第13話 カツラじゃないカシラだ

歌音視点

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「カシラじゃねぇ。お兄ちゃん、もしくはアニキだ!」


【櫻木會】の事務所に入って、その後さらに個室に入ると……。

 仁先輩に「カシラ」と呼ばれた、頬に大きな傷のある大男がいた。


「He is 義竜桜木(ぎりゅうさくらぎ)。兄です」


 仁先輩はその大男を兄だと紹介した。

 ハッキリ言って彼のユーモアは理解できないことがある。 

 私がこの強面のお兄さんに怯えないようにあえて雰囲気を和らげてくれているのかもしれないけど、正直ちょっとイラっとした。


「有栖歌音です、よろしくお願いします」


 私は頭を下げて自己紹介をした。


「カシラは、体調を崩してる組長の代わりに組をまとめてる、組長代行若頭だ」


 そう言って、先輩は私にカシラを紹介してくれた。

「だからカシラじゃねぇよ」と、不満そうに呟いていた。 


「そんでこっちは学校の後輩で……一応、俺の女だ」


 そう言って、仁先輩は私を紹介した。

 建前でそう言っているだけってわかっているのに、どうしてか顔が熱くなってしまう。


「へぇ。お前が俺に仕事以外で女を紹介するなんて、初めてのことだな」


「まぁな」


 二人は互いに視線を交差させた。

 それからカシラは私を見て言う。


「嬢ちゃん、少し話そうか。こいつの学校生活がどうなってんのかも、聞かせてもらいたいしな」


 カシラの言葉に、仁先輩は席を立って出口へと向かう。


「へ……? 先輩も一緒に話すんじゃないんですか!?」


「いや、俺がいたらカシラが聞きにくいこともあるだろうしな。……あと、あんまりビビんなくても大丈夫だ。カタギに手を出すようなヤクザじゃねぇから」


 自分で思っていたよりも私は分かりやすく焦っていたのか、仁先輩は優しい声音で落ち着かせるようにそう言って、部屋から出て行った。

 でも、いきなり見知らぬ成人男性と部屋で二人きりというのは……どうしても緊張してしまう。

 私はカシラを窺う。


 年齢は多分30後半から40前半位。

 私たちとの歳の差は、兄弟というよりも親子の方が近いと思った。


「兄弟には見えねぇかい?」


 そんな風に考えていると、カシラにそう尋ねられた。


「え、と……はい。仁先輩も背は高いですけど、カシラさんほどではないですし。顔も、そんなに似てないように見えるので」


 私の言葉に、カシラはどこか感心したような表情を浮かべた。


「ハッキリ言うねぇ。そういうのは好きだぜ、嬢ちゃん」


 そう前置きをしてから、


「俺とあいつの血は繋がっちゃいるが、母親は別なんだ。その母親も、俺より年下だ。あいつからは……その様子だと、聞いてねぇみたいだな」


 仁先輩からは聞いていなかったけど、とても複雑な家庭の事情があるらしい。


「はい。……というか、私はほとんど仁先輩のこと知らないんです。まともに話したのは、三日前の金曜日なので」


「ほう、三日ねぇ……」


 カシラの目つきが鋭くなる。

 彼はそれから、声を固くして問いかけてくる。


「嬢ちゃんはあいつの何なんだ……?」


「ええと? ……彼女、ですけど」


「あいつが恋愛に現を抜かすような奴じゃないことは分かってる。……ここに仁はいねぇ、腹割って話そうや」


 カシラは即答した。

 仁先輩と私の関係は、最初から信じてもらえていなかったみたいだった。

 カシラの真剣な表情を見ると、適当には答えられないと思った。


「私は……何なんでしょう?」


 でも、私はその答を持っていなかった。

 後輩で、所有物で……でも、それがどれほどの意味を持つことなんだろう。


「もしも嬢ちゃんがあいつの立場を利用したくて近づいているんだったら……俺は容赦しないつもりだ」


