第3話 日常茶飯事

 クラスメイトを家に帰した後も、夜廻りは続く。


 遅くまでうろついている少年少女に声を掛けるだけではない。

 夜の繁華街では、日々様々なトラブルが起こっている。


 ガラの悪い不良が我が物顔で街を歩いていれば、余計なトラブルを起こす可能性があるので注意をするし、酔客同士の喧嘩を見つければ仲裁に入るし、貢いだホストに捨てられて道端で号泣するOLを見つければ優しく声を掛けたりもする。


 一緒にいる葛城と楓の協力がなければ、とてもじゃないがやってられないほど、様々なトラブルの対応に尽力をしている。

 一体俺は何をやってるんだと思うことも、もちろんある。

 だけど――。


「あ、若! 久しぶりー、会いたかったよー!」


 嬉しそうな声で俺を呼ぶ声に振り向く。

 この繫華街で最も大きいキャバクラである『QUEEN Bee』の入口前に、派手に着飾った美女がそこにいた。

 くすみなく染められた金髪、身体のラインが分かりやすい豪華なドレス、女性的なプロポ―ション。

 道行く男たちは皆、彼女に目を奪われていた。

 

 同伴でもなさそうだし、店の中で接客をしていないということは、客の見送りか休憩中かといったところか。


「麗美(れみ)か、久しぶりだな。先月の売上№1になったんだってな。おめでとう」


『QUEEN Bee』で№1になるということは、必然的に彼女こそがこの街で最も人気のあるキャバ嬢ということになる。

 俺は素直に、祝福の言葉を伝えた。


「え、うっそー……知ってたの? どうしよ、若に気にしてもらえてるなんてチョー嬉しいんだけど……」

 

 染めた頬を両手で覆いながら、「キャー!」と彼女は喜んでいる。


「麗美が頑張ってるって聞くと、俺は自分のことのように嬉しいからな。普段から気にしてるに決まってるだろ?」

 

「うぅ、ホント嬉しい……。良かったら今からお店で飲んでいってよ! 久しぶりに沢山若と話したいしさー」


 麗美は俺が高校生だとは知らないから、悪気なく店に誘ってくれる。


「ありがたい申し出だけど、今日はこいつらと夜廻り中なんだよ」


 俺は楓と葛城に視線を向けつつ答えた。


「えー、ザンネーン……だけど、それなら仕方ないね」


 残念そうに溜め息を吐いた後、彼女は続けて言う。


「若たちがいつも夜廻りをしてくれてるから、ウチは変な客が少ないし。それに、アタシみたいに救われる子もいるわけだし」


 そう、元々麗美は目的なくこの街を徘徊する少女の一人だった。

 やりたいことがなくただ無為に日々を過ごす麗美に、今の店に紹介したのは他ならぬ俺だ。

 

「ホントに、いつもお疲れ様です、若。楓さんと葛城さんも、お疲れ様です」


 麗美はそう言って、俺たちに頭を下げた。 


「私は、若に命じられればどんなことでもするだけなので」


「同じく」


 不愛想に、楓と葛城は答えた。

 その言葉に、麗美は苦笑を浮かべていた。


「アタシもそろそろお店に戻らなきゃ、ボーイさんに怒られちゃう。それじゃ、また時間あるときにお店寄って、アタシのこと指名してよね、若?」


「ああ、麗美も仕事頑張ってな」


 俺がそう言うと、彼女は「うん、ありがと」と言って、店に戻っていった。

 

「……待たせたな」


 そう言ってから、俺は楓と葛城に声を掛け、再び歩き始めた。


「ご機嫌ですね……若」


 平坦な声で、楓がそう言った。


「そうかもな」


 その言葉を、俺は肯定する。

 なぜなら実際俺は、麗美と話をしたことで気分が良かったのだ。


 そう、一体俺は何をやってるんだと思うことも、もちろんあるのだ。

 だけど、俺が夜廻り中に声を掛けた少年少女たちが更生し、やりがいを持って仕事をし、その上感謝の言葉まで伝えてくれるから――。


 だから俺は、こうして地道な夜廻り活動を続けていられるのだろう。



 その後も夜廻りを続け、何組もの未成年者を説得し、気付けば日付も変わっていた。

 今から駅に向かっても、終電には間に合わない。

 朝まで飲んで時間を潰せる店を探している若者グループや、今晩のホテルを探している男女、個室ビデオ店の前で財布の小銭を数えているおっさん。


 この後も楽しむ気満々の連中に紛れ、|明らかに若い女(・・・・・・・)をナンパしているサラリーマンのおっさんがいた。


「2本でどう? だめ? それなら3本でも……いや、君なら5本でも良いよ!? だから、どう? 良いよね? ね? それじゃあ早速ゆっくりできるところに行こうか」


 おっさんは下卑た表情で指を立てながら交渉(ナンパ)をし、返答も聞かないうちに相手の少女の腕を掴んで引き寄せようとしていた。

 腕を掴まれた少女は嫌がった様子で、「離してっ」と言いつつ抵抗をしていた。


 少女の顔や表情はいまいち分からなかったが――彼女は阿久野高校の制服を着ていた。

 今まで俺たちの夜廻りや警察の見回りにも気づかれずに、この時間までうろついていたようだ。


 早いところ助けてあげないと、怖い思いをする羽目になるかもしれない。

 そう思って俺は、おっさんの腕をつかみ、少女から手を離させた。


「なんだァ? このガキィ……」


 突然現れた俺に声を荒げると、おっさんは険しい表情を浮かべた。


「こんなあからさまな未成年に交渉とか、酔い過ぎじゃねーの? 未成年買う金あんならタクシー乗って家に帰って、大人しくセンズリこいとけや」


 俺はそう言ってから、おっさんの腕を握る手に力を込めた。


「い、いででででで!」


 暴れるおっさんを力づくで抑え込む。


「わ、分かった! 悪かった! だから離してくれよ!」


 その言葉を聞いて、俺はおっさんを思いっきり突き飛ばす。

 彼は路上に倒れこみ、


「な、なんだってんだちくしょうっ!」


 そう言ってからおっさんは、立ち上がって俺を睨みつけた。

 その視線に堂々と応じると、彼は狼狽えてから舌打ちをし、逃げるように立ち去って行った。

 正直、愚行を止めたことを感謝してほしいくらいだったが、そんな殊勝な奴であればそもそも制服女子に声を掛けたりはしなかったか。


「助けてくれて、ありがとうございました」


「気にすんな、当然のことをしたまでだ」


 少女の言葉に、振り向くことなく答えると、


「……あれ、先輩?」


 少女の驚いたような声が、耳に届いた。


 俺は今度こそ振り返り……自分の目を疑った。

 さきほど庇った女子生徒は、クラスでは陰キャの俺でも知っている、学園のアイドル――有栖歌音(ありすかのん)だった。


「……人違いだ」


 僅かに動揺を浮かべつつ、俺は答えた。

 昼間の陰キャな俺と、今の俺とは、クラスメイトでさえ結びつかない。

 ならばなおさら、ほとんどかかわりのない後輩女子が結びつけられるわけないだろう。

 そう思っていたのに、彼女は堂々と言った。


「あれ、忘れてる? 今日のお昼、学校の自販機前で会いましたよ」


 人違い、ではなかった。

 彼女は確信を持っていた。

 こんなことは今までなかったことだから、俺は誤魔化しの言葉さえ考えられなかった。

 

 動揺から無言でいる俺に向かって、彼女は穏やかな笑みを浮かべながら、口を開いた。


「やっぱり、前髪あげた方が良いですね」

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