子転送兵器を持っている』
しかも――
『レベル4、スプートニクだ』
『…………わが軍の量子転送兵器を反国家分子が? ……本当ですか、同志中尉?』
『…………非常に残念だが――本当だ』
絶句するオペレーターの少女に同情しつつ、宙を切り裂く敵味方の銃弾の音にソコロフは耳をすませる。
無能な上官はともかく、先任軍曹を含め七人が戦死。
という事は、ソコロフを含めてこちらの戦力は残り三名。
敵の発砲音の大きさが、こちらの劣勢を如実に物語っている。
もう、時間がない。
ソコロフは、拳銃を両のレッグホルスターにしまうと、タンクの影からさらに躍進し、その前方の柱の影に沈み込むように各座している消防戦車の影に身を躍らせる。
敵までの距離は、およそ五十メートル。
ここなら――
『オペレーター』
『はい、同志中尉』
『合図したら転送してくれ』
『了解しました同志中尉。ですが……同志中尉がお使いになれるのはレベル2の転送兵器までです。相手は――』
『分かっている。だが、これしか手はない』
『了解しました、同志中――』
突如として、つんざくような轟音が辺りを揺るがした。
視界が真っ赤に染まり世界が崩れ落ちる。
まさに脊髄反射でソコロフが消防戦車の影から飛び出したその刹那、消防戦車が天井から崩れ落ちるパイプの下敷きになって紙くずのように潰れ、前方の排水タンク群が、新年の花火のようにその尻から火を噴いて宙を飛び交う。
(――――っ!)
ソコロフは踵を返すと、おぼつかない足元を何とか奮い立たせて柱の間を縫うようにひた走る。
連続して巻き起こる爆発。
地面が揺れ、その度に背中を炙られるような業火の舌先が、彼を追い掛けるようにしてその視界を覆っていく。
(クソっ!)
ソコロフはコートの裾を焦がしながらも、なんとか目の前に現れた無傷の柱の影へと転がり込んだ。
息が上がってしまって、呼吸も思うに任せない。
いまなお頬に感じる熱。
網膜に焼き付く灼熱の業火と鼓膜を揺るがす極大の爆音。
レベルが違いすぎる。
これがレベル4の量子転送兵器――
(クソッ……)
握り締めたソコロフの手に冷たい汗が滲む。
と――
量子無線からのコール音が耳に響いた。
『──同志ミハイル・ゲオルギエヴィッチ・ソコロフ中尉』
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