「そんなつもりはないです! ……けど、そう思われても、仕方ないかもしれません」


 私は肩を落とし、カシラの視線から逃れるように目を伏せて、答える。

 仁先輩に与えてもらったものは沢山ある。

 だけど私から彼に与えているものは……ほとんどない。


 彼の仕事を手伝った時も、きっと代わりはいたのだから。


「――あいつは、愛情に飢えてる」


 カシラは、そんな私を見てそんなことを言った。


「ヤクザの父親と、それと同じくらいろくでなしの母親。あいつが哀れで、俺は手を差し伸べた。……それだけですっかり、あいつは俺に懐いちまった」


 これも、初めて聞く話だった。


「あいつはヤクザじゃない。だからと言って、罪のないカタギってわけでもねぇ。あいつは悪党に対しては、犯罪に手を染めてでも返しをやる。それだけならまだいいんだが……このままエスカレートすればいつかきっと、あいつはカタギにも手を出しちまうんじゃねぇかって、それが不安でな」


「……え、待ってください。仁先輩って、ヤクザじゃないんですか!?」


 カシラはキョトンとした表情を浮かべてから、ガハハッと豪快に笑った。


「事務所に出入りしてはいるが、誰からも盃を受けちゃいねぇ。あいつはあくまでも、組長の実子だから、ここの出入りが許されているだけだ」


「そ、そうだったんですね……」


 仁先輩は何を考えているかは分からないけど……そもそも本当のことを言ったことが、これまであったのだろうか?

 私がそう考えこんでいると、カシラは微笑みを浮かべてから言った。


「俺の想像以上に、嬢ちゃんは何もあいつに聞かされていねぇんだな」


「やっぱり、信用されていない、ってことなんですよね」


「もしくは、家とか抜きにして、ありのままの自分を見てもらいたかっただけなのかもしれねぇな」


 揶揄うように言うカシラは、会話を始めた最初の頃のような警戒心がなくなっていることに気付いた。

 強面で筋骨隆々な、気の良いおじさんって感じがする。


「嬢ちゃんがもし、仁に対して好意を抱いてるのなら――それが恋心って奴じゃなくても、何らかの【情】を持ってるのなら。あいつが道を踏み外さないように、傍にいてやってくれるか?」


 真っ直ぐな彼の言葉に、私は頷いてから言う。


「はい、もちろんです。……と言いたいところですが。どちらかというと、私が仁先輩に影響されて犯罪に手を染め始めてるんですけど」


「仁も、嬢ちゃんも。別に真っ当なカタギでいて欲しいとまでは思っちゃいねぇ。ただ、外道に堕ちるようなことがあれば――そんときゃ、嬢ちゃんがあいつの横っ面を叩いてやってくれや」


「分かりました。その時は迷わずぶっ叩きます!」


 拳を握ってそう答える。


「その後に仕返しされそうになったら、すぐにカシラさんを頼ります!」


 私の言葉に、彼は「それで良い」と意外にも人懐こそうな笑顔を浮かべて言った。

 それから、今さらながらふと思ったことを尋ねてみる。


「そういえば。今さらですけど私はカシラって呼んで、良かったんですか?」


 仁先輩には「カシラと呼ぶな」と言っていたので、組の人以外には呼ばれたくないのかもと思った。


「ああ、そうだな……。仁の恋人ってことになってんなら、お兄ちゃんもしくはアニキって呼んでくれや」


 キリリとした表情で、そう言われて……、


「あ、それじゃあ一応『お兄さん』って呼ばせてもらいますね」


「俺の方からそう呼んでくれって言っといてなんだが、親子ほど年の離れた女子高生にお兄さんって呼ばれるのは、どうにも気恥ずかしいな……」


 気まずそうに頬をかくお兄さんは、とてもじゃないけどヤクザの組長代行をしているような怖い人だとは、思えないのだった。

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